1章 第4話 英雄の弟子!


 イリスから語られた仮説。

 

 シルビアは戦慄し、少年は不思議な顔をする。

 

 「魔王って……悪い人なの?」

 

 「さっき散々戦った無差別に人を襲う魔物。あれを作っているのは魔王よ」

 

 「魔物を作り出す邪悪な王、だから魔王。厄介なのが、魔族も人も無差別に襲う危険な存在ってとこかしらね。」

 

 「なるほど!魔族さんと魔物さんは別なんだね!」

 

 「そういうこと。……話が脱線したけど。ま、私の話はあくまで仮説。魔王に記憶を消されたかもしれないっていう仮説よ。」

 

 世界から敵視されている魔王。強力な魔物を使役し作り出している存在。

 

 魔物を一撃で粉砕してしまう少年にとっては、あまり恐怖は感じないようだ。

 

 だが、確実に少年の正体に迫るヒントにはなっただろう。

 

 少なくともこの世界のことを知れば、少年は記憶を取り戻せるかもしれない。

 

 「記憶もないんじゃ苦労するよね。うーん。私が面倒見てあげよっか。」

 

 「いいの!?」

 

 「もちろんよ!寂しいからねー1人はー」

 

 「わーい!!!じゃあお姉ちゃん!お姉ちゃんだね!!」

 

 「うんうん!いいね、いいね!」

 

 とんでもない仮説を立てたイリスであったが、直ぐに少年と打ち解ける。

 

 やさしく微笑むイリス。

 

 魔力を持つ彼女はこんな森の中に住んでいる。

 

 偏見を持たない少年を近くに置いておきたいと思うのは、十分すぎる理由だろう。

 

 先程のシルビアとの険悪なムードの発端も原因はそこにあった。

 

 「まったく。住む場所見つかって良かったわね。」

 

 「うん!シルビアのおかげ!!新しい家族だよ!」

 

 「家族……か。うん、いいね。」

 

 家族に何か思うことがあるのかシルビアは羨ましそうに微笑む。

 

 シルビアにとって、少年はキラキラと輝いて見えるのかもしれない。

 

 「さて、遅くなってしまったね。シルビア、クリムゾン家の令嬢がこんなところにいたら、心配されるよ。送ってあげよう。」

 

 「問題ないですよ。……私、問題起こしてから、別邸に隔離されているんです。」

 

 「そうか、そういうことだったんだね。わかった、今日は泊まっていくといい。今後のことはこれから話そう。」

 

 「えっいいんですか?私さっき酷いこと……」

 

 「いいの!いいの!警戒されてたとはいえ、私も言い方悪かったからね!」

 

 どうやら、シルビアには深い事情があるようだ。

 

 少し事情を知っているのかイリスは深く詮索しない。

 

 イリスは切り替えるように、両手をパチンと合わせると、微笑む。

 

 「さあ、ご飯にしよう!シルビア君は着替えも必要だね。まずはお風呂でゆっくり休むといい。」

 

 「あ、ありがとう……ございます。」

 

 「さて、ご飯支度をしよう!少年、手伝ってくれるかな?」

 

 「任せてよ!お姉ちゃん!なんでもやるよ!」

 

 ーーーーーー。

 

 広い空間のお風呂。

 

 一人ぽつんと湯船に浸かる。

 

 シルビアは瞳を閉じ、疲れを癒していく。

 

 だが、それと同時に過去を追憶していく。

 

 炎の悪魔と呼ばられたあの日を。

 

 ーーーーーー。

 

 人類は魔族との戦争によって、大きく二つに分かれた。

 

 大都市に結界を張り魔族からの攻撃を永久的に防いだのだ。

 

 だがそれは同時に王族、貴族と一部の限られた商人、兵士、騎士以外を切り捨てることとなった。

 

 認められたものにのみ出入りを許す指輪。それがない限り大都市への出入りは断絶されたのだ。

 

 それによって周辺に住む、平民や村人は自然と生きることを余儀なくされた。

 

 もともと生活が困窮していた訳では無いが、嗜好品や贅沢な暮らしは出来なくなった。

 

 それどころか魔族や魔物に襲われる危険を残し、生きづらくなったのだ。

 

 そんな二つに分かれた両者だが、何も知らない子供たちは触れ合う機会が多かった。

 

 子爵シルビア・クリムゾンもその一人だった。

 

 家を抜け出しては森や近くの村へと遊びに行っていた。

 

 昔からどうにも貴族たちとは馬が合わず、外の世界の子供たちと次第に遊ぶようになっていたのだ。

 

 「おい、底辺貴族。どこに行く気だ?」

 

 「別にどこだって構わないじゃない!」

 

 伯爵家の3人組。男の子二人に中央には威張るように腕組みをする少女。

 

 身なりが整っており、いつもシルビアにちょっかいを出してきていた。

 

 シルビアに対してだけではない。彼らは周りの自分達より地位の低い貴族に対しても、同様に威張り散らしていた。

 

 親の真似だろうか。伯爵家である彼らの親は子爵家に無理難題を押し付ける。立場上は上司であるからだ。

 

 彼らの親も別に理不尽に威張っている訳では無い。

 

 子供の目から見ればそう見えるだけという話だ。

 

 シルビアはそんな理不尽な迷惑行為が許せず、噛み付いているうちに集中的に意地悪をされるようになったのだ。

 

 「俺父様から聞いたぞ?クリムゾンの家は魔族なんかを庇ったって!だから地位が低いんだよ!」

 

 「魔族だなんて不快だわ!」

 

 「そーだ!そーだ!」

 

 「ご先祖さまをバカにするなあ!!!きっと、事情があったのよ!!!」

 

 ーーーーーー。

 

 「もう!メッ!だよ!いつも喧嘩して!」

 

 「あはは、ごめん。でもあいつらさ〜」

 

 「でもじゃない!暴力はいけません!」

 

 「そ、そうだね」

 

 サクラ。近くの村に住む少女だ。

 

 桃色髪のお下げ。

 

 決して整った身なりでは無いが、女の子らしくて可愛い少女だ。

 

 いつも喧嘩して、不貞腐れているシルビアを心配し手当してくれている。

 

 シルビアにとって、同年代の友達は彼女だけだった。

 

 不満を漏らし聞いてくれる。

 

 悪いことはダメと言ってくれる。

 

 曲がった貴族が多く孤立していたシルビアにとっては、まさに心を許せる素敵な友達だった。

 

 いつも同じ時をすごして、違う世界なのに同じ世界があって。

 

  お互いに刺激を受けて成長し合える。そんな関係だ。

 

 「でもわかるよ、ご先祖さまだって家族だもん。バカにされたら怒るよね!」

 

 「サクラ!!だよね!だよね!そうだよね!あいつら本当最低なの!」

 

 「でもシーちゃんみたいな貴族ばかりじゃないから。」

 

 「サクラ……。また、貴族嫌なことしてきた?」

 

 「村のね、食料とか持っていくの。お父ちゃんやお母ちゃんが、頑張って育てたお野菜とかをね。」

 

 「信じらんない!!どこの貴族よ!!蹴散らしてやるわ!!」

 

 「ああ、もう!メッ!すぐ感情的になる!」

 

 直ぐに怒って立ち上がるシルビア。それを止めて注意するサクラ。

 

 二人は草むらの上で戯れながら、怒って注意して、笑ってくっついて、そんなふうに時間を過ごしていく。

 

 ーーーーーー。

 

 でも。

 

 そんな日は簡単に終わりを告げる。

 

 「おいおい!どこに行ってるかと思えばこーんな、チンケな村かよ?」

 

 「ふふ、やめてやりなさいよ。シルビアさんったら、ぼっちなのよ。」

 

 「やーい!ぼっち!ぼっち!」

 

 「あ、あんたら!!!」

 

 村にまで意地悪をしに来た貴族たち。

 

 普通の貴族には恐怖を感じるサクラは震えている。

 

 「し、シーちゃん。」

 

 「大丈夫!私が守るから!」

 

 強く決意をするシルビア。背後に震えながらサクラは隠れる。

 

 「あん?俺らとやろうってのか?いつもボコボコにしてんだろうが!」

 

 「三人で卑怯だからよ!1人なら負けないわ!」

 

 「卑怯ですって?優秀な貴族が手を取りあって、何がいけないのでしょう?」

 

 「お!野菜沢山ある!食べよーっと!」

 

 取り巻きの1人が村で育てている野菜に手を出す。

 

 「だ、だめ!やめてください!!!」

 

 いつの間にか貴族たちの前に立つサクラ。

 

  そのまま取り巻きの一人から野菜を奪うが、泥が跳ねて貴族の服を汚す。

 

 「んだよ?てめえ!汚ねえ平民が俺に触れて!!!しかも俺の服を!!!許さねえぞ!!!」

 

 裕福な暮らしをしている貴族に対し、華奢な少女。

 

 あまりにも簡単に蹴り飛ばされる。

 

 「サクラ!!!」

 

 急いで駆け寄るシルビアだったが、背後から羽交い締めにされ、動きが取れなくなる。

 

 「まあまあ、面白いから見てなさいよ。」

 

 「やめろ!離せ!!!」

 

 悔しいが、シルビアは黙って見ていることしか出来なかった。

 

 「クソ野郎が!絶対に許さねえぞ!この平民!!」

 

 力無く倒れているサクラを無理やり起きあがらせると、容赦なく殴り続ける。

 

 可愛らしい顔はどんどんと腫れていき、髪の毛も引っ張られてぐちゃぐちゃだ。

 

 「いたい、いたい、いたいよ。」

 

 「オラ!どうした!?反撃してみろよ!!!」

 

 「くっ!!!お前らぁあああああっ!!!!」

 

 

 刹那。

 

 シルビアの怒りは頂点に達した。

 

 シルビアは怒りの炎を燃やし、辺り一面を燃やし尽くしていた。

 

 気がついた頃には大火傷を負った貴族と焼けこげた野菜の数々。

 

 駆けつけ恐怖の表情を向ける平民たち。

 

 「なに、これ。わた、私知らない!こんなの!こんなの!知らない!!!」

 

 未知の力に恐怖するシルビア。

 

 恐る恐る視界をサクラに向ける。

 

 「シーちゃん、いたいよ……」

 

 「ああっ……」

 

 その瞳に映ったのは腕と足に火傷を負い、髪の毛を焼かれたサクラであった。

 

 「さ、サクラ!!!」

 

 涙を浮かべ近寄るシルビア。

 

 だが、近寄ってきたサクラの母親にビンタされる。

 

 「うちの娘に触らないで!!!!」

 

 「ひっ……」

 

 「だから貴族は嫌だったんだ!!!あんたも同じ!最低な貴族と同じよ!!!」

 

 一緒に料理を作った思い出。

 

 クッキーを焼いてくれたこともあった。

 

 いつもサクラと一緒に笑いかけてくれた。

 

 でも今はシルビアに憎しみの瞳を向けている。

 

 シルビアはその眼差しに恐怖し逃げ出す。

 

 大切な親友を傷つけ、村を燃やし、人に大怪我をおわせた。

 

 自分への恐怖でいっぱいになる。

 

 「ま、まってよ。……シーちゃん。」

 

 サクラは意識を失う最後まで、シルビアに手を伸ばし続けていた。

 

 ーーーーーー。

 

 貴族の三人は命を失うことは無かったが、消えない傷を負った。体の至る所に痣が残ってしまったのだ。

 

 会うことは叶わなかったが、話によるとサクラも大きな怪我をした。幸い火傷は浅かったようだが、シルビアが傷をおわせたのは事実だ。

 

 村の火災はシルビアが離れると簡単に消えたらしい。

 

 紛れもなくシルビアの力だということだ。

 

 この事件を経てさらにクリムゾン家は地位を落とし、シルビアは別邸に軟禁された。

 

 家族でさえもシルビアを見放したのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「嫌なこと思い出しちゃった。」

 

 久しぶりに力を使ったからだろうか。

 

 シルビアは暗い顔で入浴を終える。

 

 用意されていたキャミソール風の寝巻きに着替え、その場を後にする。

 

 ーーーーー。

 

 「じゃじゃーん!!!」

 

 お風呂から上がるとニコニコした顔で少年が迎えてくれる。

 

 「機嫌いいわね」

  「そりゃあもう!ほら、見てよ!この料理!!」

 

 綺麗に盛り付けられた野菜の数々。

 

 メインとなる大きな肉に、ホクホクとしたパン。

 

 食欲を誘うスープの香り。

 

 憂鬱な心が飛ぶほど食欲をかきたてられる。

 

 「すごいわね!あんたが作ったの?」

 

 「ちっちっちっ!もう『あんた』じゃないんだなあ!これが!」

 

  「え?なによ?」

 

 「名前付けたのよ。『アノン』。そう呼んであげて」

 

 先に席に着いていたイリスが紅茶を片手に語ってみせる。

 

 「そう!アノン!お姉ちゃんがつけてくれたの!!」

 

 「まあ最初は、アイルフ、リノラ、ルデンってつけて、好きなの選ばせようとしたんだけど」

 

 「決めらんなくてさ!全部素敵な意味が込められてて、全部から名前とってアノン!!ふふん!いいでしょ!」

 

 「いい名前ね。自分自身、輝いて前進、最後のは綺麗な髪の色からね。」

 

 「すっごい!!!意味までわかるなんて!!!……あのね、僕少し不安あったんだ。記憶を取り戻すために頑張って、取り戻した時自分が自分じゃなくなるような気がしてね。……でも記憶がなきゃ、自分がどういう人なのか分からないし、なんだか空っぽでさ。そしたら、お姉ちゃんが名前をつけてくれたの!『魂は変わらない!』ってね!」

 

 「そう、かもしれないわね。……名前は自分を現す大切なもの。これで、自分を失わないのかもしれないわね。」

 

 「うん!素敵だなあって、思うんだ!」

 

 「ふふ、ほらほら、食べるよ!2人とも!」

 

 ーーーーーー。

 

 食卓を囲み、アノンが楽しそうに話し、イリスが盛り上げ、シルビアはそっと微笑む。

 

 温かい食事に、温かい空間。

 

 シルビアは「おいしい」とやさしく呟くのであった。

 

 失ってしまった過去を少し取り戻せたのかもしれない。

 

 そんなことを思っているのかもしれない。

 

 ーーーーー。

 

 「本当は明日話そうと思ったんだけどね。……ふたりとも王都の学園に行く気は無い?」

 

 「学園?」

 

 突然、話を持ちかけるイリス。

 

 アノンの無邪気な様子を見てなのか、シルビアの強い想いを汲み取ってなのか話始める。

 

 「そう、学園。数年前から、生徒を入れて試験的に運用してたんだけど。……2人なら、空気変えられるなって思ってね。」

 

 「たった一日でそういうの分かるの?お姉ちゃん。」

 

 「隠してても仕方ないから言うけど。私ね、人の考えとか記憶とか読み取れるのよね。」

 

 「すんげえ!!!!」

 

 「スピリット能力……ですか」

 

 「うん、詳しいね。でもそれだけに勿体ない。」

 

 「勿体ない?」

 

 「あなたはせっかく貴族や平民を平等に見れる素質を持っているのに、偏った知識のせいで魔族のことを敵視している。それに力の使い方もまるでなってないし、危険よ。私の力と学園の教育があれば、もっと世界を変えられる。そういう人になれる。」

 

 「……そうでしょうか」

 

 「やろうよ!シルビア!面白そうじゃん!!」

 

 期待する眼差しで見つめるイリス。

 

 その期待に不安の色を見せるシルビア。

 

 重たい過去が、過ぎた力が、彼女の歩みを止めようとしている。

 

 対照的に過去を持たず、真っさらで進みたいアノンは彼女の背中を押そうとする。

 

 「アノン……。面白そうって……あんたね。」

 

 「だって、もともとお姉ちゃんに会ってお願いしたかったんでしょ?」

 

 「そうだけど……」

 

 「大丈夫だよ!シルビアは自分のことより、他を大切にできる人だよ?今日だって、森や僕のことを守ろうとしてた!シルビアならすごい人になれるんだよ!」

 

 「……まったく、アノンにはかなわないわね。」

 

 「えっへへ!」

 

 「決まったみたいね。学園では世界の争いを根絶することが目的。そのために間違った知識ではなく正しい知識をつけて、正しい力を手に入れる。そういう学園よ。」

 

 「争いの根絶……」

 

 「魔物さんの倒し方とか?」

 

 「もちろんそれもあるし、魔族との共存も視野に入れている。ちゃんとした歴史を学べば争わなくていいと分かるはずよ。」

 

 「貴族や平民、そういったわだかまりも消えますか?」

 

 「あなたが望むなら、力をつけて叶えることも可能よ。卒業後は有力な地位を得られるから。どうする?2人とも。この話、受ける?受けない?」

 

 「「受けます!!!」」

 

 「なら決定ね。シルビアちゃんはまず自分の力と向き合うために。アノンちゃんは己と世界を知るために。」

 

 「ってことは僕たち英雄イリスの弟子になるってことだね!!!」

 

 「そういうこと!」

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