第10話 対決:自称魔王VS設定魔王4

 ギィィィィィ——キュィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!


 〈地球の鎖鋸剣〉のチェーンソー部分が回転する。

 紫色の光を放つと、ベルファーに切り掛かった。


「な、なんだ、その武器は!?」

「チェーンソーだよ。知らない?」

「チェーンソー? 知らん、そんな武器は知らんぞ」


 知らないのなら、知らないに越したことは無い。

 初見の武器による、殺意を抱いた攻撃。

 流石に受ける訳にはいかず、ベルファーは全力で防御する。


「くっ、こ、この!」

「嘘だろ。手で受け止めるなんて、自殺行為過ぎるだろ」


 ベルファーは〈地球の鎖鋸剣〉を受け止める。

 しかも右手一本で抑え込むと、チェーンソーの回転が止まりそうになった。


「まさか、直に受け止めるなんて。痛くない?」

「無論だ。この程度の武器で、我は死なんぞ」

「そっか。だったらもっとだ!」


 俺はベルファーの並々ならない気迫に気圧されそうになる。

 けれど強い眼光で迎え撃つと、武器を容赦なく叩き付けた。

 もはやベルファーには手加減なんてしない。

 全体重を乗せると、止まりかけていた〈地球の鎖鋸剣〉のチェーンソーが再び息を吹き返す。

 か細い音を立て、それでも力強く、チェーンソーの刃が回転すると、ベルファーの右手のひらを切り付け、赤じゃない紫色をした血を噴き出させる。


「えっ、ち、血!?」

「我を本気で殺す気になったのだな。だが、その程度で殺せると思うな!」


 ベルファーはチェーンソーの部分を握り潰す。

 人差し指と中指の間から、大量の血が噴き出る。

 今にも千切れてしまいそうなベルファーの指関節が、俺の目に焼き付けられた。


「そこまでやるんだな。だったら、甘いよ」


 ベルファーの最強魔法が発動するまで、もう時間が無い。

 切羽詰まってしまい、斜には構えていられない。


「それっ!」


 俺はベルファーの腹を蹴る。

 流石に鍛えているのか、腹筋が硬い。

 爪先で蹴り上げてもダメージは一切無く、怯む様子は無かったが、俺の狙いはそこには無い。


「なにが狙いだ? 我を愚弄しているのか!」

「そんなことないよ。俺の狙いは……返して貰うぞ」


 ベルファーの手の中からチェーンソーが外れる。

 〈地球の鎖鋸剣〉の自由を取り戻すと、俺はベルファーから、ほんの少しだけ距離を取った。

 けれどほんの少しはたったの半歩分だけ。ベルファーにすぐさま近付くと、右手に振りかぶった剣を、高らかに知らしめた。


「何度やっても同じことだ。我にその武器は効かん」

「どうかな?」


 俺は右腕を振り下ろした。

 このまま剣を叩き付けても、ベルファーにはダメージは無い。

 受け止められて同じだと悟るが、“そう思わせること”こそが、俺の狙いだった。


「その程度、何度でも受け止めてやるわ」

「いや、受け止められないよ」


 俺は手のひらを広げ、剣を捨てた。

 〈地球の鎖鋸剣〉が宙を舞い、クルリクルリと回転する。

 あらゆる法則の上、慣性に添って自由になると、剣は剣として、武器は武器の内として自由を得る……が、それも一瞬の出来事に過ぎない。


「よっと」


 俺は剣の柄を左手で握った。

 逆手持ちして下から突き上げる。

 ベルファーも予想していなかったらしく、俺の攻撃へ対応が合わない。


「なんだと。貴様、その角度から我に刃を立てるか!」

「うん、俺、こう見えて両利きだからねっ!」


 ここで両利きなことが活きた。

 現代で生きていても、両利きが行かされることなんてそう無い。

 鋏を左手で使ったり、ペンを左手で持って書きながら右手に持った消しゴムで消す。

 精々その程度でしか活躍しない。そんなアドバンテージは、戦いで役に立った。

 そう、右利きだと思わせておいて、左でも同じ握力と体重を乗せる。すればどうなる? もちろん、敵は驚いて対処が間に合わなくなるのだ。


「終わりだ!」

「くっ、この我が、この我が……」

「魔王と言っても、〈地球の鎖鋸剣〉を一度でも喰らえば、“一分間は無防備”なんだよ!」


 〈地球の鎖鋸剣〉最大の特徴。

 それは、“あらゆる物体を断ち切る”こと。

 一度で〈地球の鎖鋸剣〉を喰らってしまえば最後、最大一分間だけが、強制的に無防備なってしまう。

 その隙を突きさえすれば、魔王であったとしても、豆腐スペックと同じになる……っていう設定だ、確か。


(チート武器なんだよな、〈地球の鎖鋸剣〉って。まあ、強いからいいんだけどさ)


 御託を並べていると、〈地球の鎖鋸剣〉は問答無用でベルファーの体を切りつけていた。

 大量の紫色の血がドパドパと溢れ出る。

 例えたくは無いが、例えないと、精神的にヤバい。

 だから俺は無理やり捻り出すと、そう、パンパンに詰まった缶詰から、中身の腐液が噴き出るみたいだった。


「まさか、この我が。この我が敗れるなど……」

「いや、俺もズルかったから」

「ふん、舐めた口を利くな。貴様は我に勝利した。見よ、我の魔法は既に」

「解除されてる?」


 天井一面を覆い尽くし、世界中に広がっていた魔法陣は、とっくに消えてしまっていた。

 それもその筈、ベルファーの体は傷付けられ、もはや虫の息だ。

 俺が手を掛けてしまった。俺がやってしまった。そんなどうしようもない殺人犯のレッテルが渦巻くと、唇が青くなり震え出す。


「なんだ、貴様。我を殺したこと、後悔しているのか」

「当然だよ。俺はただの……」

「なに、案ずるでない。我は我を殺す程、本気で挑んできた者が今までいなかった。皆、返り討ちにしてきたからな。だからこそ、貴様が我を本気で殺したくなる程憎しみ、本気で我を討った。腹立たしいが、これは充分な称賛に値することだろう」

「俺を褒めるんだ。意外だな」

「勝者を讃えること。それは敗者にとって、誠に誉なことだろう?」


 ベルファーは戦いを楽しんでいた。

 最後までその意識は伝わったが、やはり魔王としての威厳はある。

 もしかすると本当に自称魔王ではなく、本物の魔王だったのでは?

 ただ、血の色が先天的に紫色だっただけの、ただの戦闘狂だったのでは?

 俺の中で様々な思考が巡る中、ベルファーは目を瞑る。


「だが、安心するのは早いぞ。我を倒した貴様は、我よりも恐ろしき存在と言うことになる」

「えーっと、この格好的に?」

「その飄々とした、掴み所のない態度。精々、他の魔王に後れを取るでないぞ」

「……ん? ちょっと待って、ベルファー。他の魔王って……」

「……」

「ベルファーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 なんだ今の、含みの効かせた言葉はなんだ。

 完全にフラグだ。伏線と言うよりも、明らかにフラグだ。

 面倒になるニオイがプンプンすると、俺はそれ以上何も言ってくれない、冷たくなったベルファーの肩を揺する。


「マズいぞ、一体どうすれば……」


 俺は頭を抱えてしまった。

 ここまでの急展開。ノンストップのジェットコースターに乗ったような気分。

 今にも吐いて、全て夢だと笑いたくなる俺は、ケタケタと気色の悪い笑い声だけが出てしまった。

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