最終話 交際していた当時のラベルデザイン

 あの女性と言葉を交わしてから一年ほどが過ぎた。


 あの日以来、あの女性を見かけることはなかった。


 しかし、その日以降も僕の頭の片隅からあの女性の姿が消えることはなかった。


 それが何を意味するのか、僕には全く分からなかった。



「今、何しているのかな、あの子……」



 無意識に寂しげな声を漏らし、僕は蒸し暑い夕方の道を進んだ。




 八月、僕は一人であの街にやってきた。


 あの女性に会うためではない。


 以前から読みたいと思っていた本を購入するために、街を訪れた。



「ありがとうございました」



 僕は二冊の本が入った袋を右手に提げ、書店を出る。


 しばらく進むと、大通りに出る。


 僕は大通りに立ち並ぶきれいな緑を眺めながら、歩みを進める。


 僕の目に映る緑は、あの公園の緑に似ていた。



 書店を出てから数分が経った頃、見覚えのある女性の後ろ姿が僕の目に飛び込んできた。


 その瞬間、僕は一度足を止める。



「あの子に似てる……」



 僕が言葉を漏らすと同時に、今度は反対側の大通りを眺める一人の男性の表情が僕の目に飛び込んできた。


 やがて、男性の表情が僕の目に映る。


 

 僕は女性が男性と言葉を交わす姿を見て、あることを察する。


 すると、僕の頭の片隅に浮かんでいたあの人物の姿が徐々に消え始める。


 十数秒後に女性の姿は完全に消え去る。


 それからすぐ、僕はゆっくりと目を閉じ、僅かに口元を緩める。


 

 そういうことなのだろう。


 そのように僕の心が言葉を発すると、瞼がひとりでに開く。


 僕の視界は一気に明るくなり、あの女性の後ろ姿が再び映る。


 僕はしばらく女性の後ろ姿を眺め、口を開く。



「幸せになってくださいね……!」



 寂しさのこもった囁くような声で女性に言葉を贈り、僕は知らない人物を装い、二人の元を通り過ぎる。


 二人の元から数歩進んだ時、僕の背後から男性の声が聞こえてくる。



「どうしたの? 知ってる人?」



 男性の問うような声から数秒間の間の後、女性が口を開く。


 

「ううん……似てる人……」



 女性の言葉が聞こえた瞬間、僕は再び足を止めると、左肩越しに背後に視線を向ける。


 そこには、一年前にあの公園で会ったあの女性の姿があった。


 彼女はどこか寂しげな眼差しで僕を見つめていた。




 あの女性と交際していた当時のラベルデザインに戻ったホットミルクティーのペットボトルを右手に携えて……。


 

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