何だか『恥ずかしい勘違い』をしちゃった韓国の女の子
暖かくて眩しい日差しが部屋の中に差し込み、
「結構重いな……」
暖人は自分の体より少し大きな箱を抱えて家の中に入る。そして、箱を床に置き、家具を配置する場所を見渡す。すると、再び玄関から音が聞こえてくる。「もう
(え?また宅配?)
確か、今日は昨日買った家具以外に宅配なんてない。暖人は戸惑いながらも、その箱も家の中に運び込む。送り状を確認すると、お届け先は『
(これは昨日の家具店で、これは……え、『
各送り状に記載された差出人の名前。ひとつには、昨日ソヨンと訪れた家具店の名前があり、もうひとつには妹の優芽の名前が記載されていた。暖人はまさかと思いながらも、その箱を開けて中身を確認する。
(うわ、最悪……)
その中には優芽の寝具や生活に必要な日用品などがぎっしりと詰まっていた。暖人は両手で頭を抱え込み、家具店から届いた家具をどうすべきか悩み始める。
(ちょっと申し訳ないけど……)
暖人はそのままテーブルの上に置いていたケータイを手に取り、誰かにメッセージを送り始める。
「悪いけど、渡したいものがあるから後で家に寄ってくれない?遅い時間じゃなければ、夜に来てもいいから」
自宅の住所も添えてメッセージを送信した暖人は、ケータイをテーブルの上に置く。その瞬間、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「やっほ~。お兄ちゃん、久しぶり~」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
人混みとコーヒーマシンの騒がしい音が鳴り響く店内。外ののんびりした雰囲気とは裏腹に、ここはまさにカフェ版・戦場。スタッフたちがまるで戦士のように駆け回っている。その戦場から華麗に脱出したある
(あ、メッセージ来てたじゃん)
メッセージを確認したソヨンは、一瞬で顔が真っ赤になる。
(え?!わ……渡したいもの……?それに、よ、夜でもいいって……?!?!)
確かに、暖人のメッセージには「遅い時間じゃなければ、夜に来てもいい」と書かれていた。引っ越し作業に追われていれば、気づけないうちに夜になっているはず。だからその頃までは来てほしいという意味なのだろう。しかし、彼女は疲れのせいか、どうやらその意味を少し勘違いしてしまったようだ。
(ば、バイトが終わったら、き、着替えて行こうか)
そうして、胸の中で
「わ、分かった。こ、心の準備して行くわ」
こうして返信を送ったソヨンの背後から、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
【ソヨンちゃん!】
自分を呼び出す声にハッとしたソヨンは、素早くあの
【ソヨンちゃん、どうしたの?なんかいつもと違うね】
【なんでもないよ。ちょっと疲れたみたい】
ソヨンに声をかけてきたのは、同い年のミソ。ソヨンとは別の大学に通いながら小説を書いている。彼女は中学時代にソヨンに出会った友達で、今でも連絡を取り合うほど仲が良い。普段はミスをしないソヨンが気になったのか、ミソは心配そうに尋ねた。
【本当に大丈夫?なんか悩みとかあるの?】
ソヨンはミソの心配そうな質問に、一瞬ためらったあと、小声で答えた。
【実は……大学の男友達が今夜、家にちょっと来て欲しいって……】
ソヨンの答えを聞いたミソは、新しい大地を発見した探検家のように目を輝かせながら、興奮気味にソヨンに問いかけた。
【男友達?彼氏?彼氏だよね?なになに、もっと話してよ!】
ミソが興奮して顔を近づけると、ソヨンは腕を伸ばしてミソの顔を押し戻しながら口を開いた。
【そんなことないよ。ただの友達だよ】
ソヨンの答えに少し失望したミソは、一歩下がって話を続けた。
【はぁ、それはそうでしょうね。ソヨンに彼氏なんて。昔からあんたの周りに男なんていなかったもんね。それで?あの子はどう?】
【人としては好きって思ってるけど……異性としては友達って感じかな……私、彼氏なんか作ったこともあんまりないし、好きってこともよく分からないからね……】
【とにかく異性としては友達ってことじゃん。じゃ、なんで迷ってるのよ?別に問題なくない?】
【な、なんでって!私、男の家に行くのは初めてなんだもん……】
ミソはその話を聞いてショックを受けたように、ソヨンに言った。
【あんたさ、小学校や幼児園の時も男友達が一人もいなかったのかよ?】
ソヨンは昔のことを思い出して少し顔をしかめたが、ミソに気づかれる前に素早く表情を元に戻す。そして、少し怒ったふりをしながら言い返した。
【それがなによ!ベーだ!】
両目を閉じていたずらっぽく舌を出したソヨンは、再び手を忙しく動かし始めた。ミソは元に戻ったようなソヨンをじっと見つめる。そして、ほっとしたように息を吐き、自分の席に戻って仕事を再開した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お兄ちゃん~、これはどこに置けばいいの?」
優芽は両腕にぎっしりとウサギのぬいぐるみを抱えながら、暖人に訊いた。
「それはあっちに置いて。ってか、ぬいぐるみ持ちすぎじゃない?」
「いいじゃんいいじゃん~。あたし、まだ
優芽は暖人の言葉にはあまり気にせず、彼が指さした場所へウサギのぬいぐるみを運んで置いた。
「ん?兄ちゃん、これなに?」
ぬいぐるみを置いて、また戻ろうとした優芽はテーブルの上に飾っているプリクラの写真を手に取った。写真の中でソヨンは明るく笑顔を浮かべ、暖人は少しぎこちない様子で笑いながら正面を見つめていた。
「あ、それ?友達と撮った写真」
優芽の言葉に顔を向けた暖人は、彼女の手にあるプリクラの写真を見て答えた。すると、優芽は少し怪訝そうに口を開いた。
「ふぅ~ん、そっか」
暖人の答えを信じていないように、優芽は写真をじっと見つめ続けた。そして、何かを悟ったように口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、暖人に向かって言葉を投げかけた。
「お兄ちゃんが彼女さんを作るなんて、この妹ちゃんは驚いちゃったよ~」
暖人は優芽の突然の言葉に戸惑い、思わず何度か咳を漏らしてしまった。
「彼女じゃねぇよ!友達って言っただろ」
そんな暖人のツッコミを完全に無視して、優芽はさらに話を続けた。
「いいよいいよ~、恥ずかしいもんでもないし~。でも、後でちゃんとあたしに紹介してね?」
そう言った優芽は自分の荷物を片付けるため、箱の中を覗き込んだ。暖人はそんな優芽を見て軽くため息をつき、彼女の隣に立って一緒に箱の中を探り始めた。すると、暖人は箱の中で目を引くものを一つ見つけた。
「これ、まだ持ってたの?」
「もちろんだよ。お兄ちゃんからもらったし、あたしのだーいせつなものだから。」
優芽が大事そうに両腕で抱きしめていたのは、一冊の絵本だった。確かに、暖人は昔、いくつかの絵本を優芽にあげたことがある。今、彼女の手にあるのもその中の一つだろうと考えた暖人は、
優芽に軽くツッコむ。
「16歳で絵本ってちょっと恥ずかしくないか?要らないものはちゃんと捨てとけ」
「はあ?16歳ってまだ子供でーす!大人じゃありませーん!まだ全然セーフでーす!それに、これお兄ちゃんが作ったんだよ?」
暖人はそんな妹の反応に慣れているように無視し、再び荷物の整理を始めた。そういえば、昔は絵本が好きで、自分で作ったこともあったな、とふと思い出す。ずっと昔の記憶なので、どんな絵本を作ったのかは覚えていない。何冊作ったのかも思い出せない。しかし、その古い思い出は今でも暖人の心の片隅に温かく残っていた。
(なんか懐かしいな。あの頃は、こういうのも作って遊んでたしな)
はっきりと思い出せない懐かしい記憶に浸っていた暖人は、ポケットで鳴るケータイの音に気づいた。ケータイを取り出して確認すると、ソヨンからのメッセージだった。
「なになに?彼女さんからのラブレター?」
「だから、彼女じゃないって!」
軽く優芽にツッコんだ暖人は、ソヨンからのメッセージを確認する。
「わ、分かった。こ、心の準備して行くわ」
ソヨンからのメッセージには、わざわざ確認しなくても、震えていそうな彼女の姿がありありと思い浮かぶ。
「うわ……めっちゃ震えてるじゃん……」
「俺も思ってはいたけど、それを口に出すな」
優芽にもう一度軽くツッコんだ暖人。暖人は、普段は何気なく自分を攻めてくる彼女が、なぜこんなに震えているのかを考えた。
(優芽がいるからかな……)
この時点で彼女の反応に影響を与えている要素は一つだけ。それは優芽の存在だと暖人は考えた。いくら友達だとしても、友達の家族に会うのは気まずいかもしれない。ソヨンにとっても、暖人の
「俺がフォローするから。そんなに緊張しなくていいからな」
返信を送った暖人は、ケータイをポケットにしまった。そして、なぜか静かにしている優芽の方を見ると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて暖人に話しかけてきた。
「面白い姉さんだね~。この妹ちゃんは愛する兄ちゃんのために、彼女さんが来たらちゃんと空気を読んで席を外すからね。」
「だから彼女じゃないって!!」
優芽の言葉に叫びながらツッコミを入れる暖人。すると、優芽は暖人をからかうように笑みを浮かへ、舌を出して挑発する。それを見た暖人は、彼女を捕まえて
「つかれたー」
「お兄ちゃんが爆走したからじゃん」
「お前がそんなこと言うからだよ」
「あたし、変なこと言ってないし」
「お前言ったし」
こうして言い合いを続ける二人。優芽と暖人は部屋を片付けた後、少し休憩するため、外に出た。二人が向かった先には、屋台が立ち並ぶ賑やかな通りが広がっていた。人々はそれぞれ食べ物を楽しんだり、ケータイを見たりしていたが、二人が通るとちらちらとその様子を見ていた。
「結構こっち見られてるよね。お兄ちゃん、あたし、こわ~い」
「お前がそんな恰好だからだよ」
「いや~ん、みんな、あたしの可愛いさに惚れちゃったのかな」
優芽は暖人にとって、ただの可愛い妹に過ぎない。しかし、家族以外の人が見たら、優芽は確かに魅力的だった。大きな目とさらりとする黒髪、小さな顔立ちと整った顔のパーツ、スタイルの良さも際立っていた。しかし、人々が彼女を見つていた理由は、それだけではなかった。
「お前、そのダサい服はちょっと捨ててよ」
優芽が着ている服は、子供が着そうなウサギの絵が描かれたTシャツ。普通なら部屋着ほどのもので、外出用としてはあまり選ばないデザインである。優芽は暖人のツッコミを軽く受け流しながら言葉を返した。
「いや~、ここは知り合いもいないし、気軽に部屋着で外出できて最高だね~」
人々の視線を気にする様子もなく、伸びをする優芽。暖人はそんな優芽を見てため息をついた。しばらく歩いたところで、優芽が暖人に話しかけた。
「ねね、お兄ちゃん。あたし、それ食べてみたい」
優芽が指さした先には、ソヨンと一緒に訪れたことのあるマーラータンのお店があった。暖人は嫌な記憶でも思い出したように顔がこわばった。それを見た優芽は、怪訝そうに暖人に問いかけた。
「どうしたお兄ちゃん?」
「いや、なんか嫌な記憶が……ってか、これ食べたことある?」
「いやー、ないね。でも、JKに韓国はめっちゃ流行ってるから。韓国でマーラータンが人気って言うからちょっと食べてみたくなっちゃってね~」
最近、韓国も日本もお互いの文化に大きな影響を与えながら交流している。JKである妹も、その影響を受けているのだろう。食べたいと言っている妹を無視するのは、兄としてありえない。暖人は店に入り、辛いものが苦手な優芽のために、一番辛くない味でテイクアウトを頼んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふうぅ、大丈夫!頑張れ、私!」
深く息を吸い込んだソヨンは、両手で自分の頬を軽く叩いた後、暖人の家の玄関のドアをノックする。
「すみませーん。ごめんください」
すると、ドアが開き、暖人の姿が目に入った。ソヨンは暖人の顔を見た瞬間、顔が赤くなり、目を合わせられなくなった。そして、彼女は少し震える声で暖人に話しかける。
「こ、こんばんわ……ちょ、ちょっと遅れたよね?も、申し訳ないけどすこしお邪魔するね」
暖人はそんなソヨンの様子に少し戸惑いながらも、「うん、こっちこそ急に呼び出してごめんね」と答えた。すると、食卓でマーラータンを食べる準備をしていた優芽が、バタバタと走ってくる音とともに急いで飛び出してソヨンに挨拶をした。
「あ、初めまして!
「あ、初めまして。お食事の最中に大変失礼いたします。イ・ソヨンと申します。暖人さんにいつもお世話になっております。どうぞよろしくお願いいたします」
「まだ食事の前なので、どうぞ気にしないでください!もしよろしければ、一緒に食べませんか?」
「いえいえ、こんな遅い時間にお邪魔するだけでも失礼ですので……お気持ちはありがたいのですが、さすがに遠慮させていただ……」
(ぐうううぅぅぅぅぅっ)
その瞬間、ソヨンのお腹が大きな音で「ごはんちょうだい!」と叫んでしまった。瞬間的にソヨンの顔が真っ赤になり、彼女は深くうつむいた。
「あっ……ああ……」
「どうやら少しお腹が空いているみたいですね……どうぞお入りください!」
「ええ……申し訳ありません。それでは、お邪魔させていただきます……」
ソヨンは顔を赤らめ、目に涙を浮かべながら、申し訳なさそうに答えた。そして彼女は靴を揃え、逃げるようにさっと中へ入っていった。
「へぇ?韓国はそうなの?」
「そう!韓国では自分より年上の人なら関係なく
「じゃあ、あたしはソヨンちゃんのことをソヨンオンニって呼んだらいいのね?」
「さすが優芽ちゃん!賢いね~」
いつの間にか二人は打ち解けて、お互いの呼び方まで気軽に呼ぶようになっていた。ソヨンの社交性に改めて感心した暖人は、前の取り皿に箸を伸ばした。
(これ、全然辛くないね)
元々辛いものが得意な暖人にとって、この程度のマーラータンでは辛さをほとんど感じられなかった。優芽は辛いものが苦手なので特に気にしていなかったが、
「これ全然辛くないけど大丈夫?」
「そうだね。確かに全然辛くないけど、これもこれなりの魅力があるっていうか……」
「え?ソヨンニーは辛いもの平気なの?」
いつの間にか勝手にソヨンのことを「ソヨンニー」と呼んでいる優芽。ソヨンはそんな優芽に優しく微笑んで答えた。
「うん!辛いもの大好きだよ!この前、暖人くんと一緒にマーラータン食べに行ったけど、暖人くんが一口食べて気失っちゃってね~」
「一口で気失ってねぇ。それに、お前が勝手に激辛にしたからじゃん」
暖人がその件について言い訳でもしようと、ソヨンの言葉にツッコむ。その様子を見た優芽は、ソヨンと暖人を交互に見ながら、口元に小さな笑みを浮かべて訊く。
「ところで二人は、どうやって付き合うことになったの?」
ある
「「付き合ってないし!」」
「へぇー?そうなの?」
二人の反応を面白いと思いながら、笑みを浮かべた優芽はソヨンに尋ねる。
「じゃあ、ソヨンニーはお兄ちゃんのことどう思ってるの?」
ソヨンはハッとし、少し恥ずかしそうに暖人の目を逸らしながら優芽に答えた。
「そ、それは、もちろんいい友達だと思ってるよ。暖人くんは優しいし、人として好きって感じかな……?」
「じゃあ、なんで「心の準備して行くわ」とか言ったの?」
優芽は少しいたずらっぽい顔でソヨンに質問した。優芽の質問を受けたソヨンは暖人に送ったメッセージを思い出した。そして、少し顔を赤らめながら、どうしてそんなメッセージを送ったのかを説明した。
「そ、それは、男の家に行くの初めてだから……それに暖人くんが『夜でもいいから』とか『フォローするから』とか言ってたし……」
ソヨンは落ち着かない様子で、優芽の質問に答えた。その話を聞いていた暖人は、自分が送ったメッセージを思い出して、口を開いて言葉を発した。
「あ、それなんだけど、もしお前が優芽のことを気まずいって思ったら困るからそう送ったんだよ。それに『遅い時間じゃなければ、夜に来てもいいから』って送ってないっけ?」
暖人の言葉を聞いた瞬間、ソヨンは「え?」と声を漏らした。自分が勘違いしていたことに気づき、顔がさらに赤くなる。顔を
「
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を終えた三人。ソヨンを見送るために、暖人と優芽は玄関へ向かった。
「ところで、渡したいものってなに?」
「あ、実は優芽が来るときに引っ越しの荷物を全部持ってきちゃってさ……昨日買った家具が無駄になっちゃったんだよ……」
そう言った暖人は、申し訳なさそうな表情で箱を持ってきた。
「うわ、要らねぇ」
「ごめんごめん、悪いけど、ちょっと持って帰って欲しい」
暖人が言い終わった瞬間、何かに押されて玄関の外に押し出された。
「ここは男らしく、お兄ちゃんがソヨンニーを送ってきなよ!」
優芽は暖人にそう言って玄関のドアをバタンと閉めた。
「それじゃ!ソヨンニーバイバイ!今日は楽しかったよん~」
「ありがとうね!バイバイ、優芽ちゃん」
ソヨンは笑いながらドアの向こうの優芽に挨拶をした。暖人は固く閉ざされたドアを見つめ、ため息をつく。
「あいつ……」
「優芽ちゃんも言ったでしょ?ほら、男らしく私をエスコートして」
ソヨンは笑顔で暖人の前を通り過ぎた。暖人は再びため息をつき、彼女の後を追った。
「優芽ちゃん、すごくいい子だね」
暗くて静かな道を歩く二人。その静寂を破るのはソヨンの声だった。
「そうかな。まあ、一応悪い子じゃないからね」
暖人は優芽のことを深く考えたことはない。しかし、彼女が悪い子だと思ったことはなかった。むしろ、高校生になるまで自分に親しくしてくれた妹に感謝している。ソヨンもそんな優芽をいい子だと思っていたのだろう。ソヨンは暖人の心を全部理解しているように、話を続けた。
「実は、私も弟がいるんだ。優芽ちゃんと同い年の高校生なんだけど、留学してるんだよ。そういえば、もうすぐ帰ってくるって」
ソヨンにも弟がいたのか。だから、ソヨンは優芽と短時間に仲良くなれたのかもしれない。そんなことを考えている暖人に、ソヨンは一つの提案をする。
「いいこと思いついたけどさ!今度、優芽ちゃんと一緒に遊園地行って来なよ!暖人くんも韓国の遊園地は初めてでしょ?きっと、いい思い出になると思う!」
そういえば、暖人も韓国の遊園地は初めてだ。きっと遊園地なら遊び好きの優芽も喜ぶだろう。暖人は優芽に素敵な思い出を作ってあげるためにも、ソヨンの提案を受け入れることにした。
「そうだね。うん、そうする。ありがとう」
いつの間にか、あの二人はソヨンの家の前に着いていた。ソヨンは暖人に感謝の言葉を伝え、箱を持ってマンションの入り口へ去っていく。暖人はそんなソヨンを見送り、後ろを振り返って自分の家へ向かった。
「ただいまー」
「おかえりー。ソヨンニーはちゃんと見送ってきた?」
「ちゃんと見送ってきたよ。ってかお前、わざとだったよな?」
「なにが~?」
知らないふりをして笑う優芽。暖人はため息をつき、彼女を無視することにした。手を洗うために洗面所へ向かう途中、暖人は優芽の方を振り返り、彼女に訊いた。
「お前さ、韓国の遊園地とか興味ある?」
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