第5話 再会。

「うぅ、まぶし…ってさっきもやった気がするなこれ。転生できたのかな?」


魔法陣に放り込まれて、意識を失った梨華は、不意に感じた明るさに再び目を覚ました。


「……ここ、どこだろ?ベッドもあるし……だれかが私の世話してくれてたのかな?」


梨華としては、異世界転生モノといえば最初は森とか洞窟に飛ばされるのかなと、浅知恵ながら勝手に想像していたが、実際は違っていたらしい。


辺りを見渡すと、六畳ほどの部屋に、今梨華が使っているダブルベッドやテーブルなどが配置されている。建物自体は年季を感じるものの、綺麗に掃除された様子から、普段から誰かが使っていた部屋なのかなと推測できた。


「それにしても…めちゃくちゃぬいぐるみが多いな~、この部屋。うさぎにくまに…この部屋の主の子とは仲良くできそう。」


梨華の視線の先には、テーブルの上に並べられた多くのぬいぐるみたち。どの子らも、梨華の趣味に合うような子たちばかりで、つい頬を緩めてしまう。


「あれ、ベッドにもいる…ってこの子、アル様から貰った子だ。付いてきてくれたのね…っていうか私が抱えたまま飛ばされたからか。強く抱きしめすぎてしわしわだし…ごめんよ。」


労いと謝罪を込めて、梨華がそれを何となくぽんぽんと撫でているとー


ーコンコンコン。


ドアのノックされた音が響き、梨華はベッドから起き上がって、音のした方へ目を向ける。


(この部屋の持ち主の子が来たのかな?…というか私って今どういう立ち位置なんだろ?誰かに拾ってもらったっていう感じなのかな。ここで看病してもらっていた的な?)


「はーい」


「………………………………ぇ」


梨華が返事をするも、ドアは開かない。


「あれ?入っていいですよ~…まあここ私の部屋じゃないのであれですけど…。」


梨華が再び声を掛けると、幾らかの静寂ののち、ドタバタと騒がしい音を立てながら誰かが去っていった。


「…?なんだったんだろ。てか音的に周りの物を蹴散らしながら行っちゃったけど、平気かな?掃除大変そう~」


梨華がきょとんとしていると、暫くしてこれまたドタバタと大きな音を立てながら、梨華の居る部屋に近づいてきた。足音的に2人だろうか。


そうして、その二人は部屋の前で立ち止まり、扉をゆっくりと開けた。


建付けがあまりよくないのか、ギギギという音を立てながら、開いた扉の先にはー。


「っ!」


「………………………ぅそ、……ソフィア……?」


梨華の目の前に現れたのは、2人の女性だった。一人は知らないが、もう一人は……梨華のよく知る、大好きなあの女性だった。


最期に見た時と同じ、黒と白からなるメイド服姿に、艶のある黒髪。平均的な女性よりも高い身長、ぱっちりとした綺麗な碧い瞳。梨華が見間違えるはずがない。ソフィアだった。


梨華が驚きで言葉を失っている間、また目の前のソフィアも同じように、梨華のことを驚いた表情で見つめていた。


両者が見つめ合うこと数秒、梨華が声を掛けようとした瞬間。梨華に向かって一直線に走ってきたソフィアは、その勢いを抑えることなく、梨華の胸に飛び込んできた。


「うぐっ……、そ、そふぃ」


「っりかさま!ずっと、ずっとまってて……!わたし……ずっと…………りかさまが、おきられることしんじて…………りかさま、わたし……………………っ」


ソフィアは、その瞳からとめどなく溢れる涙をそのままに、梨華の胸に顔をぐりぐりと押しつけている。


「りかさまっ、わたし…………!あの、いつも…………しんじて…………っ」


ソフィアの呂律はうまく回っておらず、ただ壊れたように同じことを繰り返していた。



「…………ソフィア。」


「っ………ぁ」


梨華は、自分の胸の中で泣きじゃくるソフィアをそっと抱きしめた。


梨華は混乱していた。それも仕方がない。なにせ別の世界に転生したと思ったら、ソフィアに出会い、その彼女がいままで見たことのないくらい感情をあらわにして泣いて、取り乱しているのだから。


梨華も聞きたいことはたくさんあった。まだまだ心の整理もついていない。


…………それでも、目の前で泣いている大切な女の子を慰めることが、梨華の第一優先だった。何事も、ソフィア第一な梨華だから。


「ソフィア…………」


「ぅう、りかさま…わたし…………」


梨華は、その華奢な身体を包み込むようにぎゅっと抱きしめ、囁く。


「ソフィア……そんなに泣いてたら、目が腫れちゃうよ?……………わたし、今までソフィアの色んな表情を見たいと思ってきたけどさ、なんなんだろうね。今のソフィアを見ていると……なんか、すごく胸が苦しくって…………。」


そう言う梨華の瞳からも、大粒の涙がこぼれてくる。


「わたし、まだ状況がよくわかってないけどさ……、せっかくいつもと違う表情を見せてくれるならさ…………笑って欲しいな。笑ってるソフィアを見たいな。だからさ、泣かないで……?わたし、ここにいるからさ……」


梨華は自分の涙を隠すように、ソフィアをさらにぎゅっと抱きしめる。


転生をアルテールから告げられたあの時。梨華が真っ先に”会いたい”と思い浮かべたのはソフィアだった。ただ、それは叶わないことだと諦めていた矢先にソフィアと再会できた。


そんな再会できた嬉しさや、ソフィアへの愛おしさやらで、気が付けば無意識のうちに、ソフィアを抱きしめていた腕に力が入っていた。


ソフィアが、右手で梨華の背中をポンポンと叩く。


「あ…り、りかさま…………くるし………」


「……っあ、ごめん…つい力が……。苦しかったよね……」


ソフィアからのSOSに気が付いた梨華が、ソフィアを抱きしめるのはそのままに、入りすぎた力を緩める。


梨華の胸の中にいたソフィアは、もぞもぞと動き出して梨華の腕から抜け出し、梨華を見上げた。


「…窒息するかと思いましたよ、もう。……ふふっ、梨華さまも泣いているじゃないですか。」


「…………っソフィアの方が泣いていたから、いいの。」


至近距離で、梨華とソフィアは見つめ合う。潤んだ瞳に、上目遣い、ソフィアの初めて見るはにかむように笑った表情に、梨華の心臓は今にも壊れそうなくらいに跳ねた。そんな心臓は、ソフィアの右手が梨華の頬に触れたことによって、さらに激しさを増し、本当に壊れてしまいそうだった。


ソフィアは頬に当てた右手の親指で、梨華の涙をそっと拭う。


そんなソフィアに対して、梨華はお返しと言わんばかりに、彼女の頬へ手を伸ばし、ソフィアの涙を拭ってあげる。………その手は少し震えていたけれど。


「ふふっ。なにがなんだか分からないって顔してますね、梨華さま。」


「…まあね。……まあでも、もうソフィアに会えないって思ってたから…………また会えて嬉しいな。」


「はい、私もまた……梨華さまに会えて嬉しいです。」


そうして、梨華とソフィアは身体を寄せ合い、抱きしめ合った。


二人の間には、誰にも邪魔できないような………穏やかな空気が流れていた。

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