陰謀
レスター家は初対面の女に求婚する慣わしでもあるのか。
「私の身体が目当てなんですか」
「語弊だけど、まあそういうことだね。やっぱり話が早い。僕達、上手くやれそうだと思わない?」
ジョルディは大仰に両手を広げて見せる。芝居がかった振る舞いが滑稽にならない見目の良さが鼻につく。目鼻立ちはフィンに似ているのに、表情の作り方や一つ一つの所作が全く違っている。滑舌の良い話しぶり、言葉に全く迷いがなくて、自分の要望は通って当たり前だという態度を隠しもしない。
「貴方も、フィンのように魔素過剰症に苦しんでいるんですか?」
とてもそんな風には見えないけど、までは言葉にしなかった。見た目にわからない辛い事情があるかもしれないのだし。だからってこんな強引な手段を使って交渉しようとするのを許す気には到底なれないけど。
「魔素過剰症ではないけど、苦しんでいると言えばそうかな。魔素に振り回されていると言った方が正しい。君が想像しているような形じゃないけど、困っていることは確かなんだ。エリィ、君の力を貸してほしい」
持って回った言い方。もっとわかりやすく具体的な答え方をしなさいよ、いちいち癪に触る。口調はお願いしているけど頭は下げないし。気安く名前を呼び捨てにされたのも不快だった。何もかもが気に入らない。
「……もし、お断りしたらどうなりますか」
愚問。一瞬にして人ひとりを攫えてしまえる力と精神性を持っている相手に対して本当に愚問なんだけど、聞かずにはいられなかった。悪い好奇心だ。
「んー……困る、かな」
ジョルディは肩肘をつくと小首を傾げて、形の良い眉を下げた。何とも悲しそうな表情になった、こちらが罪悪感を抱いてしまうくらいに。自分の顔の活かし方を良く知っている。普段から最小限の労力で人を動かしているのが滲み出ていた。この男がほんの少し眉を動かすだけで、さぞかし周囲は
「できたら君の自由意志で承諾してほしいと思っている、脅迫にしろ洗脳にしろ色々と面倒だから」
拒否権はないということ。だろうと思ったけど。
この問答はただのアリバイ作りで、私がどう抵抗したところでジョルディの良いようにされてしまうんだろう、嫌だ。すごく。
こいつ嫌いだ。どうにかしてこの男を悔しがらせたい。すごい傷つく悪口とか言ってやりたい。でも正直、何の突破口も見つけられない。持っている“力”が違いすぎる。私は一般庶民の非力な女で、魔術師ですらなくて、自分がどこに連れ去られたかもわからない。抵抗する術も、助けを呼ぶ隙も無い。
いつの間に用意したのか、セレンがティーカップを私達の目の前に置いた。華やかで甘い香りの赤い液体が注がれている。召使いみたいな行動が余計にテオを思い出させた。セレンも妖魔なんだろうな。
例えば今この紅茶をジョルディにぶっかけようとしたところで、セレンに防がれるのがオチだ。彼の白いシャツにシミ一つつけられないだろう。実際にどうなのかじゃなくて、私自身がそう思ってしまう“圧”がこの空間に満ちていた。「どんな抵抗も無駄」という空気。プライドも、気力も、踏み躙られようとしている。
ジョルディの顔がフィンに似ていて頭が混乱しそうで、視線の置き所がなくてカップから立ち上る湯気をしばらく見つめた。ジョルディは特に返事を急かす様子もなくゆったりとカップを口に運んでいる。盗み見ると、長いまつ毛の影が白い頬に落ちていた。それだけ見たら、甘いデートの時間のようだ。私の返事を焦らないのは気が長いから……ではないんだろうね。
「どんな事情でお困りなのかわかりませんけど、どうして“結婚”なんですか? 今、私はフィンとお付き合いをしています、とっくにご存知とは思いますが。フィンはこの話を知っているんですか?」
時間稼ぎにもならない質問を向ける。稼いだところで無意に過ぎない、純粋な悪あがき。とはいえ、気になるのは本心だった。たかだか魔素を大量に吸収するというだけの私の体質が、魔素過剰症のフィン以外に何の役に立つというのか。ここまでして“お願い”するような困り事って、何? それに、わざわざ私を妻にまでしなくても良いじゃない。体質目当てなら、前にリュネーが言ってたみたいに適当に雇うとか愛人にするとか、それこそこの人の非常識ぶりならこのまま問答無用で監禁する方が納得するまである。絶対に嫌だけど。
フィンと違って私の気持ちなんて無視する人物が、どうして夫婦なんて形にこだわるの? 求婚してくるの?
ジョルディは私の数々の疑問のうち、一つだけにしか答えを示さなかった。
「結婚にこだわる理由はシンプルだよ、世間体。立場上、子供が生まれた時に母親が正妻じゃないと言うのは何かとまずいんだ。僕達の子は、レスター家の次期当主になるんだからね」
……は?
それって。
現当主の子が跡を継ぐのが普通じゃないのか。そうなのであれば、ジョルディの子がレスター家の次期当主になるためには——
「……フィンを……殺す、の……?」
口にするのも悍ましい考えだった。
「ちょっと惜しい! でも、うん、やっぱり君は話が早い。どんどん好感度が上がっていくよ!」
ジョルディは弾けるように声を上げて笑った。彼にだけスポットライトが当たっているみたいに、主人公然とした仕草だった。観客は、私ひとり。
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