第19話 ラッキーでもないパンチ

 ミュシェルと分かれた俺は、魔王城を散策。

 石造りのしっかりとした建物で、あちこち古くなっている。


 現実だと古城認定をくらいそうだ。

 そんな貴重な建物を、俺とミッシェルの二人だけで堪能する。


「って、変態かよ、俺は」


 苦い顔をして、一切手を付ける気がないミッシェルのことを考える。

 もちろん、俺は下手なことはしないと決めている。

 だからこそ、首をブンブン横に振ると、魔王城の中を回り、丁度窓を見つけた。


「うわぁ、本当に夜だ。なんにも見えない……!?」


 魔王城の近くは、深い森で覆われていた。

 灯りなんて何も無く、ここをミュシェル一人で帰すのは、流石に酷だ。


 俺はミッシェルを帰さなくてよかったと胸を撫でた。

 と同時に、首を伸ばして遠くを見ると、何やら近くには大きな灯りの塊がある。


「あの明るい塊はなんだ? もしかして街でもあるのかな」


 魔王城の近くに街がある。まあ、なんとも言えない。

 きっとベルファーは目の敵にされて来たんだろう。

 俺は可哀想に思ってやると、窓から外れる。


「って、そんなことよりベッドだ……うわぁ!」


 俺は目を伏せてクルンと踵を返す。

 すると一匹のコウモリが飛んだ。

 俺の顔目掛けて飛び去ると、窓を無理やり突き破って出ていく。


 パリーン!


「な、なんだ、今のコウモリ。乱暴だな」


 あまりにも乱暴で、窓ガラスが一枚破れる。

 森の中にバラバラにガラス片が散っていくと、流石に回収はできない。

 俺は無茶なことをされたと唇を尖らせるが、生き物なんだから仕方ないと思う。

 そうして魔王城を見て回ると、一つ一つ扉を開けた。


「ここは……よし、ベッドがあるな」


 魔王城を歩き回り、ようやく使えそうな部屋を見つけた。

 客室のような雰囲気があり、最低限の設備が整っていた。


 とりあえず休息を取る分にはこれでいい。

 俺はそう思い、部屋に入ると、ベッドの上に横になる。


「はぁー、疲れた」


 まさかこんなに疲れるなんて思わなかった。

 せっかく異世界転移するなら、もっとゆるりとした、スローライフの方が断然マシだ。


 あまりにも濃い展開に、俺の精神は切羽詰まる。

 これがカガヤキの姿でなければ、壊れていたに違いない。


「もしかして、そのためにカガヤキの姿に? 考えすぎかな」


 俺はベッドに仰向けになり、頭に腕枕を当てる。

 ボーッと天井を眺めると、シミの数を数える。


「ミュシェルも疲れ切っていた。早く休ませないと、下手したら倒れるぞ」


 きっとベルファーを倒すために、必死にここまで来たのだろう。

 それが俺の登場に、全てが水の泡になる。

 ユキムラ達、水の勇者パーティーを撤退させ、その末にミュシェルだけを置いてけぼりにさせた。

 酷なことを強いてしまったと思えば思う程、タイミング最悪だと恨んだ。


「まあ仕方がないか。それにしても、この衣装はどうにかならないのか?」


 俺はカガヤキの姿で横になって気がつく。

 この衣装、寝ることに適していない。

 最初からコスプレ衣装として用意されていたせいか、見た目だけは派手。その分分厚くて、横になると肌にピッタリくっつき、安眠とは程遠かった。


「俺は裸で寝る趣味はないし、クローゼットの中には」


 部屋に備えられたクローゼット。

 中を開けると、当然何も入っていない。

 ボロ雑巾の一枚もなく、俺は口を歪めると、溜息を付いてベッドに戻る。

 

「結局これを着るしかないのか。……この角、邪魔だな」


 カガヤキの赤いプラ板で作った角が、邪魔以外の何物でもない。

 寝返りをうとうとすると、当たって痛いのだ。


「なんとかならないのかな? うーん、そう言えば右のボタンは押してなかった気がする」


 俺はヘッドホンの右側に手が触れる。

 こっちもボタンになっていて、ダイヤルも付いていた。

 押したら何が起きるのか? 俺は首を捻り、指先で軽く押すと、突然不思議なことになった。


「おっ、角が消えた!」


 ボタンを押し込むと、赤い角が消えた。

 初めから生えていなかったみたいに、赤いプラスチックの角がレーザーみたいに消える。


「これで寝返りが打てるぞ。よし、お休みなさ……はっ!?」


 寝ようとした俺は、寝られる筈もなかった。

 自分の体を見ると、瞬きを何度もした。


「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は絶叫を上げた。

 着ていた魔王の衣装が消えたからだ。

 俺は裸になってしまうと、何もラッキーじゃない。客室のベッドで、胡座をかいた裸野郎が居るだけで、面白くもなんともなかった。

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