第29話 ただの可哀そうな人扱い

 ミュシェルは怖かった。

 街行く人達を威圧的な態度で睨み付ける。

 逃げられるような空気ではなく、手に持っていた石がコロンと落ちた。


「いや、あの、その……」

「ミュシェルさん、そいつは魔王でしょ!?」

「そうですよ。俺達は魔王をやっつけてやろうと」

「ミュシェルこそ、俺達の邪魔をするなよな」


 弁明と怒りがせめぎ合いを迎えていた。

 そのせいか、ミュシェルは街行く人達から罵声を浴びせられることになる。

 俺が上手くあしらって来たものだが、ミュシェルは如何する?

 きっと音便解決を図るのだろうが、ミュシェルの摂った行動は意外なものだった。


「皆さん、人を見た目だけで判断するのは止めてあげてください」


 言葉が重く重厚感がある。

 鋭いナイフだったものが、冷たい銃口を額に当てられたような感触に変わる。

 つまり、この中で一番強いのは、ミュシェルと言うことだった。


「この人は魔王ではありません。ただ、可愛そうな人なんです」


 何を言い出すのかと思えば、ミュシェルの弁護はやっぱりだった。

 俺は「おいおい」と口答えするが、小声過ぎて聞こえていない。

 ましてや街の人達は、ボケーっと呆ける。


「「「可愛そうな人?」」」

「そうです。この格好のせいで魔王扱いされる、本当に可愛そうな人なんです!」


 俺は“可哀そう”の連呼攻撃を喰らった。

 グサリと胸を打たれるが、もう響かない。

 俺はミュシェルの中では、未だに“可哀そうな人”なのだ。


「ミュシェル、お前騙されているぞ!」

「そうだ。魔王の味方なんてするなよ」

「魔王は殺して当然だ。殺されるだけのことをしたんだ」

「魔王ってだけで悪。俺達がどれだけ苦しめられてきたか……」


 街行く人達の憎悪が俺とミュシェルを襲う。

 しかしミュシェルは一切屈しない。もちろん俺も屈しない。

 軽く払いのけると、ミュシェルは指を突き付ける。


「皆さん、炎の魔王は今の今まで、一度たりとも、この街に来ていませんし、炎の魔王自体は、私達になにも危害を加えていないじゃないですか!」

「……ん?」


 それはちょっと初耳だ。いや、初耳じゃないかもしれないが、ニュアンスが初耳だ。

 ベルファーが人に興味無さそうなのは分かっていた。

 しかし街にやって来ても居ない上に、エスメールに住む人達に、危害を加えたことが無い。

 つまり……悪い奴じゃない。


「おいおい、アイツなにもしてないのか?」

「はい。炎の魔王自体ではなく、その配下の魔族達が、危害を加えていたんです」

「それ勝手な事か?」

「恐らくは……」


 ベルファーの奴、可哀そうすぎるだろ。

 自分は別に何もしていないのに、ただ責任者だからという理由だけで、大勢から非難される。

 何処の世界でもあるのだが、直接的に関わるのは幹部の連中で、代表トップは自分が一切関わっていないことに対して、問題が起きれば謝らされる。酷い話、否、醜い話だ。


「そ、そんなの知るかよ!」

「魔王が死ねば、全部解決するだろ!」

「だからそこを退いてください、ミュシェルさん」

「魔王はこの街にいるべきじゃない! 魔王は、魔王は……」


 もはや狂気と言ってもいい。

 冷静さの“れの字”も無く、目がギラギラと真っ赤に染まる。

 ミュシェルも流石に難しいか。そう思ったのも束の間で、ミュシェルははっきり言い切った。


「皆さん、この人は私の友達です」

「はっ、友達?」

「そうです、私はカガヤキさんの友達です。だからこそ、はっきりと言い切ります。この人は魔王ではありません。魔王っぽい格好をしているだけです。その証拠あります」


 突然の友達認定に俺は拍子抜けした。

 もちろんそれだけで、街の人達の印象は変らない。

 一度石を手にしてしまった以上、引き下がる訳にも行かないのだ。


「しょ、証拠だって?」

「それなら見せてみなさいよ。証拠って奴」

「どうせそんなもの無いんだろ!」

「そもそもその角が動かぬ証拠だ。魔王には……魔族には角があるんだよ!」


 如何やら魔族の血液が紫色なことを知らないらしい。

 だからだろうか。変な角を生やしていれば、全員魔族扱い。

 無知って怖い。そう思ったが、知らないのなら仕方が無い。無理に知ることも無いんだ。


「つ、角ですか?」

「それなら……はい」

「「「えええええええええええええええ!!!」」」


 俺はヘッドホンを外した。

 すると同時に角まで取れてしまう。

 街の人達は目の色を変え、ギラギラした赤い瞳が霞んだ。


「つ、角が取れた!?」

「嘘だ。嘘だ嘘だ。角が取れるなんて情報無いぞ」

「ま、まさか本当に魔王じゃない?」

「いや、落ち着け。騙されるなよ。きっとなにか魔法を使って……」

「魔法なんて使ってないけど?」


 俺は角を外して見せた。

 ヘッドホンにただ刺さっているだけで、アンテナのような役割をしている。

 そのおかげか、ロックを外して引っ張れば簡単に取れてしまい、もはや角としての存在感は無い。同時に魔族で無いことへの弁明になると、街の人達の膝がガクガクしていた。


「その角、取れたんですね」

「まあね」

「取ってどうするんですか?」

「うーん、掃除とか便利だから?」

「掃除するんですね。小道具みたいですね」


 確かにこのヘッドホンは小道具のようだった。

 態度と行動で証明すると、次第に誤解も解け始める。

 その音をヒシヒシと感じると、ミュシェルは力強く言い切る。


「この人は、魔族でも無ければ魔王でもありません。私の友人。ただ、服がこの衣装しか無くて、変なアクセサリーを友人の方に付けられただけなんです」

「正確には、俺の友人が楽しそうに作った衣装を、俺が無理やり着せられているだけだけどな」

「です!」


 これが全てだ。これ以上言うことは無い。

 転生者特権ギフトである事実なんてもちろん言わない。

 変な混乱を誘わないようにするも、もう混乱していた。


「そ、それじゃあ俺達は……」

「ただの可哀そうな人に石を投げて……」

「いや、俺のせいじゃない。みんなが石を投げるだけで」

「そ、そうだそうだ。俺達はなにも悪くない。悪いのは、お、お前らだ!」

「はっ! お前も石投げてただろ」

「俺、俺は関係ない!」


 もはや責任のなすりつけ合いだ。

 本当に醜い光景が広がると、ミュシェルは杖をコツンとする。


「悪いのはこの場にいる全員です。そこにいらしゃるひったくり犯もそうです、そんな恰好で騒ぎを起こしたカガヤキさんも、そんなカガヤキさんを見た目だけで判断して、集団で石を投げた人達全員も、もちろん説教で片付けた私も、ここにいる全員が悪いです。全員が悪です。全員に責任があります。いいですね、これは全体責任です。誰のせいでもなく、誰か一人でも元凶が悪い訳でも無く、何も見ようとしない全員の落ち度です。分かりましたね!」

「「「……」」」

「返事は?」

「「「はい!!!」」」


 ミュシェルの独壇場が広がっていた。

 人間社会の縮図を見ている、否、体験しているようだ。

 重苦しい空気が広がると、誰もミュシェルに反旗を翻せず、ましてやする気もなく、心に傷を負うのだった。そう、誰も救って・救われなかった。

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