2章 第2話 癒しのシスター!


 学園内にある聖堂。縦長の空間には数々の絵画が飾られ、中央には天使の象。

 

 ここは天使『ビスラ』に祈りを捧げる場だ。

 

 そこに1人の少女。

 

 古代文字の刻まれた白き衣を纏う青髪の少女。

 

 彼女の名は『ルネフィーラ』。

 

 天使像の前に跪き、祈りを捧げている。窓から光源が彼女を優しく照らす。その姿はまるで、救済を願うシスターである。

 

 平民出身の彼女であるが、Cクラスに属しエーテル、リベレイト、スピリット3つの能力を有している。

 

 通常であれば、Bクラス相当の実力の持ち主である。

 

 彼女は毎日、熱心に祈りを捧げていた。

 

 ーーーーーー。

 

 静寂を破るように大きな扉は開け放たれ、二人の少年が来訪する。

 

 「シスターさん、シスターさん!キズを治してください!!」

 

 「えっと……?」

 

 困惑しながらルネは振り返る。

 

 そこにはアノンとライムがいた。

 

 目立った外傷は見られないが、各所に水色の光が傷跡のように付着している。

 

 闘技場で争った形跡で、時間差で出現する現象だ。

 

 体力を著しく消耗している証拠のようなものだ。

 

 「わかりました。私でよければ。」

 

 事情を把握すると、ルネは微笑む。

 

 「癒しと救いの力を……『ヒール』」

 

 ルネが2人に向け呟くと、みるみるうちに体が軽くなっていく。

 

 「すっごい!!!クタクタだったのに!治ってるぅ!!!」

 

 喜び飛び跳ねるアノン。

 

 水色の傷もみるみるうちに消えていき、元の姿に戻っている。

 

 ライムも安心したように微笑む。

 

 「ありがとうございます。ルネフィーラさん。」

 

 「いえ。落ちこぼれの私にはこれしか出来ませんから。」

 

 傷を癒し、体力を回復させる力『ヒール』。そんな能力を持っているのに、彼女は俯く。

 

 「ええっ!?すごい力だよ!!!スピリットってやつでしょ!?」

 

 「スピリットはBクラスの方なら、誰でも持っている力ですよ。……私は戦えず、誰も守ることができません。」

 

 「えぇ?そうかなあ、その癒しの力で救われる人沢山いると思うけどなあ」

 

 「確かに素敵な力だよね。……でも、アノンくん。そんなに単純な話じゃないんだ。……癒しの力を持つ彼女は真っ先に狙われる。じゃないと、戦士は無限に湧いてくるからね。……すごい力だからこそ、悪用されたり利用されたりされやすい。……先生方はきっと、ルネフィーラさんに自分を守るチカラをつけて欲しいんだと思う。」

 

 「そっかあ、大きな戦争は休戦してても過激派や勝手に行動する人がいるって言ってなあ授業で。きっと必要な力だけど、その分危険が付き物ってことかなあ。」

 

 「そうなのかもしれません。……私は村出身で。……村の人たちを守りたい、助けたい。そのための力が欲しいと。……学園に来たのですが、戦うための力も守るための力も、実現には至りませんでした。Cクラスの授業は何度も聞いて何度も学んで。……でも、結局厄介者のようにここに追いやられてしまいました。」

 

 「そっかあ、みんな色々あるんだなあ。……ボクはリベレイトすら、まともに使えないから、すごいと思うんだけどね!」

 

 「そこに関しては僕も同感だよ。ルネフィーラさんはきっと、世界を救うために必要な存在ですよ。」

 

 「ありがとうございます。……これからも精進していきますね。」

 

 「うん!応援してる!!ルネちゃん!!」

 

 「る、ルネちゃん?」

 

 「うん!ルネフィーラだから、ルネちゃん!!えっへへ!またお話しようね!!!あっ!あと手当てありがとう!!!」

 

 「あ、はい……どういたしまして。」

 

 明るく去っていくアノン。

 慌てて後を追いかけ、ルネに一礼するライム。

 

 慕われることが多いルネだが、愛称で呼ばれたことはない。しばらくそのまま、頬をあからめていた。

 

 少し経って、我に返るルネ。

 

  彼女が学園にいれる期間はそう長くない。

 

 どこか焦る気持ちがあった。

 

 このまま昇級出来なければ、彼女がここに来た意味は無い。

 

 学園を去ることを視野に入れ始めていた。

 

 「ビスラ様、お導きをください。」

 

 再びルネは祈りを捧げた。

 

 ーーーーーー。

 

 聖堂を出て、再び闘技場へと戻る2人。

 

 まだ授業の途中であったが、あまりにも大きなダメージに聖堂に行くようベラに言われたのだ。

 

 体力を回復させた今なら戻っても問題は無いだろう。

  そのまま、学園のメイン施設に戻り、闘技場へと続く道を歩く。

 

 「それにしてもあんなすごいチカラあるのに、ルネちゃんCクラスなんだね」

 

 「クラス分けは総合力だからね。進級試験で実力が認められれば、昇級も認められるよ。」

 

 「進級試験!?そんなのあるの!?」

 

 「ああ、うん。一年に一回行われる大会みたいなものなんだ。対戦形式で勝ち進んでいく。」

 

 「優勝したら昇級?」

 

 「確かに可能性は高まるけど。進級試験の目的はあくまで内容。戦いの内容が大切なんだ。」

 

 「内容?」

 

 「うん、どれだけ能力を上手く扱えるか、対戦相手を思いやれるか、知識はどのくらいか。力、知識、人間性。全てを評価されるんだ。」

 

 「なるほど!!ただ勝てばいいって訳じゃないんだね」

 

 「そうだよ。危険な戦い方をしたり、人の権利を害するようなことをする、ズルをする、それがわかったら直ぐに学園を追放されるんだ。……しかも能力を永久的に封じられてね。」

 

 「こわい!怖すぎるよ!!!」

 

 「あっはは!やらなければいいだけだよ。……真面目に授業を受けて、成果を出す!……それでいいと思うよ。」

 

 「えっへへ!楽しみだなあ!」

 

 「そうだね、もし君と戦うことになったら負けないよ?」

 

 「お!そういうことも有り得るのか!ボクも負けないよ!!!」

 

 お互いに意識を高め合いながら、授業へと戻る2人。

 

 ルネほどでは無いが、ライムも学園に来て長い。

 

 彼にも負けられない強くならなければわならない理由があるのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 アンジュ学園は、世界を変革するために王の命令の元作られた施設だ。

 

 Bクラス以上で学園を出ると、高い地位や役職を手に入れられる。

 

 大体のものは地域の紛争を止めたり、魔物を退治したりという役割に落ち着くこととなる。

 

 その他には学んだ知識を各地に広めたり、場合によっては魔族との関わりを持つことも出来る。

 

 当面の目標は戦争の完全終結。

 

 封印されし魔王の完全なる無力化。

 

 貴族と平民のわだかまりの解消。

 

 この3つが挙げられる。

 

 だが、街に暮らす貴族の大半は平民から搾取し、魔物や魔族から襲われない裕福で安全な暮らしに固執している。

 

 また人族の大半は魔族に良い印象を持っておらず、魔物が蔓延るこの時代だからこそ一時的に休戦している。

 

 また魔族側も同様で、人族を滅ぼすことでしか安寧は得られないと考えている。

 

 そのため人と魔族のそれぞれの過激派は各地で小さな争いを続け、奪って奪われての繰り返しである。

 

 争いが続く今の世界において、『アンジュ学園』は大事な役割を担っているわけだ。

 

 そういった役割を持つため、教育も大切であるが、本来の目的は外の世界へと羽ばたき、世界を変革していくこと。

 

 同じクラスに4年以上は滞在できないのだ。

 

 ルネは成長がとても遅く、Dクラス2年、Cクラス4年と過ごしている。

 

 つまりは今年で進級しなければ、どちらにしろ外の世界に出なければならない。

 

 ルネにとっては、何度も聞かされ、理解している話だ。

 

 放課後、ベラに呼ばれたルネは個室で面談していた。

 

 「もう時間はないですわ。ルネフィーラさん。」

 

 「分かってます。ガーネット先生。」

 

 「このままでは、紛争地域に行くことになってしまいますの。……それはあなたの望みではないでしょう。村に戻っても構いません。ですが、恐らく貴族にその力を悪用されるリスクの方が高いです。……あなたの出身地は特に。」

 

 「美味しいお野菜や果物が沢山ありますからね。街に出回っている人工的なものではなくて、体にもいいですからね。」

 

 「ごめんなさいね。何とかしたいのは山々なのですが、国としては魔族、魔王、魔物、ここが一番の課題ですの。」

 

 「わかってます。そこをなんとかしなければ、街の結界は解けない……ですよね」

 

 「ほんと自分勝手な話ですわ。できることは何でも協力いたします。何かあれば、気軽に声をかけてくださいまし。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 ベラはルネの知っている暴力的で卑しい貴族ではない。

 

 元騎士団長という地位だったからなのか、よく人を見て優しく世話を焼く。

 

 なによりも気品があって、己の正義のために今尚戦っている、そう感じるのだ。

 

 ベラの優しい心遣いに感謝しつつ、話しは終わりを告げる。

 

 タイムリミットは近づいているのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 再び聖堂に戻るルネ。

 

 癒しの救済者『ビスラ』。

 

 古の時代天使とまで呼ばれ、世界を救った一人だ。

 

 ルネと同じく、人々を癒す力があったのではないかと考えられている。

 

 救われた人の多さから今では宗教の信仰として扱われ、孤児であるルネは神父に育てられた経験がある。

 

 彼女にとって幼い頃から憧れ、信仰してきたビスラ。

 

 迷いや悩みがあると不思議と足を運ばせるのだ。

 

 「あっ!?ルネちゃん!!!」

 

 「えっ?」

 

 俯きながら扉を開けると、そこにはアノンがいた。

 

 体をよく見ると全身傷だらけである。

 

 「一体どうしたのですか!?」

 

 慌てて駆け寄り、ヒールをかけるルネ。

 

 「えっへへ!対戦じゃないと守ってくれないんだね闘技場って。」

 

 「当たり前です!あそこはウルローズ様の加護がある神聖な戦場です。進級試験に使われる大事な決闘をする場所なのですよ?」

 

 「あ〜天使様の加護があるのか〜!……最初はね、シルビア探してたんだけど、見つからなくて。なーんかシルビアの気配するから闘技場に行ったんだ!そしたら無性にエーテル高めたくなってさ!ボクってどこまで高められるのかなって!ほら、リベレイトを使う練習みたいな?」

 

 「はあ。それで限界以上まで高めて大怪我を?よく無事でしたね。」

 

 呆れながらヒールを掛け続けるルネ。

 

 流石に重症だ。少し時間がかかっているようだ。

 

 「……どうしてそこまで力を求めるのですか?あなたは充分強いでしょう?噂では魔物を一撃で倒せる……とか。」

 

 どこまでも強さを求めるアノンに、つい質問してしまうルネ。

 

 努力を重ねてきたルネにとって、アノンは初めから大きな力を持った存在だ。

 

 力がなくて力を求めるルネにとっては、興味をひかれたのだろう。

 

 「ああ、うん。ボクさ、昔の記憶ないんだ。別の世界?から来たみたいなんだけど、ホントなのかどうかわかんないし。……自分がどうやって生まれたのか、何が好きだったのか。親や友達はどこにいるのか。この世界がどういうものなのか。えっへへ、色々不安に思うこと多くて。」

 

 「そうだったんですね。」


別の世界、記憶喪失。とても理解が難しい話をしてみせるアノン。だが、ルネは優しく受け入れながら聞いてみせる。


寂しい思いが彼にもあると、それだけは理解出来たからだ。

 

 「でもお姉ちゃん……イリスさんに『魂の在り方は変わらない』って言われてさ。『自分と世界を知るために強くなろう』そう勇気づけられたんだ!……だから、思うがままにやってみようって!」

 

 「魂の……在り方……?」

 

 「ルネちゃんもあるんでしょ?」

 

 「……え?」

 

 「授業で教わったよ?スピリットは信仰や精神、魂に影響を受けるって。きっと大切な何かを救いたいって強く思ったからその力が宿ったんだよ!」


 「……ふふっ、そうでした。そうだったと思います。……いけませんね、弱気になってて。」

 

 「うん?」

 

 アノンの言葉からなにかヒントを得たのだろうか。どこか儚げな印象があったルネから穏やかな笑みがこぼれる。

 

 「アノンさん、あなたのおかげで大切なものを取り戻せた気がします。私なりにやってみますね!」

 

 まるで憑き物が取れたかのように晴れやかなルネ。アノンに感謝の言葉を口にする。

 

 そして、いつの間にか終わっていた治療。

 

 アノンの傷は綺麗に消えていた。

 

 「うん!ルネちゃんならできるよ!」

 

 嬉しそうにアノンは微笑むと拳を突き出す。

 

 一瞬、ルネは戸惑うが照れくさそうに拳を突き出す。

 

 「えっへへ!一緒に頑張ろうね!!!」

 

 「はい!!!」

 

 これはアノンがルネと出会った日の話。

 

 アノンはルネに癒しを受け、同時に思い悩むシスターに救いの道を示したのだ。

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