第十話 「一度だけでもいいんです……」
僕の目の前に立つ女性は、やさしい笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
僕達は言葉を発することなく、ただ見つめ合う。
いや、僕の場合は、照れのようなものから口を開くことができないだけなのかもしれない。
しばらくし、やさしい風が木々の緑と僕達の髪を揺らす。
すると、そのやさしい風に促されるように、僕の口が無意識のうちに開く。
「あ、あの……この公園には、よく来られるんですか……?」
言葉を発した瞬間、僕は思わずそう尋ねたことを後悔し、顔を僅かに俯ける。
聞いてどうするんだ……聞いて何になるんだ……と。
女性は不審に思っているに違いない。
そのようなことを心の中で呟きながら、僕は恐る恐る、顔を上げる。
しかし、視線の先には、やさしい笑みを浮かべながらこちらを見つめる女性の姿があった。
女性は一瞬だけ目を閉じると、木に右掌を当てる。
そして何かを思い出したように、木々の葉に視線を向け、女性は木からゆっくりと右掌を遠ざける。
そして改めて僕と正対すると僅かに顔を俯け、寂しさの窺える笑みを浮かべながら、口を開く。
「ええ……会いたい人がいて……」
彼女の寂しさのこもった声を聞き、僕の心の中にある思いが生まれる。
それからすぐ、女性はゆっくりと顔を上げ、言葉を繋ぐ。
「一度だけでもいいんです……あの人に……」
彼女の言葉からすぐ、太陽は木々の影を、そして枝の影の間に映る僕達の影をよりはっきりと映し出した。
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