第32話 ミュシェルは決して折れない

 急に足音が聞こえた。

 劣勢に立たされていた筈のひったくり犯は、急に目の色を変える。


 パッと明るくなると、調子に乗る。

 俺とミュシェルに指を指した。


「はっ、どうやら今回も俺は無実らしいな!」

「どういうことだ?」

「ふん、直に分かるさ」


 広場にやってくる足音。

 俺とミュシェルは視線を向けた。

 するとミュシェルの様子がおかしくなる。


「あ、あの人は!」

「知り合いか?」


 ミュシェルの顔色が悪い。

 引き攣った様子でたじろくと、目が見開かれている。


「騒ぎを聞き付けて来てみれば、また君かい」


 “また”? その言葉に俺は呆れる。

 如何やらひったくり犯の男性と面識があるらしい。

 間違いない。ミュシェルとひったくり犯の状況が一変したのは、この男性のせいだ。


「さて、これはミュシェル様」

「様はやめてください、スーレットさん」


 当たりだ。二人には面識がある。

 俺は場違いな空気に立たされつつ、スーレットと呼ばれた男性を調べる。


 まず第一に礼儀正しい好青年。

 しかもスーツを身に纏い、革靴まで履いている。

 バリバリのサラリーマン。かと思いきや、腕には金の時計。更に指輪をはめ、首からはネックレスを垂らす。高級感を露わにする。

 おまけにネクタイの色、目の色ともに赤。おそらく裸眼だが、かなり派手。髪をワックスか何かで固めているのだろうが、それでも派手だ。


(派手派手な男性だな。それにしても……嫌な感じがする)


 俺は警戒してしまう。

 それもその筈、何処となくベルファーに似て非なるものがあった。

 もちろん全くの同じではない。似ているのだが、より厄介そうな雰囲気が立つ。


「そちらの彼が?」

「はい。私の友達です」

「友達……変ですね、私には魔王のように見えますが?」

「それは違いますよ。彼は私の友達のカガヤキさん。可哀想に、友達に魔王の格好をさせられてしまったらしく、他の服を一着も持っていないんです」

「……それは可哀想に」

「可哀想って……」


 もはやテンプレのネタになっていた。

 俺はついボヤいてしまう第一声に、スーレット視線を惹く。何故だろう、俺のことを嫌悪しているような気がした。


「それで、実際にはなにがあったんですか?」

「それはもう解決しました」

「おや、話を聞かせてはいただけないんですね」

「解決したので。それより、問題はひったくり犯のこの人です」


 ミュシェルは都合の悪い話をしない。

 こんなミュシェル、ほぼ初対面な関係でも珍しい。

 何か因縁があるのか。そう思ったが、視線の先を合わせる。


「私達は今からこの人を騎士団に突き出します」

「そ、そんな!」

「今更足掻いても無駄です。証拠も揃っているんですよ」

「証拠?」


 スーレットは眉間に皺を寄せた。

 赤い瞳がギラリと光る。


 同時にミュシェルが俺に顎で合図をする。

 もう一度撮った映像を見せることになった。


「はいはい」


 俺は聖壁に映像を映し出す。

 ひったくり犯の悪事がばっちり映っていた。


「これが動かぬ証拠です!」

「ほぉ、映像記憶の魔道具ですか」

「一応はまあ」

「それはかなり良いものをお持ちで。そうですね、ですが実際に被害は出ましたか?」

「ひ、被害ですか?」

「ええ。この映像の真偽はさておき、少なくとも事実だと仮定した場合、あくまでも“未遂”ではありませんか?」


 確かにそれには一理ある。

 ひったくり犯が常習犯であったとしても、今回は関係がない。何故なら、俺が未然に防いでしまったからだ。


「被害に遭った貴女は?」

「えっと、確かに鞄は盗まれましたが、彼が取り返してくれました」

「なるほど。ではこの映像は真実……それはご苦労様でした。後で騎士団から、感謝状でも受け取ってください」

「はっ?」


 スーレットは話を終わらせに掛かる。

 もちろん違和感に気が付いた俺とミュシェルは額に皺を寄せる。

 ひったくり犯を助けるような真似を見せたので、果敢に攻める。


「スーレットさん、仮に未遂であったとしても、事実は事実です。然るべき所で反省するのが、普通なのではないですか?」

「それはそうですが、騎士団の方も暇ではありませんよ。あくまでもこの街に駐屯している身です」

「そうだとしても、厳重注意は必要の筈です!」

「では貴女がするべきではありませんか? 水の勇者:ユキムラ様のパーティーに属している回復役ヒーラーではありませんか」


 スーレットがバラした瞬間、空気が変わる。

 ひったくり犯は冷や汗を掻き、女性は顔を引き攣らせる。


 そんなに驚くことなのか?

 正直俺はテンプレすぎて忘れていた。


 勇者パーティーのメンバーが、普通に街に居ること。

 それはあり得ないことではないのだが、珍しいことなのだ。


「ゆ、勇者パーティー!?」

「ミュシェルさんが」

「あれ、そんなに意外なこと?」


 俺だけは呆然とする。

 しかしひったくり犯と被害者の女性は固まる。

 タジタジになると、全身がポリゴンみたいになる。


「お、お前、勇者パーティーだったのか!」

「まあ、一応は?」

「じょ、冗談じゃねぇ。なぁ、頼むよ、スーレットの旦那」


 ひったくり犯は全力でスーレットに懇願する。

 しかしミュシェルは一切退かない。

 ひったくり犯の前に出ると、はっきりと言った。


「私は、確かに勇者パーティーの一員でした。でも今は違います。ここにいるのは、ミュシェル・エスメールです。ミュシェル・エスメールとして、貴方のことを咎めます。それが、私のするべきことです」


 ミュシェルの正義感が爆発する。

 流石に全員黙らされる。

 スーレットからも圧が少し掻き消され、まるで押し込まれたように、全体が収まった。そう、ミュシェル一色の世界になった。

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