先生が僕へ言ったこと

不労つぴ

先生の言ったこと

 僕には今までの人生で”先生”と呼ぶ人が3人いる。


 一人は母のような人、二人目は父親のような人。

 そして最後は僕の兄のような人だ。


 今回は、その兄のような人について話そうと思う。

 先生とは高校3年生の春に出会った。


 僕は塾に入る気はさらさら無かったが、成績が落ち続けていたので、母は無理やり僕を塾にぶち込んだ。


 当時は何を勝手なことをとかなり憤ったが、今ではとても感謝している。

 何にだってお金はかかるのだから。


 そこで出会ったのが先生だった。

 先生は塾講師のアルバイトをしている高専5年生だった。


 先生は背が高く、メガネをかけていて長身で柔和な雰囲気の人だった。

 僕が分からない問題について質問しても、嫌な顔一つせずに答えてくれた。


 いつしか僕は、先生のことを兄のように慕うようになった。

 先生は博識で、勉強の他にも色々なこと教えてくれた。


 戦闘機や戦車の話や、オカルト・科学の話、また生命倫理などの哲学についての話を先生とはよくした。

 たまに授業そっちのけで教えてくれたこともあった。


 そんな時間がとても居心地が良くて、僕にとって先生と話す時間はかけがえのないものだった。


 ある日、僕が先生から課された物理の課題に悪戦苦闘していると、唐突に先生は話し始めた。


「つぴくん。先週末の選挙には行った?」


 当時、僕は18歳になり選挙権を得ていた。

 だが、せっかくの休日になんで選挙に行かないといけないんだと思い、行っていなかった。


「行ってないですね」


「それは何故?」


「だって面倒くさいじゃないですか。ただでさえ、最近は土曜日も学校で、休みも1日しかないんですよ? 貴重な休みをそんなことに使うのなら、友達と遊んでいたほうがよっぽど有意義じゃありませんか?」


「それに、僕が行ったところでたかが一票ですよ? 結果はどうせ変わらない。それに僕は政治について詳しくもないし、投票したい候補者もいません。行っても白紙で投票するのがオチです。だったら行かないほうがマシじゃないですか?」


 今思うと、受験生にもなって、とんでもなく生意気なクソガキだったと思う。


 だが、そんなふざけたことを吐かす僕に怒るわけでもなく、先生はいつもの調子を崩さずに優しく話し始めた。


「君は今の生活に満足しているかい?」


 先生が何故そんなことを聞くのか分からなかったが、とりあえず僕は答えた。


「えぇ、まぁ……」


「どうしてそう思うのかな? もっとこう――変えて欲しいとか大きな不満とかは無いの?」


 僕は少し考える。


「そりゃあ、ないわけじゃないですよ。でも僕、今の生活に満足しているんですよねー。最近は受験勉強でキツイですけど……でも、毎日それなりに充実しているっていうか」


 そう言った僕を、先生は満足そうに見ていた。


「じゃあ、尚更行かなきゃ」


 話しながら先生は、先程まで記入していた用紙をクリアファイルに入れた。


「君はこのままの生活を望んでいる。けど、みんな君と同じ意見ってわけじゃないんだ。中には今の生活を悪化させようと企む人もいるかもしれない」


「そういう人を止めるために、選挙ってのはあるんじゃないかと僕は思っている」


 先生は続ける。


「何かを変えるためには動かないといけない。でも、現状に満足しているからといって、何もしなくていいわけじゃないんだ」


「まぁ、全部僕の持論だけどね」


 そう言って先生は笑った。


「さて、つぴくん。問題は解けたかい?」


 先生は笑みを讃えたまま、まだ白紙のプリントを指差す。


 僕は苦笑いを浮かべる。

 先生なら僕が解けていないことくらい分かっているだろうに。


「いやー……あはは」


「じゃあ今から10分で解いてみよう。大丈夫、君ならできるよ」


「先生……10分はキツイですよ……」


 そう言いながらも、僕は机に転がっていたシャープペンを手に取った。



 



 先生はその後、誰でも聞いたことのあるような、とても良いところに就職したらしい。


 高校の卒業前の日に先生と握手を交わして以来、先生とは会っていない。

 先生は今でも元気にしているだろうか。


 もし、機会があるのであればもう一度色々なことについて語らい合いたい。


 あの頃に比べれば、少しは理知的になれたと思うし、年相応の振る舞いも少しは出来るようになった。


 僕は先生のような人になりたい。

 今でも選挙が近づくと、かつて先生の言っていたことを思い出す。


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先生が僕へ言ったこと 不労つぴ @huroutsupi666

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