第2章 ANGEL【天使と学園】

2章 第1話 ライバルで友達!


 古の時代。勢いを増す魔族に人類は勢力図を大きく塗り替えられた。

 

 各地では貧困や戦争に苦しむ嘆きが目立った。

 

 人類は願い、戦い続けるしか無かった。

 

 そんな時だった。

 

 願いを聞き届けたかのように、天から4人の使いが現れた。

 

 圧倒的な力と慈悲深さ。

 

 人類は彼ら4人に世界を託したのだ。

 

 炎の剣術使い『ウルローズ』

 癒しの救済者『ビスラ』

 闇の魔導士『メア・ギャビー』

 希望の勇者『ルキファー』

 

 人は彼らを『天使』と呼んだ。

 

 ーーーーーー。

 

 美しく整えられた建物。

 

 建物内には多くの少年少女が集まり勉学や訓練に励む。

 

 服装も身分もバラバラな彼らだが、特に待遇の差は見らず平穏に過ごしている。

 

 『アンジュ学園』。アノンとシルビアが入ることとなった王都に存在する学園施設だ。

 

 その一角の教室。10名ほどの少年少女は長い机と個人の椅子を並べ、教壇にたつ教師の話を真剣に聞いている。

 

 「はい〜、というわけで〜、ここ『アンジュ学園』もそんな天使様のようなスゴぉい〜人になってもらいたい!そんな意味が込められてますよ〜」

 

 学園に入って早1ヶ月。

 

 周りの生徒たちより入学時期はズレたが、アノンとシルビアは学園生活を開始していた。

 

 アノンは瞳を輝かせながら授業を聞いている。

 

 今現在は歴史の時間だ。古の時代の天使についての講義を聞いていた。

 

 担当教員は『ヒマリ・ブラウン』。語尾が柔らかい小柄な先生だ。

 

 カールがかかったショートカットで、優しい茶色の髪色が特徴的だ。

 

 マントのような白いローブに黒のロングスカート。博士のような風貌をしている。

 

 小柄な見た目にそぐわず胸や臀部は豊満で、服は少しダボッと大きめに着こなしている。

 

 何処か間の抜けた雰囲気と柔らかい包容力が感じられる。

 

 「おおっと〜!今日はここまでです〜。では、お疲れ様です〜」

 

 おっとりと話を終えると、授業は終わりを告げる。

 

 15分間の休憩時間だ。

 

 アノンは周りをキョロキョロと見渡すが、ノートに今日の内容を一生懸命にまとめている緑髪の少年が目につく。

 

 『ライム・コリアンダー』だ。

 

 平均的な顔立ちで優しく真面目な印象を受ける。

 

 穏やかな雰囲気を醸し出している。

 

 服装もきちんと着こなされており、ワイシャツにネクタイ、茶色いベスト、黒のパンツとかなりかしこまっている。

 

 アノンは彼のノートを覗き込むようにして、近づき声をかけようとする。

 

 入学以来カレに話しかけたくて仕方ないのだ。

 

 「ライムくん!」

 

 「……え、あ、転入生の……」

 

 「そう!アノンだよ!よろしくね!」

 

 「あ、うん。よろしくね。……僕はライム・コリアンダー。僕に何か用かな?」

 

 「ライムくんさ!凄く勉強出来るでしょ?だからさ、どんな風に勉強してるのか気になって!」

 

 「ああ、僕は別に……これしかないから……」

 

 「ん?」

 

 「おーい!転入生!次、闘技場だぞ〜、そんなヤツ放って行くぞ!!」

 

 「え?え?」

 

 「先にいった方がいいよ。……僕は少し遅れていくから」

 

 「そ、そう?もっと話したかったんだけど」

 

 「ほら、授業に遅れるといけないよ」

 

 「え?あ、うん。じゃあ!また後でね!!」

 

 アノンはそのまま、かけて行く。

 

 ライムは成績優秀で身なりもきちんとしているが、学友からの風当たりは強い。

 

 彼もどこか自信なさげで、気弱な印象を持たせる。

 

 ーーーーーー。

 

 「いそげ!急げ!」

 

 アノンはスキップするように次の授業へと足を急がせる。

 

 「アノンさん、ですわね?」

 

 「へ!?」

 

 突然、背後から話しかけられ振り返る。

 

 そこにはブロンド髪の綺麗な女性が立っていた。

 

 瞳は宝石のように赤く煌めき、ブロンドの髪は背中まで伸びている。

 

 襟付きの白と黒を織り交ぜた騎士のような服。前腕部分からは白い袖丈が広がっていて、上流階級の風格を感じさせる。

 

 合わせられた黒のスカートからタイツが覗き女性らしさも感じられる。

 

 背中には煌びやかな槍が収められており、貴族であることは明らかだろう。

 

 「ベラ・ガーネットですわ。……少しお話よくって?」

 

 そんな彼女から呼び止められたアノン。

 

 特に顔見知りと言う訳でもないので、困惑する。

 

 「えっと……僕?」

 

 「そう、あなたですわ。」

 

 「ぼく何か悪いことしちゃいましたか?」

 

 「いえいえ!とても真面目に授業を受けられていると聞いておりますわ。とっても素敵です。」

 

 「えっへへ!どうも!!」

 

 「闘技場に向かいながら、話しましょうか。」

 

 「え?ベラさんも闘技場に?」

 

 「ええ、ワタクシこう見えて、ここの教師です事よ?次の授業の担当ですわ。」

 

 「そ、そうだったんですか!!!よろしくお願いします!!!」

 

 ーーーーーー。

 

 そのまま、闘技場に向けて2人で歩みを進める。

 

 「……その、あの、イリス姉様……は元気にしてたかしら?」

 

 モジモジと顔を赤らめ、アノンに質問するベラ。

 

 「ん?お姉ちゃんのこと、知ってるの?」

 

 「お、お姉ちゃんとよんでますの!?」

 

 アノンの返しにとんでもなく大きな声で反応し、食い気味に顔を近づけるベラ。

 

 「え?うん」とやや引いたように返すアノンを見て、我を取り戻し咳払いをする。

 

 どうやら、イリスの知り合いらしい。

 

 「こほん、それで?元気でしたの?」

 

 「あ、うん!とっても強くて元気だったよ!」

 

 「当たり前ですわ。魔王を封印した英雄ですのよ?そんな方に教えを乞うなんて、その辺の男ならシバいてるところですわ。」

 

 「え?あ、え?」

 

 流石のアノンも未知の存在すぎるベラに困惑するしかない。

 

 どうやら、かなりイリスにご執心のようだ。

 

 お姉様という呼び方もこの様子から見て、敬愛の意味で使用しているようだ。

 

 見た目は超がつくほど美人なのに、どこか残念な印象を受けてしまう。

 

 「話が逸れましたわ。……共に修行をシルビアさんと受けたと聞いております。」

 

 「あ、うん!そうなんだ!でもね、シルビア1つ上のクラスでさ!ずーっと会えてないんだよね!Cクラス行ってもいつもいないし!」

 

 「仲がよろしいのですわね?」

 

 「うん!1年一緒に頑張ったからね!!!」

 

 「それは安心致しましたわ。……彼女、クラスで浮いておりまして、よろしければ定期的に会いに行って欲しいと思いまして。ワタクシでは、お姉様……のように上手くお話してできなくて」

 

 アノンとシルビアの関係を聞くと安心し、本題に入る。

 

 シルビアのことを話すベラは本気で心配しているようで、またどうしたらいいか悩んでいるように見える。

 

 「えええっ!!!シルビア可愛くてとっても努力家なのにどうして浮いてるのさ!!!」

 

 「本人が壁……を作っているのでしょうか。周りと関わろうとしない様子でして。……むかしの事件のこともあって、周りの生徒も怖がってしまっていて。あなたにお願いしたかったのですわ。」

 

 「うん、なるほど!!!!わかりました!!!!お任せ下さい!!!……でも、見つけられなくって。僕もまだこの学園に慣れていないところあるから……」

 

 「それでしたら、闘技場か屋上、庭の方でよく見かけますわ。参考にしてくださいまし。」

 

  「おお!!さすが先生!ただの変な人じゃなかったんですね!!!」

 

 「ん?どういうことですの?」

  「なんでもないです!」

 

 「とにかく、よろしくお願い致しますわ。」

 

 「はい!任せてください!!!」

 

 話が一段落したところで、闘技場へとたどり着く。

 

 ドーム型の外壁に、石でできた観客席に取り囲まれ、中央には舗装された広い空間がある。

 

 学園内における戦闘を行う場である。

 

 アノンとベラが到着すると遅れて、ライムが横を通り過ぎる。

 

 その姿を横目で見ると、ベラは微笑む。

 

 「さ、授業を始めますわよ!」

 

 ーーーーー。

 

 「今日は、力と知識についての実戦を経験して頂きます。アノンさん、ライムさん。あなた達が代表を務め、今日の授業のウォーミングアップと行きましょう。」

 

 「やったあ!!!ライムくんと戦えるんだね!!!」

 

 「そういうことですわ。練習試合ですが、とことんやってもらって構いません。それが今日の授業に大きく影響するでしょう。他の生徒の皆様は観客席へ。後日レポートの提出をお願いするので、しっかりと見学するように。」

 

 「ほ、本気でやっていいの!?どっちか怪我するかもしれないよ!」

 

 アノンは興奮と心配、両方の気持ちが合わさった複雑な表情を見せる。

 

 「問題ありませんわ。命はこの闘技場では失いません。ただ、ダメージは蓄積されます。命も失わず、致命傷も負わない代わりに許容以上のダメージを負うと動けなくなりますわ。その時点で試合は終了。分かりましたわね?」

 

 「なるほど!!!!わかりました!!!」

 

 アノンが納得してみせると、ライムは自信なさげに出てくる。

 

 中央にふたりが並び立つと、周囲はどよめく。

 

 ーーーーーー。

 

 「転入生の実力がようやく分かってるってことだな!」

 

 「転入生はわかるけどよ、なんで七光り坊ちゃんまで出てくんだよ」

 

 「知るかよ、頭の出来だけはいいみてえだからな。そーいうことじゃね?」

 

 「俺ならエーテルぶち込んで圧勝なのによ」

 

 「そこはまあ、お貴族様が偉いんじゃねーの?」

 

 「まったく彼のせいで学園内の貴族の地位が下がりますね」

 

 「同じ貴族と言えば、炎の悪魔も転入したらしいじゃんか」

 

 一部の生徒の会話は噂話にまで発展する。だが、炎の悪魔という単語に黒いフードの少女は反応する。

 

 「炎の悪魔……?シルビア・クリムゾン……?」

 

 「お、無口のレトさんが反応ですか?」

 

 「……べつに。試合、始まるわよ。」

 

 ーーーーーー。

 

 観客席の声はバラバラで、気だるそうに見つめるもの、何かを思うもの、アノンに期待するもの、ライムを軽視するもの、様々だ。

 

 だが、そんなことを気にすることなくアノンは構える。

 

 「よろしくね!ライムくん!!」

 

 「うん……よろしく、アノンくん。」

 

 アノンは武器を持たず、ただ構えるのみだ。

 

 対するライムは初め剣と盾を持っていたが、下ろす。

 

 「あれ、使わないの?それ?」

 

 「相手が武器を持ってないのに、使うことは出来ないよ。僕も素手で戦うよ。」

 

 「へえ!!!かっこいいね!!ライムくん!」

 

 「準備は出来ましたわね?では、試合開始ですわ!!!」

 

 2人の様子を見て試合開始を宣言するベラ。

 

 二人は闘志を高め、空気を一変させる。

 

 ーーーーーー。

 

 先に仕掛けたのはアノンである。

 

 まずは様子見と言わんばかりにエーテルを発動せず突撃する。

 

 「(早い……でも隙が多い)」

 

 アノンの超人的なスピードに驚きつつもヒラリと身をこなし避けてみせる。

 

 「どぅわわわわっ!!!」

 

 勢い余って地面に顔を埋めるアノン。

 

 「エーテル、解放!!」

 

 すかさず拳を繰り出すライム。

 

 彼は最初から本気でエーテルを身にまとっている。

 

 「危なっ!?」

 

 反射的にライムの拳を受け止めるアノン。

 

 エーテルを発動しているライムに対し、素の状態のアノン。

 

 力の差は歴然としているが、善戦しているのはライムだ。

 

 拳を抑え安心していたアノン。

 

 ライムは勢いに任せ拳を下に振り下ろすと、アノンの身体は宙に浮く。

 

 「おっわ!?」

 

 驚き呆気に取られていると、ライムの膝蹴りがアノンに直撃する。

 

 「がっ!?」

 

 一瞬呼吸が止まり、頭が真っ白になるアノン。

 

 本能的にエーテルを全出力で解放し、纏った巨大なエーテルで拳を叩き込む。そのあまりにも強大な力は簡単にライムを吹き飛ばす。

 

 「ぐっ!?ああああああっ!!!」

 

 地面につよく打ち付けられるライム。

 

 痛みに苦しみながら目を開くと、アノンの拳が飛んでくる。

 

 その攻撃を両手を使い後方へ受け流すと、アノンを壁際まで吹き飛ばす。

 

 「うわぁああああああっ!!!」

 

 壁際に吹き飛ばされるとあまりの衝撃に壁の一部にヒビが入る。

 

 砂煙が舞い上がり、咳き込みながら出てくるアノン。

 

 「けほっ!けほっ!……僕の攻撃全部利用されてる……?」

 

 戦闘においてはある程度自信を持っていたアノン。

 

 だが、あくまで彼は魔物とイリスとのみ戦ったことがある程度だ。

 

 対人戦では、経験が劣る。

 

 またライムは成績優秀であり、戦闘中も思考をやめない。

 

 まるで分析するかのように、アノンの攻撃に合わせながら戦っている。

 

 「僕がライムくんに勝てるのは……力だけ……。経験も知識も遠く及ばない……でも、さっき全力のエーテルでライムくんは吹き飛んだ……それなら!!!」

 

 砂埃が晴れると、アノンの姿は消えていた。

 

 「……えっ!?」

 

 困惑するライム。

 

 まだまだアノンの規格外の強さを理解しきれていないらしい。

 

 「どこ!?どこに消えた!?」

 

 視界を凝らし辺りを見渡すも姿は捉えられない。

 

 「上だァあああああっ!!!」

 

 上空より響くアノンの声。一点にエーテルを集中させた拳は、ライムに直撃する。

 

 「ああああああっ!!!」

 

 強大すぎる一撃にライムはそのまま動けなくなる。地面には大きなクレーターが出来る。

 

 「そこまで!ですわ。アノンさん、勝利です。」

 

 「よっしゃあああ!!!」

 

 喜びに満ち溢れるアノン。

 

 観客席も歓声をあげる。

 

 だが、全てが好意的なものではなく、中にはライムを小馬鹿にする発言もあった。

 

 「やっぱアノン勝ったぜ」

 

 「分かりきっていたことでしょう。彼は貴族の恥よ。」

 

 「所詮すげえのはクバーツ先生だけか。」

 

 まるで聞こえるように言い放つ罵声。

 

 一瞬ベラが鋭い眼光を客席に向ける。

 

 まるで誰も口にしていなかったように黙る。

 

 敗北を噛み締め、罵声に耐えるライム。

 

 「くっ……また、僕は……っ!!」

 

 怒りに震え拳を握るが、目の前に手が差し伸べられる。

 

 「ナイスファイト!!ライムくん!すっごい強かった!!!今度色々教えてよ!!!」

 

 無邪気に微笑むアノン。

 

 「どうして、僕なんかに……僕は……」

 

 一瞬涙が溢れだしそうになるライム。

  だが、歯を食いしばりその手を取らない。

 

 「だって、同じクラスじゃん!……それにもう、『友達』だよ!ねっ!」

 

 アノンは優しくライムの拳を開いて、そのまま立ち上がらせる。

 

 「君は……変わっているね」

 

 「そうかな?」

 

 「うん、変わってる!」

 

 「そうか!変わってるか!」

 

 微笑み合う二人。

 

 純粋なアノンの心根は、塞ぎ込んでいたライムを優しく包む。

 

 周りなんて構いもしない、何よりも強いその力にライムは不思議と惹かれていた。

 

 今日この日、ライムとアノンはライバルで友達、そういう関係になったのかもしれない。

 

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