第2話

居間のテーブルにコトとコーヒーが淹れられたマグカップが置かれた。


「二人でオードヴィーを楽しみながら聞いたにゃ」


「何を?」


「怖がらせるんじゃないかと迷ったんだがにゃ、知らずにいる方が危険かと思うてにゃ」


「付けられている事に気づいているのか。って聞いたの?」


「にゃあ。彼女も気が付いていたらしいがにゃ、別に害はないからと気に留めていないらしい」


「んん? 後を付けられている事を相談するためにツウを呼び出したんじゃないのか?」


「にゃあ、食事に行ったのは別の要件でにゃ。あくまでも私が良かれと思って聞いた事にゃ」


「そうなのか。でも、怖くないか? 付けられているんだろ?」


「にゃあ、私も怖くは無いのかと聞いたんだがにゃ。最初の一月で慣れたと」


「え…… じゃあ一月以上も?」


「にゃあ、かれこれ1年弱だと」


「げ! 1年弱!?」


「正確には10ヶ月ほどと」


「警察には相談しなかったの?」


「ふた月目あたりで相談はしたそうだがにゃあ、特に何か事件が起きたわけではないからと、とりつくしまもなかったそうにゃ」


「なんとまあ」


「何回か相談に行ったが、挙げ句の果てには勘違いだとか、考えすぎだとか言われたそうにゃ」


「可哀想に。てか、ツウが相談に乗ってやれば良かったんじゃ無いか?」


「私もそう言ったんだがにゃあ。ほらなに、王都警察への相談を諦めたのが丁度6ヶ月前」


「王立迷宮の時か……」


「正解。何度か憲兵隊本部にも足を運んでくれたらしいのだがにゃ、私を呼び出しても期間未定の出張中との事で会えず仕舞い。彼女なりに帰宅時間を変え、道を変えと努力をした様だがにゃあ」


「それでもダメだったと…… まさしくストーカーだな」


「すとーかー、とにゃ?」


「ああ、ストーカーだ。勇者様の残した文章に出てくるんだ、一方的な好意をもった異性が不必要に付き纏ったり、ゴミを漁ったりな」


「ふむ、ゴミもか。ありえるな、ストーカーとやら」


「ああ、勇者様のいた世界じゃ、犯罪だったみたいだけどね」


「ふむ、ただの付き纏いを犯罪か…… 黒髪の勇者のいた世界、技術だけでなく他の分野も進歩的かと思ってはいたがにゃ。もしかすると法律もか。以前からかもしれんとは思うていたがにゃ」


「かも、だね。今のところ僕が見た限りでは法律文が書かれた物は見つかった訳ではないからさ、よく解っていないと言うしかないけど」


「そうか。それでも裁判らしき事はしてたんだろ?」


「あったみたいだね。それに法という単語もしばしば出てくるからなぁ」


「にゃらば法律もあったのだろう。物語に聞く黒髪の勇者は今の価値観から見ても驚くような言動をしていた。それで当時の仲間たちを困らせたり、関心させたりしてただろう? 彼の中の行動原理だったり倫理観といった物はその世界の法律の影響もあったんじゃないか?」


「そうだね。それは勇者様や魔王討伐小隊を研究する者なら皆が皆思うところさ。勇者様が信じていたとされる宗教、生活習慣に守っていたであろう法律。僕たち研究者は想像するしか無いって事柄が多いけど、ひとまずストーカーって奴は法律で禁止されてた様ではあるよ、この点だけを見ても我々より進んだ法律を勇者様は知っていたんじゃないか?」


「ふむ、そうだにゃ。我々より進んだ法律を持っていたか、はたまたとてつもなく横暴な権力国家だったか」


「なるほど、付き纏い程度で逮捕だなんて法律があれば誰でも逮捕できそうだしな、その可能性も有るか」


「にゃあ。もしくはよっぽど捜査機関が暇だったかだにゃあ」


「ふむ、犯罪の全体数が少ないからこそ付き纏い行為なんて微罪に思える様な事にも捜査機関が犯罪として対応できたのかもしれないと、ツウはそう言いたいんだな?」


「そうにゃ、1日に何件も発生する窃盗や傷害なんかの事件に比べれば、付き纏い行為のなんたる微罪な事か」


「だよねぇ。でもだよ、ツウ。付き纏う事に飽き、手に入らないのであればいっそのこと壊してしまおう、そう思うのも人間だよ」


「壊す、か…… 思うだけなら犯罪じゃ無い、と言いたいところではあるがにゃあ。壊す。いや殺す。そう、殺意があって付き纏うとなれば今の王国の法律でも何か方法があるのじゃ無かろうかとも思うがにゃあ、とはいえ殺意を持つ持たないの判断は見ただけではつきかねんし」


「そうだよね。僕も法には疎いけど今の王国の法では逮捕が難しいのはわかる。下手に法律を制定しても誰かが悪用しそうだしな」


「にゃあ、どこぞの警察官ならやりかねんにゃ」


「だね…… あー、ちなみにだよ、ツウ。壊す、すなわち殺すとも限らないかなとも僕は考えてる」


「ふむぅ、あれか手籠にする。とかか? その挙げ句に害する」


「それもあるけどね、顔に酸をかける、とかさ。手に入らないのであればいっそのことって事ならさ……」


「にゃーお、なかなかエグいことを考えるのだなぁお前さんは」


「僕じゃ無いよ、勇者様が残した物語の中に出てくるんだ。その人は舞台俳優だったんだけどね、例のストーカーって奴に酸を顔にかけられてさ、俳優として約束された人生を失い絶望して自死するんだ、そうし始まる残された恋人による復讐劇」


「にゃんとまぁ」そう言ったツウはさらに眉をひそめていた。


「今回はそうならないといいね。で、僕は何をしたらいいの? まさかストーカー逮捕に協力しろと?」


「いやあ、そこまでは求めて居ないにゃ、というか今の我々の法律では例え殺意や害意をもって付き纏っても、ただそれだけでは逮捕は難しい」


「だろうね」


「来週から1週間ばかし彼女と一緒に帰ってやって欲しい」


「ああ、そう言う事。僕でよければ喜んで。でも、来週からで良いのか?」


「ああ。今週は、といっても明日と明後日は私が同行するにゃ。しかし私は三日後からナッキに出張だろ?」


「出張? そうだったか?」


「言ったぞこの前、月初から1週間出張だって」


「ああ、言ってた。そうか、もう月末か……」


「にゃあ、てな訳で私が王都を留守のあいだ彼女と一緒に帰ってやってくれ」


「おやすい御用だ、この間の仮もあるしな」


「ああ、私の大切な友人だ。仮云々も抜きに協力してくれると助かる」


「そうか、そう言う事ならさ、ベストを尽くすよ」


「にゃあ、ありがとうだにゃ。早速だが明日、退庁後にアカデミーのテオの研究室に2人で顔を出すよ。そこから3人で帰ろう」


「あー、明日は王宮へ行かないとなんだ。明後日でも良いか?」


「にゃお、王弟殿下からお呼び出しか? ならば仕方あるまいにゃ。明後日伺うよ」


「そうしてくれると助かる。何時ごろになる?」


「そこまで遅くはならんにゃ。彼女、王立女学院附属の幼稚園で保母をしていてにゃ、アカデミーとも近いだろう?」


「だな。ちなみにその彼女の家ってのはここから近いのかい? 最近エサが遅いとネコさんが怒るんだ」


「そこまで遠くは無いにゃ、だからこそテオに頼んだのだがにゃあ。猫ちゃんも少しくらいならまてるニャァ?」


ネコがニャアと返事をした。


「近いのならよかったよ。でー、その人は綺麗な人なの?」


「はにゃー聞くねぇ」


「いやいや必要な事でしょうに、付き纏いの理由如何では僕が一緒に帰ったら逆上するかもしれないじゃないか」


「安心しろ、なかなかの美人だにゃ」


「いや、逆に安心できないんですけど」


「いやなに、私が見たストーカーのサル顔らしい男はにゃあ、身長も低くて華奢でにゃあ、わざわざお前さんに立ち向こうってタイプには見えなかったからにゃ。もしお前さんの言うように逆上して襲ってこようものなら安心して返り討ちにしてやれにゃ」


「なんか安心しての意味合いが違う気がするんだが…… そういえば帰りだけで良いのか?」


「結構だ、出勤の際は彼女の父と一緒らしい。父上殿も近所にお勤めのようだ、近くに勤めているが退勤時間が早いらしくてな、待たせるのも憚れるらしい」


「憚る? 親子なのに?」


「ああ、彼女は養子なんだ、迷惑はかけられんとにゃ」


「なるほどだから憚られると」


「そう言うことにゃ」

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