第4話 風の行方
風は本当に自由なんだろうか。風が自由なはずはないよ。決められたほうへ流れていくだけ。ただその決まったことを知らないだけ。
自分の定めを知らず、ただ彷徨っている様に見えるだけ。
「本当の自由って何だろうね」
ある九月の午後、看護師の桃ちゃんが、溜息混じりに呟く。
「さあ?」
偽物の自由ってあるの?と訊いたら怒りそうな雰囲気なので止めておく。私が求める自由ってなんだろう。
「秋になると人は詩人になるの」
桃ちゃんは適当なことを言っている。自分に酔っているな。
翌日、義弟の伸也が姪の双葉を連れて、会いに来てくれたので、訊いてみる。
「美奈さんは自由でいいね。ってことを言いたかったんじゃないかな」
「籠の中の小鳥でも?」
「籠から出たい小鳥には不自由だろうけど」
なんとなくこの先は聞きたくない。以心伝心。伸也はその続きを言わない。
「伸也は自由なの?」
「さあ?どうだろう」
「双葉は自由?」
小首を傾げている双葉に訊いてみる。
「じゆうって?」
そのままの姿勢で双葉が答える。双葉の問いには答えず、伸也は微笑んでいる。
「じゃあ、私が自由か試してみる」
少し意地悪を言ってみる気になる。
「自由って?」
「いつでも海を見れることかな」
「その位の自由は持ち合わせてると思うけど」
伸也は少し飽きれた様に言うと、双葉に、
「海を見に行かない?」
と尋ねる。
「うみ、いく」
と双葉が片言で答える。
「じゃあ、先生に声を掛けてくるよ」
伸也が部屋を出ようとする。
「でもな。お伺いを立てないといけないのは不自由の証拠だよね」
意地悪く呟いてみる。
「じゃあ、内緒で行こう」
伸也が微笑む。その隣で双葉も笑っている。
病室を出るとわくわくする。こんな気持ちは久しぶりだ。初めて自転車に乗った時の様な気分。
廊下ですれ違う看護師さんたちも、伸也と双葉をよく知っているからか、声を掛けてこない。
病棟を出て駐車場に向かう。ここならまだ言い訳できるかな。そんなことを考えながら歩いたけれど知り合いには会わなかった。
車に乗ると伸也が、
「海にもいろいろあるけれど、どのような海がお望みですか?」
とおどけて聞いてくる。
「そうね」
少しだけ考える。泳ぎたいわけではない。魚釣りをしたいわけでもない。そうだな。
「海に夕日が沈むところを見たい」
そうリクエストすると、
「了解しました」
伸也はかしこまって答えてから、車のエンジンをかける。車が動き始める。
後で聞いたところによると伸也はきちんと外出許可を取っていたらしい。結局は誰かの掌の上ということか。
定めを知らず漂う旅人も、本人が気づかないだけで定めはあるはず。それならば、絶えず彷徨う風も同じ場所で澱む私も大きな違いはない。それでいい気がした。
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