第5話 宙の魔法

「どうしてこんなことに……」


 俺は唖然騒然してしまった。

 なんせ、目の前には俺が居る。

 もちろんそんなこと、当たり前の範疇にも入らないのだが、何故かカガヤキの格好をしていて、ここまでの流れ的に嫌な想像が働く。


「まさかとは思うが、本物……な訳ないよな?」


 俺はあまりにも出来もビジュアルもいい、特注の衣装を指さした。

 これは俺の友達、友人Bこと南座美玲みなみざみれいがデザインしてくれたものだ。

 ファッションデザイナーとして活躍している、優秀なデザイナーなのだが、そのせいもありやや派手目だ。俺の趣味じゃないのも相まって、正直着たくは無かった。


「まさかコスプレでこんなものを着るなんて。おまけにこの角、よくできてるな」


 俺はヘッドホンから伸びる、二本の真っ赤な角を触ってみた。

 感触としては、もちろんリアリティは無い。

 材料はペラペラのプラスチックのようだけど、何枚か厚めのプラ板を重ねて作っているらしく、丈夫にはできていた。


「所詮はコスプレか。で、これからどうすれば」


 いつまでも全身鏡を見ていても仕方が無い。

 俺はここから何をしたらいいのか全く分からない。

 とりあえず目の前の扉を出てみようか。

 そう思った矢先、急に天井から地響きが聞こえた。


 ズドドドドドドドドドドドドドド!!


「な、なんだ!? 誰かいるのかな」


 俺は天井を見つめた。

 埃が舞い落ちると、衣装に振り掛かる。

 軽く手のひらで払うと地面に舞い落ちた。


「そうだ、どうして俺がここにいるのか、なにか分かるかもしれない。早速行ってみよう」


 俺は部屋の外に出ようと、扉に近付く。

 けれど向かった爪先がピタリと立ち止まる。

 “待てよ”と、違和感を解消するべく、俺は顎に手を当てた。


「あり得ないんだろうけど、試してみようか。もしも俺がカガヤキ・トライスティルだったなら、きっとできる筈……できないだろうけど」


 俺の中で、ほんの少しだけ最悪のパターンを想像していた。

 そんな想像を払拭すべく、ふとカガヤキ・トライスティルの設定を思いだす。

 カガヤキ・トライスティル——それは、宙を統べる魔王。完全無欠・超絶怒涛・あらゆる混沌を掻き回し、全てを従える力を持った存在……という内部設定を抱いた“人間”だ。

 つまり、ここが仮にもし、異世界のような場所・・・・・・・・・だとすれば、使えるかもしれない。


「まあ、物は試しだ。方位磁石の道標コンパス・ライン


 試しに口にしたのは、カガヤキの設定にある魔法だ。

 この魔法を使えば、目的地までの最短距離が表示される。

 たしかそんな設定を設定集に書いた筈だが、まあ、結果は予想通りだった。


「そうだよな。結局ここは夢で……はっ?」


 ふと目を伏せた俺だったが、床に変な矢印が光っていた。

 キラキラと強烈な光を放つと、俺の視線を惹き付ける。

 扉の向こうを指していて、まさかと思い扉を開けると、壁や床を矢印が伝っていた。


「嘘だろ。そんな筈……マジですか?」


 目を何度も擦ってみた。

 これはきっと悪い夢、悪い夢を観ているんだと、何度も自分に言い聞かせる。

 けれど何度見ても矢印はあり、俺のことを道標として誘導してくれた。


「もしかして、俺は本当にカガヤキになってる? いやいや、そんなバカな。あり得ないって、あり得ないって!」


 絶対にありえない。そんなこと認めない。

 俺は内心、(ここってマジで異世界なんじゃ)と思いつつも、全力で否定しようとしていた。

 けれどそんな俺のことを嘲笑うかのように矢印は輝いて、俺のことを導こうとしていた。


「はいはい、行けばいいんだろ」


 俺は矢印が訴え掛けている気がした。

 仕方なく爪先を向け、矢印を追って走り出す。

 よく分からない西洋風の建物を駆けると、矢印の終着地点を目指した。

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