第10話 明日、新しい二人、新しい関係で③

彼女たちにも危険が及ぶことを危惧し、別れを告げ早々にリビアの街を離れたソフィアは、ミニマ王国の情報を聞き、そこへ向かっていきーーーそこでサナに出会い、今に至る。


「ここでの生活は、落ち着いていました。最初こそ襲撃が何度かありましたが……国自体が帝国と敵対していましたから、比較的安心して過ごせました。だからこそ………考える時間が増えました。今までは、ゆっくり物事を考える余裕なんてありませんでしたから。」


比較的穏やかな時を過ごしていく中で、ソフィアは常に自問していた。


「…………私が梨華さまに向ける思いは、あの貴族と変わらないのでしょうか。あの貴族も……好意を向けた結果、これほどまでに執心するようになりました。私は…………どうなんでしょうか。私と、彼らの執心は、違うのでしょうか。」


「そんなの……………………」


「梨華さまは、私に好意を向けてくれていました。毎日会いに来てくれて、楽しそうに色々な話をしてくれて…………ただ、それはNPCのソフィアです。感情を表に出し、愛を知ったわたしではありません。」


ソフィアには、常に自分の中で相反する二つの思いがあった。



ー梨華の、恋人になりたかった。



ソフィアは、梨華のことが大好きだった。いつも会いに来ては、楽しそうに色々な話をしてくれる、そんな彼女が大好きだった。きっと奥底に隠した感情を見つけていて、ソフィアというNPCの中にいる自分を見てくれていた、そんな彼女が。


単なる大好きだけではない、キスや、それ以上の事もしたいと、ソフィアは気づいた。梨華に向けていた思いはそういう類のものだと、二人から教えてもらった。


常に隣にいて、梨華を支え、あのリビアの街で出会ったような彼女たちのような関係になりたかった。



ーソフィアは、怖かった。



梨華に向けるこの大きな、重い愛が、いつか激しい嫉妬や、執着心となって……梨華のこれからを妨げるものになってしまうことを。彼女のこれから先の無数の選択肢を奪ってしまうことを。


だからこそ……梨華が目を覚ました時は、彼女への"恋"は諦めるべきだと思いもした。彼女への愛はそのままに、恋心は胸の奥底に仕舞い込んで、彼女のこれからを見守るべきだと思っていた。


梨華は、ソフィアにとって、恩人だから。



「私は………もうわかんないんです。梨華さまが目を覚ましてから、今の間に………私は梨華さまのことが、もっともっと好きになってしまいました。梨華さまは、また、私の奥底に隠した感情を、見つけ出してくれた。かつてのNPCの時のように……いや、それ以上に、私を見てくれた。……こんなつもりじゃ無かったんです。諦めるつもりだったんです。」


「……………」


「……ごめんなさい、取り乱しました。私は……もう寝ます、おやすみなさ………っ」


不意に背中に冷たいものを感じ、梨華の方に身体を向ける。彼女を見るや否や、大きく目を見開いた。


梨華は、泣いていた。大粒の涙を溢して。梨華の涙を見るのは今日で3回目だったが、今の涙は、これまでのとは違う。


梨華は、察してしまった。ソフィアが、これからどうするのか。きっと彼女は、梨華のためと言って遠いところへ行ってしまう。


たとえ近くにいてくれたとしても、心は遠い。そうなったら、もう手遅れだと。そんなのは、絶対に嫌だった。


嗚咽を必死に堪え、苦しそうに胸を抑える彼女を見て、ソフィアの心は大きく揺らいだ。


「っやだ!どこにもいかないでよ……。私だって、あなたのこと、大好きなんだよ!?それなのに………」


「……私はもう、梨華さまがかつて見ていたソフィア《NPC》ではありません。外見こそ一緒ですが……もう、違うんです。私は……梨華さまのために………」


「そんなの、私のためなんかじゃない……!」


裏返った声で、半ば叫ぶようにして梨華はソフィアの言葉を否定する。


「……わたしは!NPCに惚れてたわけじゃないっ!!瞳の奥にある、感情を持つあなたが好きだった!無表情かもしれないけど……その奥には色んな感情があって……それを私に向けてくれる……そんなあなたが好きなの!私だってきっかけは見た目かもしれないけれど……それだけだったら、私は何年も毎日、あなたに会ったりしてないんだよ!」


梨華が最初に声をかけたのは、ただ単にソフィアの見た目が好みだっただけに過ぎない。背が高く、クールそうで、メイド服の似合うNPCを見つけたから声をかけただけ。


それが、月日を経て……彼女の感情を見つけた。NPCに、人間の感情があるわけないと否定しながらも……心の奥底で、どこか否定しきれていなかった。


虚しい人だと、色んな人に後ろ指を指されても、ただの思い込みだと哀れに思われていても……梨華はソフィアに話しかけた。


会話らしい会話は殆ど無かったが、それでも自分の話に一緒になって喜んでくれたり、悲しんでくれる彼女が好きだった。そんな彼女との時間が、梨華にとって、何よりの宝だった。


「あなたの話を聞いて……わたしはもっとあなたを好きになった!だって、私をこんなに想ってくれて、命懸けで守ってくれた……そんなの、好きにならないほうがおかしいでしょ!?」


「………私は、梨華さまのこれからを邪魔してしまうかもしれません。」


「邪魔になんてならない!あなたと一緒にいたい。この世界で、2人の人間として、一緒に生きて行きたい!私のためって言うなら………ずっと私の隣にいてよっ!」


梨華の悲痛な叫び声が、部屋中に響き渡る。


梨華はしがみつくように、ソフィアの服を強く握りしめていた。どこにもいかせないという意思表示のように。


「わたしは…我儘な人間なんだよ。しつこく毎日会いに行って、話しかけて……。結果的にはよかったかもしれないけど……そうじゃない可能性だってあった。……わたしは、あなたが思うほど、いい人間じゃない。自分勝手で、あなたに執着する、我儘な人間だよ。」


「そんなこと……」


「あるんだよ。今だってそう。完璧な人なんていない。私だって嫉妬するし、サナさんと話してた時だって…本当は嫉妬してた。私だけ見て欲しいって、思ってた。私だって、あなたに向ける想いは大きいと思ってる。じゃなかったら、何年も会いに行かないよ。だからさ……あなたも教えて欲しい。本当は、どう思ってるのか。」


梨華の言葉に、ソフィアの心は大きく揺れた。


本当は、ソフィアだってーー


「私は……梨華さまの邪魔をしたくは…」


「嘘ついてる。私、分かるよ。そんなんじゃない……あなたの、本心をおしえてよっ!」


梨華の真っ直ぐな叫びに、必死に耐えていたソフィアの無表情が崩れ……ソフィアの目からも、一粒の涙がこぼれ落ちた。一度でてしまえば、堤防が決壊したかのように、とめどなく溢れてくる。


「……私は……わたしだってっ!梨華さまと一緒にいたいっ!梨華さまの一番でありたい!わたしのこと、ずっと見てて欲しい!ずっとずっと、愛していたいんです!!」


かつて出会った2人の女性のように…互いに支え合うことを誓い、生きていくことを夢見てきた。


それがいつからか……こうなってしまった。梨華のためといいながら、彼女の側から離れようとした。


苦しい選択だったが、彼女のためだと自分に言い聞かせて、無理やり納得しようとしていた。


そんなソフィアを……またも梨華が引っ張ってくれた。


理論で武装されたソフィアの心が、こじ開けられていく。心に纏った冷たい鎧が、梨華の熱で溶かされ…長年隠してきた、ソフィアの本心、本当の願いが顔を出す。


「わたしだけを愛してほしい!わたしだけに愛を向けてほしい!他の人になんて渡したくない!

わたしの、わたしだけの梨華さまでいて欲しい!!わたしは…………こんなにも重いんです。梨華さまの幸せを願っていながら………ずっと傍にいてほしいと………っ!」


梨華は、ソフィアの言葉半ばで、彼女の口を塞いだ。


衝動的なぶつかるようなキスは、うまくいくはずがなく……勢いのついたままのキスは、歯が当たって、互いに痛みに悶えた。


「いたっ……。……私と全く一緒じゃん。お互いを想いあって……これからの未来に、お互いの存在を望んでる。これは……あんな貴族のような執着なんかじゃない。私は…………あなたと一緒に幸せになりたい。私があなたを幸せにしたいし…………あなたが私の事、幸せにしてほしい。大きな愛で、私を包んでほしい。あなたは……どう?」


「…………私は、重いんです。」


「そんなの私も一緒だよ。すぐ嫉妬するし……触れられるのは私だけがいいって思ってるもん。それに…………私は、十年もほぼ毎日あなたに会いに行った女だよ?NPCだったとはいえ……正直、客観的にみたらやばい奴じゃない?」



「…………私は、犯罪者です。何人も、殺してきました。」


「そんなの、関係ないよ。あなたがどんな犯罪者だろうが、関係ない。それに……私も覚悟は出来てる。あなたを追い詰めたあの貴族たちは…………私の手で直接殺すよ。そしたら…………おそろいじゃない?……おそろいって響き、いいじゃん。」


「私は…………もうかつてのNPCじゃありません。一人の人間なので……私に幻滅するかもしれません。」


「絶っ対ないよ。愛は増すことはあれど、減ることは絶対にない。だって……今、私はこんなにもあなたのことが大好きだもん!」


ソフィアの瞳を見詰めて、梨華は笑う。


そんな梨華の様子に…………ソフィアも、笑みが零れる。


心の鎧は完全に剥がされ…………此処にあるのは、互いの想いをさらけ出した、二人だけの空間。


「…………さっきのキス、すごく痛かったです。」


「えっごめん、やっぱりそうだったよね?なにせ初めてだったもので………」


「………だから、やり直してください。あんな不意打ちは…………卑怯ですから。」


梨華は、ソフィアの顔にゆっくりと近づく。目を閉じて……触れたのは一瞬。その一瞬に互いの想いを注ぎ込んだ、想いあった優しいそれは、二人にとって…………これから先、一生忘れないものになった。


「…………私の…………恋人になってくれる?」


「…………はい。私が、梨華さまのこと……一生懸けて幸せにします。」


「…………ありがとう。私も…………あなたのこと、幸せにするから。…………一緒に、幸せになろうね。」



ー2人だけの夜。


この世界での初日は、梨華にとって、忘れられないものになった。


大好きな女の子と、新しい関係となって、明日を迎える。


それだけで……これから先、どんな苦難も乗り越えられる、そんな気がした。






「梨華さま……?」


「………すぅ、すぅ………」


「………また、私は貴方に救われましたね。ふふっ、可愛い寝顔。おやすみなさい………梨華。」



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これにて、第一章は完結となります。(物語はまだまだ続きます!)


第二章以降は、晴れて恋人となった二人のこれから(イチャイチャ)を書いていきたいと思っております。



いつもたくさんのフォローやいいね、コメントや評価などを頂き、本当に執筆活動の励みになっております。本当にありがとうございます。


これから先も、楽しんでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

                                kokowa.




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2025年1月6日 21:00

元NPC、愛が重い @kokowa

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