第7話 ソフィアの過去

ー夕方。窓から差し込んでくる光に、淡い色が付き始めている。


「それで………サナさんは何で私の事知ってたんですか?」


ひとまず梨華のストーカーではなかったらしい。謝罪しつつ、梨華を抱きしめながら荒ぶっているソフィアを宥める。



「………私は、前世ではアーカディア・オンラインのそこそこ偉い運営スタッフとして仕事してたんだよ。だからソフィアちゃんのことも、梨華ちゃんの事も知ってたってこと。」


「そうだったんですね。ごめんなさい、てっきりストーカーかと思い込んで……なにせ前世ではそういうのが何故か多かったので…………、ソフィア?落ち着いて?もう過去というか前世レベルの話だからね?」


「そっか…。確かに、梨華ちゃん可愛いから……、ソフィアちゃん、違うよ?別に口説いてるわけじゃないからね?」


まだ若干荒ぶっているソフィアはともかく、梨華は気になったことが一つあった。


「サナさんが運営のお偉いさんだったことは分かりましたが……ソフィアはともかく、私も知ってたっていうのは?」


梨華はアーカディア・オンラインの中ではレベル的にもPS的にも上位のプレイヤーだった。ただ、誰ともパーティを組まず、ソロだったためランキング付けされるような大会に出場したことは全く無く、名声らしい名声は一切なかった。


そんな一プレイヤーに過ぎない梨華のことを知っているというのは、どういうことなのだろうか。


「梨華ちゃんのことは、ソフィアちゃん経由で知ってたんだよ。」


「…………というと?」


「NPCの”ソフィア”は、私が直接管理してたんだよ。とある理由でね。」


”直接”管理という言い方に引っ掛かりを覚え、サナを見詰めていると、サナはソフィアに視線を送った。


「梨華さま……私は、当時から他のNPCと少し異なっていたみたいなんです。」


「そうなの?別に、他のNPCと比べても違和感無いように感じたけど……」


「それはソフィアちゃん以外のNPCが良くできてたっていうのもあるし、そもそも本人が隠してたんだよ。私も隠すように誘導してたしね。」


かつて、ソフィアに異変が起きたのは、梨華と出会ってしばらく経った時だった。突如、NPCのソフィアは原因不明の厖大なエラーを吐いた。その後も、しばしば原因不明のエラーを起こすようになったらしい。


「それでプログラマーたちがソフィアちゃんのことを削除しようとしたから、私に任せてもらったんだ。最初は興味関心が9割だったんだけどね……調べていくうちに、この子は何か他のNPC達と違うなって気が付いたんだ。」


「ちょうど私もその頃、自分自身に何かしらの違和感を感じてたんです。周りのNPCとは違うと。……今思えば、自を他を分離して認識してた時点で、すでにNPCから逸脱してたのでしょう。ただ、故意にNPCとしての領域から抜け出そうとすると、自分がなくなってしまうような恐怖感に襲われたので、NPCとしての役に徹してたわけです。」


「それはつまり…………私がソフィアに話しかけていた時も、自我みたいなものは持っていたってこと?」


梨華が毎日のようにアーカディア・オンラインにログインし、ソフィアに話しかけていた日々は、ソフィアにとっても意味のあるものだったのだろうかと、梨華は過去に思いを巡らす。


「はい、梨華さまは他のプレイヤーとは違って、私を一人の人間のように見てくれていましたから。今だから言えますが……毎日梨華さまに会えるのをとっても楽しみにしておりました。ただ、役から離れて直接梨華さまに何か行動を起こそうとすると、途端に不快な恐怖感を感じたため、出来ませんでしたが……。」


「…………なんとなく、ソフィアに感情があるような気がしてたのは、私の勘違いでは無かったんだね。」


「…………やっぱり、分かっててくれたんですね。梨華さまが話しかけてくれていたあの時、確かに私の中には”感情”が在りました。それを表には出せませんでしたが…。」


ソフィアはあの頃を思い出したのか、俯き視線を下げる。


そんなソフィアを見た梨華は、彼女の手を取りそっと握る。


「ソフィアが気に病む必要は全くないよ。あの時の私は、ただの自己満足でソフィアに話しかけていたわけだし…………むしろ、私の方が申し訳ないって思っているよ。自分勝手にソフィアに話しかけて…………嫌じゃなかった?」


「そんなことないです!…………あの時間の中で、梨華さまに会えるのが唯一の楽しみでしたから。」


ソフィアにとって、自分がNPCだと分かってからの生活は、それはもう途轍もなく退屈な日々だった。設定された通りに無心でただ役を演じていく日々の中で、設定されたものとは違う、梨華との会話は唯一の救いとも言えた。


会話というには、あまりにも梨華の一方通行だったため、最初はソフィアも不安だった。


ーいつか、彼女が私に飽きて、居なくなってしまうのではないかと。


ただ、そんな不安は、梨華が毎日のように話しかけていくうちに無くなっていった。周りからは奇怪に見られるような、しつこいくらいに話しかけていた梨華の行動が、ソフィアにとっては安心の元になった。梨華と会える時間がソフィアにとっては何よりも嬉しく、また同時に自分から話しかけられないどころか、梨華の名前すら言えないことが何よりも苦痛だった。


「………私の奇怪さが役に立ったっていうのはなんだか複雑な気分だけど……まあ、結果的にソフィアのためになって良かったって、割り切ればいいのかな。」


「実際、梨華ちゃんと話していた時のソフィアちゃんはシステム的にも安定していたからね。むしろ来ない日は不安定だったから、私としても早く来てくれって思ってたよ。」


「…………あの日々を見られてたっていうのは、なんだか複雑ですね…………。というか、結局それって私のストーカーってことでは…………?」


「えっ」


「確かにそうですね。やはり始末しましょう。」


梨華の冗談に、ソフィアも便乗している。表情を見るに、今度はソフィアも冗談のようで、口の端がうっすらと笑っている。


…………逆に言えば、最初のソフィアは本気だったということであるが。


「うそでしょ、待って待って!いやいや、流石にあれは必要なことで…………ってうわっ、梨華ちゃん今度は悪い顔してる!というかソフィアちゃんまで………。」


梨華のおふざけに、空間があたたかなものになる。一人ほど、肝が冷えた人はいたが。


「ふふっ、ごめんなさい。サナさんにはとても感謝してます。それで…………結局、ソフィアはなんでこの世界にこれたの?」


彼女に人間味が在る背景は分かったものの、結局なぜこの世界に来れたのかということは分かっていなかった。


「それが、私にもよく分かっていなくて…………あの時、梨華さまが酷く怯えているのを見て、思わず手を伸ばしたところ、謎の恐怖感と共に目の前が真っ暗になったのです。後は…………気が付けばこの世界にいました。」


「あの時っていうのは、私が転生する直前のことかな?うーん、よくわかんないけど…………まあ、ソフィアも私も再会できたし、結果オーライだよね。」


「梨華ちゃんは楽観的だね…………。でも、確かに言う通りかもね。」


「はい。私も梨華さまにまた会えて嬉しいです。」


三人は互いに顔を見合わせてうんうんと頷く。そんな時……




ーきゅるるる…………


ー空気の読んだサナが退出。暫く梨華がニヤニヤし続け、サナがいる間無表情を貫いていたソフィアが恥ずかしそうに手で顔を覆っていた。


「………………夜ごはんにしましょうか。………………………………梨華さま、これ以上は夜ごはん抜きにしますよ。」


「ごめんなさい!でも可愛い音でした!」


「それは何の慰めにもなってません!!」

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