第3話

曹長に連れられたサナがテオが朝から籠っていた研究室に現れたのは日もしっかりと暮れた頃であった。

テオは研究室の入り口で曹長に紹介を受けたサナを招き入れると椅子を用意した。


「急に押しかけるような形になってごめんなさいね。ツウちゃんお呼び出しとかで来られなくって」


サナが少しだけ語尾を伸ばしたようなおっとりとした話し方で切り出した。


「いえいえ、昼にはツウが来られない旨は伺ってたので大丈夫ですよ、少し散らかってますが適当に掛けて下さい。ちょうど出る支度の途中でした、もう少しかかりそうなので、曹長さんも少しだけですが休んでってください」


というテオの気遣いの言葉は虚空に消えた。傍観をしていたサナが口を開く。


「曹長さんなら、もう戻られました、よ?」


「あらま」と言いながら入り口のドアにテオは視線を動かす。その仕草が滑稽に感じたらしく口元に手を当てたサナから笑いが漏れた。


「これは失敬」とテオが襟首に手を当てながら言った。


「すみません、こちらこそ、初対面の殿方を笑ってしまって。怒ってらっしゃらない?」


「怒ってなんていませんよ。ツウなら今の一言でもっといじってきますからね。優しいもんです」パタンと卓上に読みかけにしていた本を閉じる。


テオは不意にサナに微笑んだ、サナも「まあ」と言い微笑みを返した。


「ツウとは長いんですか?」とテオが言い視線をデスクに落とすと筆記具などを片づけはじめた。


「ツウちゃんとですか? ツウちゃんとは…… 初めて会った頃はまだ准尉だったかな」


「准尉…… じゃあ、士官学校を卒業して間もなくだ」


「そう、ツウちゃんがまだ憲兵になりたての頃でした。その時もツウちゃんに助けられちゃって」


「ツウがですか。へー、聞いてないなぁ」


「助けられたと言っても、なにか事件に巻き込まれたとか、そういうわけでもないですからね」


「そうですか」アタッシュケースの留め金がパチンパチンと音を立てた。「その頃は僕はツウとは交流が途切れていましたね、、」


「あら? 10年以上の付き合いと聞いてますけど?」


「ええ、幼年学校の同期ではあるのですが。卒業後ツウは士官の道へ、僕は飛び級でアカデミーに」テオは立ち上がるとコート掛けに掛けてあった背広を手に取り腕にかける「旧交を深めたのはここ2.3年といった所で」


「そうでしたか」


「よろしければ、帰りしなに当時のツウの話をお聞かせ頂けませんか?」そう言ってテオはサナの前に立った。

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