第13話

「で、ネコさん」


テオはソファに腰掛け、お気に入りの椅子で丸くなるネコに声をかける。


「なんであるかのう」


「今日の本題をお忘れですよ」


「本題とな…… お、そうであったな」


「勇者様が、暦の制定をこだわった理由」


「うむ。今思えば旧友ともも油断しておったのであろうなぁ」


「油断ですか」


「ほれ。旧友ともがメートルを導入した経緯はうぬだけにあらず、この国の民であれば多くの者が知るところであろう」


「ですね。当時は様々な国で、いやそれどころか同じ国内であっても地方で長さの基準がまちまちで。ある日、勇者様が目撃者の記した情報から自分の身長ほどと換算したモンスターが、会ってみると自分の倍ほどの大きさで驚嘆したと」


「うむ、その頃はまだ旧友ともと小僧と我の3人での旅であった。大きさを見誤ったままの旧友ともに小僧が語りかける、そんな装備で大丈夫か? とな、して旧友ともは答える。大丈夫だ問題ない。しかし、目算を誤った我らは一度引き返す羽目になった」


「で、その日からですね。目撃者にはこの剣の何倍か? 何本分の大きさか? と剣を抜き聞いていった」


「うむ。それがたまたま、国を跨いで商いをする商人たちが使っていた長さの基準と寸分ほどしか変わらぬものであった」


「それである日、ポツリと勇者様が溢しました。この剣2本分の大きさ…… ならば2メートルか。と」


「うむ。そして、ある日を境に町人まちびとが言う。そのモンスターは何メートルもの津波を起こした、あのモンスターは何メートルは飛翔したとのう。気がつけば国中を。否、国境を超えてメートルという基準が浸透して行った、その速度は……」


「我が飛び回るよりも早く伝わったのだ。ですね」


「おい、我の常套句を取るでない」


「あはは、すみません、つい。で、ネコさん油断と言うのはどういう……」


「うむ。行く先々で我らは長さや重さのバラバラ加減に辟易しとった。しかしのう、暦はまだ正確であった。毎月5のつく日に市が立つと聞けばその通りであったし、閏の月を何処に挟むかも正確に伝わっていた。2月の末ににある街を去って次の街に着くとまた2月だった、なんて事は数える程しか無かった。あったのは同じ重さと聞いた麦が全くどの街でも別の重さで提供された事であったな」


「ええ、賢者様が旅の仲間になるまでは、その辺は苦労したらしいですね。あ、そうだネコさん。勇者様の日記にドナクエのトノレネコの役割ってのは大切なんだなぁとページの隅に走り書きか殴り書きのようにピャピャっと書かれた箇所があるのですが。何かわかりませんか? たしか、国境近くの街で商人に騙された日の日記だったように記憶してますが」


「ふむ、ドナクエ、トノレネコとな。はて、聞いたことの無い単語かのう」


「そうですか、すみません。不意に思い出したもので。どうぞ、お話の続きを聞かせて下さい」


「力になれずすまんの。はて、どこまで話したかの?」


「ええっと。重さも長さも街ごとに違いがありましたが、暦はどこにいっても正確だったと」


「うむ。何処にいっても、は大袈裟かもしれん。一度は国内でも暦がずれる村に訪れたかのう。であるから、より正確には教会の影響力が及ぶ限り、が性格であるかな」


「なるほど、そういえば山間の隠れ里なんかは独自の暦だったと記述がありましたね」


「うむ、旧友ともの言いかたを借りれば忍びの里。王権も辛うじてでしか行き届かぬ、法よりしきたりが優先されるような村落なぞはかなり古い暦を使っていた様であった」


「古い暦ですか……」


「うむ、我らが初めて行った時は雪解けも過ぎ、かろうじて高い山の頂きにうっすら雪を残す、そんな頃に新年を祝っておってのう。不思議に思った事だわい。より不思議だったのは農業用の暦を別で自らこさえていた事よのう」


「農業用の暦ですか」


「うむ、うぬらが使う今の暦と遜色の無い物だったように記憶しておる。旧友ともも己が主張する新し暦を制定するにあたり参考にしたとも言っておった。何が言いたいかというところであるが、当時は様々な暦が重さや長さと同様に街を隔てればあったのだ。しかしながら我々の旅は教会の庇護を受けながらの旅であったからのう、教会から教会を渡り歩くような旅をした以上、その事実に気が付かなかったわけである」


「そして、そのまま国境を越えたわけですね」


「うむ」

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