第3話

 大抵の人間(ヤツ)は俺を見ようとしない。目を逸らしたまま黙って従うか、媚びへつらって機嫌をとろうとするか。

女は特にそうだ。

もっと悪いとまとわりついて離れず、寝台についてこようとする。

あるいは勝手に潜り込んでいる。

香水やら化粧やらの臭いを振り撒き、作り笑いを浮かべて。

 

 真っ直ぐ自分に向けられる視線を受けて

浮かんだ思いは、相手の言葉にあっさり吹き飛んだ。

『これだけのお供しか連れずに貴族の若様が関を越えようとするなんて。

いったい何故ですかね?

やましい目論みでも持ってるのかって疑うには充分ですね。ましてや騎士様が』


空気が固まった。


騎士の称号は血筋だけで与えられる物ではない。

本人が適性を有しているかどうかだ。

生まれ持った魔力量、戦士としての素質。

望む者は多いが騎士と名乗れるのは一握り。

そして与えられたのならば、相応の責任と

義務を負うのだ。

王に忠誠を誓い、国を守る。

関所を無断で越えるのは重罪。

身分証を偽造してとあっては一族郎党だけでなく、姻族まで累が及ぶだろう。

女らしさは皆無だが大人しそうな外見を裏切る鋭い発言が続く。

『あなた方は貴族ではないけれど、大学を卒業していますね。

中退して商人にアゴで使われるしかなかった半端者とは違う』

7歳になると、どんな身分の者でも魔力量を計る。規定値に達した者は大学に入学する権利を得る。卒業できれば生まれに関係なく出世の機会が望める。まず従騎として騎士に付き従い経験を詰むが、本人の実力次第で騎士として叙され、一団を率いる事もある。

手柄や功績ーー国への貢献が認められる働きーーによって爵位を賜り貴族の一員となった者もいる。

『騎士に次ぐ従騎としての立場を危うくしてまで何をするつもりですか?』

 ここに至って口火を切ったのは、温厚さの

滲み出る顔立ちに糸目の青年。

戦う者が持つ独特の張り詰めた風情はなく、他が身につけている革鎧もない。

『どうして、彼を騎士だと?』

疑問を呈する形だが、反論は許さないとする厳しさがあった。

『女の感……で信じてくれます?』

『失礼は承知だけど、説得力に欠けるね』

『まぁ女らしさありませんしね〜』

『自覚があったのは何よりだ』

笑顔だが笑っていない。

『どうしてなのかな?』

相手の手強さを察して、これ以上はまずいと

判断したのだろう。

視線を上に向け、頬を軽く掻いた。

『まず、遅くに来たからかな。

それだけなら何か事情があってだろうと気にとめなかった。けど、出迎えに降りて来た子の態度が丁重だったから』

視線をやった人の輪の端。

やり取りにハラハラしていたのは初々しさが際立つ新米従騎。小柄な体格と相まって可愛らしい。

『丁重だったから?』

訳がわからないのは皆おなじらしく、説明を求める空気が漂う。

『下っ端が使い走りをするのは役目のうち

だけど。遅れた方も出迎えた方も、年が離れていないのに腰が低い。

せいぜい2、3くらいかって感じなのに。

それくらいの違いならもっと気安い挨拶になります……従騎どうしなら。

誰に対しても、年下の後輩にでも言葉を選んで対応する人だっていますが、それは先輩としての配慮であって、上に立つ者の余裕が感じられるもんです。だから『あれ?』って』

 騎士を筆頭とする一団の上下関係は絶対である。従騎が頂点である騎士に逆らうなどあり得ない。新顔であれば挨拶を交わせるだけで大したもの。

『それだけなら後から到着した彼がより年長の可能性も考慮するだろう?』

『しましたよ』

魔力を持つ者はその強さに比例して寿命も長くなる。

王や直系の一部は千年近く生きる者もいる。

騎士や従騎の一般的な寿命は200年前後。

長命な者の老化は緩やかに進む。

つまり若い期間が長いのだ。

騎士様をチラリとうかがいながら

『あとは雰囲気です。

さっき話した通り、忙しければどこでも手伝いに入ります。特別棟の手伝いをする時もあって…お客の相手は専門の人ですけど、眼にする機会はあります。で、そちらの仕草?

立ち振る舞い?は特別棟のお客のそれなんです』

広い敷地には富裕層向けの棟がある。

内装、調度品は一流。

客室係は教育を受けた者、調理は専門の料理人。それだけに一晩の宿代は、一般的な家庭の年収分に相当する。

詰問した青年は無言で目線を外さない。

『貴族の雰囲気で、武装してて、迎えにくる新入りがいる。

先に来ていたあなた達のお互いへの態度は

打ち解けていて、気安い間柄なんだなってわかるものだし。

傭兵がここを待ち合わせに利用するのは珍しくないけど、知らない者同士の初顔合わせってのが普通です。

同じ団の仲間なのに敢えて別に到着させるのも、特別棟を利用しないのもおかしい』

血筋と身分が揃っている者はごく一部だ。

高貴な生まれでも、従騎として一生を終える者もいる。

『あなた方は騎士様が人目につかない様にしたかった。特に若い娘には関わらせたくなかった。この容姿じゃあ目立つなって無理だし』

野生的な顔立ちには険があり、小さな子供でなくとも怯えるだろう。背が高く、骨太で筋肉質。厚みのある身体。

『騎士の身分は隠せてもね。

好みは別れるだろうけど、タイプだったら

絶対放って置いてくれなさそうだし。

女性(異性)でなくても一度会ったら、まあ、しばらく記憶に残る。

だから食事時に到着するようにした。

客も店員も厩には注意を払わなくなるから』

明るい声の調子に含みはない。

『夜番をするのは物慣れた働き盛りの男性が多い。実際ここでもそうだし。 

先んじてあなた方が一昨日から泊まっていたのは確認の為で、お喋りな人間が厩にいないか確認していた。出発するまで話題にされなければよかった。

噂されたら好奇心で観に来るヤツがいそうだし、使用人から客の耳にまで入ったら、正体がバレてしまうかもだし。

食事は部屋まで運べばいい。後は出発の時間も他とずらしてしまえば人目につくのは

ただ一ヶ所。そこだけクリアすれば』

絶好調で喋り続ける。

『しかしこんな時に限って1番避けたい『若い娘』が当番に詰めていて、よりによって若様と鉢合わせしてしまう。『あの強面の無愛想を前にして怯えもしないなんて。泣かれて

騒ぎが大きくならなかったのは助かった。

しかし出発する前に『遅くに到着した若い男の客』が話題にされてしまったら、興味本位で覗きに来る者がいるかもしれない。

若い娘の好奇心と噂好きは厄介だ。

こうなったら口止めをしておこう。宿を出るまで黙っててくればいい。適当な誤魔化しを吹き込んで時間を稼ごう』って感じであってますか?』

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カガミのクニの異邦人 あかな @koubai_1024

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