第10話

「私ったらお話に夢中で、降りるバス停を忘れてました」


二人が若干慌てた様子でバスを降りた後にサナが言った。


「ははは、僕もサナさんがお話がお上手だから、気が付くのが遅れてしまいました。ええっと、ご自宅はこっちの方向で?」


行く先を確認せんとテオが顔を向けた先に一人の男が立ちはだかるように直立し、テオはその男と目が合った。


「お父さん」


と、テオの背後から男に声を掛けたのはサナだった。


「やあ、サナ。今日は少し残業があったからな、次か遅くともその次のバスだろうとここで待っていたんだ」


サナから「お父さん」と呼ばれた男は直前まで読んでいたであろう本を鞄にしまうとそう言った。


「もう夜は冷えるのに、先に帰っててくださっても良かったのよ」


サナは男に近寄ると男から鞄をとった。


「いやいや。本来ならカッツォ君に甘えずに私が帰りも共にせねばと思っていたんだ…… いたんだが、そちらの方は?」


「ああ、すみません。申し遅れました……」


テオがサナの父親に向き直った。テオが次の言葉を言う前にサナの口から言葉が出た。


「お父さん、紹介するわ。こちらアカデミーにお勤めのアインさん。ツウちゃんが出張で王都を離れる間、私の帰り道をご一緒してくださることになったの。ええっとツウちゃんの幼馴染で……」 


「どうも。サナの父親の……」男の右手が握手を求めんと差し出された「ヒロ・カーケンだ」言いながら男の左手は被っている帽子に動いた。


「アイン」テオはヒロの右手を取る「テオ・アインです」


ヒロが「よろしく、娘が世話になる」と言った瞬間、ヒロは帽子を取った。帽子の下から現れた獣人の証たるけもの耳に目を奪われると同時、テオの右手が強く握られ悲鳴とは違う何かが口を衝く。


「おっと、すまない」という言葉と共にテオの手を握りつぶさんとする勢いのヒロの右手が緩められた。


「ちょっと、お父さん!」


「いやいや、すまない。獣人は歳を取ると力の加減があやふやになってしまうのですよ。骨などは折れていませんな」


「だ、大丈夫なようです……」テオは涙目になりながらヒロの目を見つつ右手を開け閉めする。


サナがテオに駆け寄ると、鞄をひじに掛けるようにし、開いた両手でテオの右手を摩った。


「ごめんなさい、父が」


「い、いえお茶目なお父様ですね……」


「お父さん!」サナはテオの右手を摩りながらヒロを睨むように見ると言った。


「アインさんはツウちゃんの大切な人であって、私とは何も関係ありませんから!」


テオの涙目の目元に困惑の色が追加された。

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