第6話 転生者
「そ、ソフィアさん…?あの~………」
「梨華さま、どうかしましたか?」
「……流石にこの体勢は、恥ずかしいと言うかなんというか…………。」
梨華は、後ろから抱きしめているソフィアを恥ずかしそうに見上げている。まるで子どものように扱われていると感じて、腕から抜け出そうとするも、ソフィアは腕を緩めることなく、ぎゅっと梨華をホールドし続けている。
「いや、まあね、確かに私はよく子どもに間違われるような体格してますけど………一応前世では成人してたもので…………」
「別に子ども扱いはしてませんよ。ちゃんと……………………一人の女性として見てますよ。」
「ぅ…そ、そっか…」
耳元で囁かれ、微かな吐息も相まって、たちまち梨華の頬が熱を持つ。かつてのソフィアとのギャップに、梨華の頭はくらくらしていた。
「そうですよ。梨華さまも、私の事、ちゃんと見てくださいね。もう……NPCじゃないですから。」
「……ソフィアはNPCの時の記憶があるの?今は人間なんだよね?その辺の話、聞きたいな。」
「その辺の話は私からしようか。」
不意に、梨華とソフィアとの間に一人の女性の声が入る。
梨華とソフィアが顔を向けた先には、一人の女性が立っていた。この人はソフィアと一緒に梨華の部屋に来た人……。
「「…………忘れてた(ました)」」
「………二人とも息ピッタリだね。」
「ご、ごめんなさい……」
「いやいや、別にいいんだよ。あんな感動的な再開を邪魔するほうが心苦しいからね。二人が無事に再会できて、私も嬉しいよ。」
白衣の彼女は、雰囲気的にもなにかの研究者だろうか。
「私は
転生者と聞いて、梨華は少し驚いた表情を見せる。ソフィアがいる時点で何となく予想はしていたが、それにしてもこんなに早く前世の話を聞くとは思っていなかった。
「えっと、はじめまして、梨華です。サナさんも転生者ってことは、もしかしてあのゲームを?先輩ってどういうことですか?」
「………その様子だと、やっぱり何も知らないみたいだね。転生する前に、なにか説明を受けなかった?」
「転生する前……」
梨華の頭によぎるのは、両翼を持つ、不思議な神様。大した説明もなく、突如何か思い付いたかのように魔法陣の中に放り込んだあの人……いやあの神。
あの落下は今でも梨華の記憶に鮮明に残っている……くらい怖かった。今思えば、早くソフィアに会わせるためにそうしてくれたのかもしれないが…………
「なんかむかむかしてきました。」
「なんで!?」
「だってあの人…じゃなかった。あの神様、なんの説明も無しに魔法陣の中に放り込んだんですよ?めちゃくちゃ怖かったんですから。」
「…………よく分からないけど、分かった。とにかく何の説明もされてないってことだね?」
「まあ、そうなるんですかね……。サナさんはどうだったんですか?それにソフィアも。」
梨華の問いかけに、ソフィアとサナは互いに顔を見合わせる。
二人の関係性がまだ分かっていない梨華にとっては、ちょっぴりジェラシーを感じるのだけれど、それを表に出さないように意識しつつ二人を見る。
………ちなみに、ソフィアにもサナにもバレバレだったと言うのはまた別の話。梨華は分かりやすかった。
「そもそも、梨華ちゃんはどうしてこの世界に来たか知ってる?」
「?…死んじゃったからじゃないんですか?」
「死因は憶えてる?」
言われてみれば確かに、死因には身に覚えがなかったため、梨華は首を横に振る。
「死因はね、一部地域で起きた巨大地震だったんだよ。」
「……そうだったんですね。……ん?なんでサナさんが知っているんですか?」
「それはね………」
聞けば、一年ほど前、梨華とサナを含め5人ほどがこの世界に転生をし、その全員が死亡時にアーカディア・オンラインをプレイ中だったらしい。
死亡時点では、現実世界に身体がありつつ、意識はVR世界にあるという魂がいわば”不安定”な状態だった。
地球とは大きく異なる情報を持つ魂のまま、再度地球に生まれ変わってしまった場合、その人は”異物”として、世界から消されてしまうらしく、それを防ぐための別世界への転生ということだった。
「魔法を使える魂を持ったまま、魔法が存在しない地球に生まれたらおかしくなってしまうってことらしいね。」
「そうだったんですね。あれ、でも私は今転生したばっかりで、それにソフィアは……?」
時系列がおかしいばかりではなく、現実世界での死が理由だとすれば、ソフィアも一緒にこの世界に来れた理由が分からない。
それにソフィアの大きな変化と言えば、明らかに加わった”人間らしさ”だろう。かつてのNPCだったソフィアと大きく異なり、今のソフィアは正真正銘人間になっている。
「……………んん、すぅ、すぅ…………」
そんなソフィアは、気が付けば梨華を抱き枕にして、穏やかな寝息を立てていた。
「……ソフィアちゃん?…………寝ちゃったみたいだね。」
「…………ソフィアの寝てるとこ、初めて見ました。今までは……NPCの彼女しか見てきませんでしたから。」
「そうだよね。まあ、私も彼女の寝てるところを見るのは滅多に無かったけどね。」
「あれ、そうなんですか?てっきり、転生してから一緒に生活してきたのかなと思ってたんですけけど……」
梨華の問いに、サナは否定するように頭を左右に振る。サナはすやすやと眠るソフィアと、その抱き枕になっている梨華のことを微笑ましげな表情で見ていた。
「彼女とこの世界で出会ったのは、半年くらい前のことだよ。ただ、彼女は警戒心が強かったからね、人に隙を見せることがほとんどなかったんだ。この街に来てからは、少し落ち着いて、私の事もちょっとは信頼してくれたみたいだけど。それでも、特に梨華ちゃんのことになると誰彼構わず警戒していたね。あんなに感情を出して泣いてた彼女は初めて見たし、今みたいに人前で寝ているのも初めてだよ。」
ソフィアからの信頼を感じて、少し嬉しくなる梨華だったが、それ以上にソフィアが警戒していたという事実が気になった。
「…ソフィアに何かあったんですか?」
「詳しい話はまた彼女に直接聞いて欲しいけど……簡単に言うと、転生した直後から、狙われていたみたいだったね。」
「っ!狙われていたって……どうして?」
「具体的に言うと、ソフィアちゃんもだけど……一番は、梨華ちゃんが狙われていたんだよ。」
「私が…………ですか?でも、転生したのは今さっきで……」
梨華がこの世界に来たのはついさっきで、一年前はまだここに来る前……と考えている中で、梨華はある考えが頭をよぎる。
「もしかして…………」
「そう、梨華ちゃんも一年前、ソフィアちゃんと2人でこの世界に来たんだよ。ただ、目を覚まさず、今までの間ずっと眠っていた。その原因はわからないけどね。」
「だから、あの時のソフィアはあんなに……」
そうならば、梨華とソフィアが再会したときの、彼女の取り乱し様にも説明がつく。
梨華は、後ろにいるソフィアのことを見上げる。何があったかはまだ詳しく分からないが、一年以上もの間、梨華の目覚めをただ待ち続けていたソフィアのことを考えると、彼女の健気さにただ胸の苦しくなる思いがした。
梨華は自身のお腹に回ったソフィアの手をそっと取り、頬に当てる。そして思いのままに、その手にそっと口づけた。守ってくれた彼女への感謝と愛おしさを込めた、無意識の行動だった。
「相変わらず、2人は甘々だね~。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよ。」
この一瞬、完全にサナの存在を忘れていた梨華は、ハッと我に返り、恥ずかしさから頬を染める。そうして思わずソフィアの腕から抜け出そうとして、ソフィアがすやすやと寝ていることを思い出し、起こさないようにそっと元の体勢へ戻った。
「…………忘れてください。」
「いやいや、良いんだよ。元々、梨華ちゃんがソフィアちゃんの事大好きなのは知っていたしね。」
「…………どういうことですか?」
サナの言葉に、梨華は首をかしげる。梨華としては、サナとの出会いは今日が初めてだと思っていたのだが、違っていたのだろうか。
「ああ、梨華ちゃんが私に会うのは初めてだと思うよ。私が一方的に梨華ちゃんのことを知っていただけだから。」
「えっそれって……」
「わかったかな?そう、何を隠そう、私は運営…………」
「ストーカーだったんですか?」
サナがずっこける。古典的なずっこけ方をしたサナに、冷ややかな視線が2つ。
「あなた……やはり梨華さまを狙っていたんですね。あなたへの恩はありますが、梨華さまを狙うなら別です。ここで始末を…………」
「あれ、ソフィア、起きたの?……なんか目が怖いよ?落ち着いて?…………サナさん、なんかやらかしたんですか?」
「いやいや、待って、違うんだって!梨華ちゃん、わざとやってる…………………うわっ、わざとじゃなさそう!余計たちが悪い!」
「私の目の前で梨華さまの悪口とは………本性を現しましたね。覚悟してください。」
「…………?」
「梨華ちゃん、早く誤解を解いて!そんなきょとんとしたかわいい顔してないで!…………ああ、違うんだよ、ソフィアちゃん!これ誤解なんだってーー!」
…………梨華の勘違いにより、先程までの穏やかな空間から一転。混沌とした空間となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます