第十一話 「あの男性によく似た人」
「『会いたい人』……ですか?」
僕が尋ねると、女性は照れたような笑み浮かべ、小さく頷く。
そして、女性は木々の緑をどこか懐かしそうに眺める。
いや、何かを後悔するように。
女性は僕に視線を戻すと、こう口を開く。
「私から別れを切り出したんです。だけど彼と離れて以降、心にぽっかりと穴が開いたような気分が続いてしまって……別れを告げたことを後悔したんです。そんな日が続いた雨模様のある日、傘を差して歩いていたら、あの人によく似た人を見かけたんです。大学時代まで交際していたあの
彼女の言葉を聞き、僕は雨の日のあの日を思い出す。
気付いていた……。
僕の心が無意識に言葉を漏らすと、女性は笑みを浮かべる。
「あの日以降、あの人とのデートの待ち合わせ場所だった公園を訪れました。もしかしたら、あの人に会えるかなと思って……」
彼女の言葉からすぐ、僕は自身の顔が赤くなる感覚を覚える。
女性は笑みを浮かべたまま、再び木々の緑を眺める。
僕の目に映る彼女の横顔は、どこか満足げだった。
女性はしばらくして、ゆっくりと目を閉じ、過去を思い出すように時折頷く。
それからすぐ、ゆっくりと目を開けると一瞬だけ右手に携えたペットボトルを見つめ、そのまま僕に視線を移す。
彼女の瞳は、何かを惜しむように僕を見つめる。
やがて、女性の口が開く。
「あの人は現れないようですし、そろそろ帰りますね。私、これから約束がありますから」
女性はそう話すと、再び両手をお腹の辺りで組む。
そして「それでは」という言葉からすぐ頭を下げ、僕に背を向け、歩き出す。
「あ、ちょっと……」
僕が右腕を伸ばした時には、女性は公園を出ようとしていた。
僕の足は何故か動かない。
僕はゆっくりと右腕を下げると同時に、女性の姿が見えなくなった。
すると、僕の口が無意識のうちに動く。
「約束……」
そう言葉を漏らした僕は、木々の緑を眺める。
どこか、哀しげな表情を浮かべながら……。
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