第33話 今回は擁護できない

 ひったくり犯はミュシェルを前にして言葉も出せない。

 このままだと、本当に騎士団に連れて行かれる。

 そう思ったせいか、スーレットに助けを求める。


「スーレットの旦那、このままじゃ、俺は……」

「今回は諦めた方がよさそうですね」

「えっ?」


 スーレットの口からはひったくり犯が想像していなかった言葉が出る。

 如何やらミュシェルの圧力に屈したのか、スーレットはひったくり犯を捨てた。


「残念ですが、貴方を騎士団に連れて行かなければいけませんね」

「そ、そんな……嘘だよね?」

「嘘ではありませんよ。私は貴方をこれ以上擁護することはできません」

「はっ? 訊いてねぇって」


 ひったくり犯の男性は、頼みの綱を失った。

 あまりにも憐れで、俺は引き目になる。


 もちろんひったくり犯もただでは屈しない。

 全力で抗うと、ミュシェルに牙を剥く。


「はっ! なんで俺が捕まらないといけねぇんだよ」

「ひ、開き直った」

「ああ、そうさ。開き直ってやる。大体俺は無実だ。元を辿れば、旦那に頼まれて……」

「「頼まれて?」」


 ひったくり犯は、もう如何でもよくなったのか、口を滑らせる。

 意外というべきか、蟻がちというべきか、スーレットのことを悪く言う。

 まるで黒幕がスーレットであるかのようで、俺とミュシェルの視線が奪われる。


「私が? 貴方になにを頼んだのです?」

「あっ、てめぇ! 俺のことを裏切る気か」

「裏切る? 一体なんのことでしょうか? 私は、貴方を擁護したことはあっても、貴方の罪を許した覚えはありませんよ?」

「な、なんだよ、それ!」


 スーレットは完全に見限った。

 ひったくり犯の男性は可哀そうな程、ボロボロにされてしまう。


「スーレットさん、貴方はこの人とは?」

「無関係ではありませんが、決して裏で手を組んだ覚えはありませんよ?」

「本当ですか?」

「ええ、本当ですとも。ミュシェル様の前で、嘘は付けません・・・・・・・ので」


(今の、嘘だな)


 俺は魔法も使わず、口振りだけで嘘だと分かった。

 いや、明らかに嘘臭い。

 急に口調が変わり、まるで大事な部分にアンダーラインを引くような、それ程協調し発したのだ。


「……今は一応信じます。ですが、貴方も関係者ですからね。騎士団の人達に追及されることがあるかもしれませんよ」

「ええ、心得ていますよ。ご心配いただきありがとうございます」


 スーレットは上手くやり過ごした。

 全ての罪をひったくり犯に擦り付けると、ギョロリと狂気の目を向ける。

 真っ赤な瞳に睨まれると、ひったくり犯は腰を抜かす。

 落ちていた鋭い石を手にして反撃を試みようと思ったのだが、それさえ許して貰えなかった。


「チッ。クソがっ、クソがよ!」

「往生際が悪いですね。さぁ、行きますよ」

「は、離しやがれ。俺は、俺は旦那に言われて……」

「まだ言いますか……ミュシェル様」


 スーレットは、ひったくり犯を無理やり立ち上がらせる。

 腕をギュッと掴むと、力強く握り締め、逃げられないようにした。


 それだけじゃない。抵抗するひったくり犯を無視し、ミュシェルに言葉を掛けた。

 緊張が走り、背筋が伸びたミュシェルは、「はい?」と訊き返す。


「彼は私が騎士団に引き渡します。よろしいですか?」

「……構いませんが、丁重に扱ってくださいね。例え罪を犯していたとしても、その人も生きているんですから」

「ええ。承知しましたよ。では、行きますよ」

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。離してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ミュシェルの許可を貰い、ひったくり犯の男性は、スーレットが連れて行く。

 最後まで足搔き抵抗を見せるが、体幹の違いか何かだろうか? ひったくり犯は逃げられない。


(あれ、絶対に大丈夫じゃないな)


 俺はもちろん最後までスーレットを疑っていた。

 ミュシェルも同じくなようで、ジッと睨みを利かせている。

 けれどそれなりの地位があるせいか、下手に追及しても、こちらが負けるのは見え見えだ。


「ミュシェル、あれって」

「信じましょう。スーレットさんを」

「信じるって……はぁ。多分、貴女も騎士団に事情聴取されるけど、いい?」


 俺は被害者の女性に訊ねる。

 固まっていたのか、声が聞こえなかった。

 けれどようやく口を開くと、女性は震えた唇を更に震わす。


「は、はい。そのくらいでしたら」

「そっか。とりあえず、一件落着かな?」

「そうみたいですね。はぁー、疲れました」

「お疲れ、ミュシェル」

「カガヤキさんも。大変でしたね、まだ午前中なのに」


 確かにまだ午前中。楽しみにしていた異世界初めての街でこんな酷い目に遭った。

 おまけに嫌なものまで見てしまうと、気分は最悪。

 俺はミュシェルと”お疲れ様”を言い合うと、気が抜けてしまい背中から力が消えた。






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【今年もありがとうございました】

 2024年も今日で納めですね。

 私の周りでは今年一年、とんでもなく激動でした。散々なことばかりで苦しんできましたが、来年こそはもっとより良い人生にしたいと思います。

 皆さんもお気をつけ下さいね。明日は2話投稿しますので、いつもの時間で待機よろしくお願いします。それでは、よいお年を(半日後の人達へ)

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