第6話 謎の男、自称?:魔王

「ここかな?」


 矢印を頼りにやって来たのは、あまりにも大きな扉の前。

 しかもただの扉じゃない。

 格式高い雰囲気を出しており、中に入る前に緊張で気分を害する。


「ううっ、この先か」


 俺は扉を押し開けた。

 すると片手で押し込むと、なかなかの重量を感じる。

 手のひらを伝う、鉄の冷たさ。不思議なリアリティを肌で感じ取る。


「結構重いが、それっ!」


 思いっきり押し込むと、鉄扉が開いた。

 ギィィと金属の重みを体現した重低音を立てる。


「ふぅ、開いだ。それで、この扉の先にはなにが……誰だ?」


 鉄扉の先に広がるのは、タイルで敷き詰められた広い部屋。

 中央にはフカフカのレッドカーペットが敷かれている。

 更には部屋の壁中に灯りが取り付けられ、なによりも一番奥の上座には、階段の上のスペースに格式高い金の椅子が設置されていた。


「誰だと? この我に対しその口の利き方。どうやら身の程知らずという奴だな」

「なに言ってるんだ?」


 金の椅子には何者かが鎮座していた。

 声色からして相手は男性。

 しかも俺よりもずっと年上で、態度からして敬われるような相手だろう。

 とは言え、俺は敬う気などない。威圧的な態度で語りかけると、俺は負けじとマジレストーンで反論する。


「貴様、我が魔王と知っての狼藉か」

「知らないけど」


 俺はヤバい奴と会話しているのかもしれない。

 自分のことを“我”とか“魔王”と表している。

 明らかに中二病全開、もしくは常に役に成り切っている魂のある役者。

 どちらかだろうと思ったが、何故だろう、今の態度が気に入ったらしい。


「ふん、その言葉、正気か?」

「正気だけど、なにか?」

「では改めて問おう、貴様、我が魔王と知っての……」

「だから知らないから。それより、訊きたいことがある。質問いいか?」


 俺は完全に話の腰を折り、自分の世界を展開した。

 というよりも、俺だって言えた格好じゃないが、言動だけは確かに正常だ。

 少しは話の筋を合わせて欲しいと思うのだが、大層な態度が更に拍車を掛ける。


「やはり貴様は面白い、それと同時に不愉快だ」

「そうか。俺は顔も見せないお前の方が不愉快だけど?」

「ふん、その口、今すぐにでも潰してしまいたいが、一つ問う。名は?」

「晃……カガヤキだ。カガヤキ・トライスティル」


 俺はつい本名を口にしようとした。

 しかしこの中二病男性に本名を言うのは癪だ。

 そう思い、カガヤキの名前を矢面に立たせると、突然笑い出した。


「そうか、カガヤキか。良い名だ」

「そう? ありがとう」

「ふん、我に感謝するか。では感謝ついでに教えてやろう、我の名はベルファー・ベルムグリンド、魔王である」

「魔王……イタイ設定、お疲れ様」


 男性の名前はベルファー・ベルムグリンド。如何にもな名前だ。

 俺は頭の中で(はいはい)と処理しつつ、手を合わせて頭を下げておく。

もちろん完全に平だったので勘付かれると、ベルファーは金の椅子から下りた。

 如何やら顔を見せてくれるらしい。意外に良い奴かもと思ったのも束の間、とんでもない言葉を吐き出す。


「ではカガヤキよ……我が魔王城に足を踏み入れたこと後悔するがよい」

「ん? 踏み入れたというよりも、連れて来られたって言う方が正しいけど?」

「死ねっ」


 物騒な単語が飛び出し、ベルファーが右手を前にかざすと、人差し指に嵌めていた指輪が光る。

 すると突然視界一杯を覆うような炎が立ち込め、俺のことを飲み込んだ。


「な、なんだ!? 熱っ! 熱い、熱いんだけど!?」


 俺はパニックになりかけると、気が付けば炎に飲み込まれていた。

 まるで身動きが取れない。ましてや天井近くまで火柱が立ち上がっているので、逃げ道も用意されていない。

 完全に閉じ込められてしまうと、ベルファーの声だけが淡々と聞こえる。


「我に戦いを挑むなど、百年は早い愚行。我が炎の煮えとなり、後悔するがよい」


 完全に勝利宣言をしていた。

 それもその筈で、炎の壁に視界を遮られている。

 四方八方が炎の壁で、もはや逃げることも無く、丸焼けになるか、蒸し焼きになるか、どちらにせよ、死しか道は残されていない……のが普通だった。


「はぁー、付き合うのは面倒だけどさ、ノリにだけは乗ってやるか」


 俺はニヤリと笑みを浮かべ、着ている衣装に手を掛ける。

 黒いコートを脱ぐと、まるでマントのように翻した。

 すると突然、目の前の炎の壁が掻き消される。ボワッと舞い上がった火の粉が塵になると、奥で愉悦を浮かべていたベルファーの恥ずかしい顔があった。


「な、なに!?」

「勝利宣言した所悪いけどさ、俺、まだ負けてないから」


 無事な姿を見せつけると、ベルファーは唖然となる。

 口をあんぐり開けはしないが、それでも理解が追い付いていない。

 震える唇を噛み締め、出て来た言葉も弱々しい。


「貴様、なにをした」

「なにをしたって、魔王らしくないな。魔王ならもっと堂々としていないと、嫌々やってる魔王にも勝てないよ?」


 俺は試しに煽ってみる。

 如何やら思った以上に効果があったらしい。

 ベルファーは悔しそうに唇を震わし、鋭い目付きで威圧してきた。

 完全に俺を標的にしたようだが、少し遊んでも、カガヤキなら悪くなかった。

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