第二話 自分のために
「天照大御神―お前の前世だ」
目の前の大男は確かにそう言った。
天照大御神?僕の前世?いったいどういう事だ?
神話の本はたくさん読んでいるけど、どの本を見ても天照大御神は女神だと書いてあった気がする。
「天照大御神である俺が、なぜ男なのかって?」
僕はこの疑問をまだ口にしていないのに、目の前大男は、ニヤリと笑って僕の考えを当てて見せた。
「当たり前だろう。お前は俺の転生先だ。つまりお前は俺で、俺はお前。分かろうとすれば、お前の考えなんて手に取るように分かる」
またしても僕の考えを当て、今度は回答して見せた。
そして混乱する僕をよそに、一つ目の質問への回答を始めた。
「お前らの文化に『スマホゲーム』ってあるだろう?」
スマホなんて触った事もない僕だけど、聞いた事くらいはある。クラスの人がよく話しているから、嫌でも耳に入ってくる。そのスマホゲームがどうしたと言うのだろう。今の話とは関係ないように思えるが。
「そのお前のクラスメイト、『織田信長可愛い』やら、『ベートーベン可愛い』やら偉人や武将を可愛いって言ってるだろう?」
そういえば確かに言っている。でもそれは肖像画を見て言っているのかと思ってたけど…。
「お前それ本気で言ってるのか?」
天照大御神さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに「まぁ無理もないか」と話を続けた。
「肖像画も見る人が見れば可愛いんだろうが、あいつらが言ってるのは違う。スマホゲームでは、実際の偉人や武将を美少女にして、キャラクターとして売り出すことがあるんだ」
つまり天照大御神は美男子に改変されたと言う事だろうか。でも誰に…。
なんだか的を射ているようで、モヤっとしている回答だ。
「半分正解ってところだな」
「俺たち神は、人間を創ったと言われているが、それは逆なんだ。お前たちが神を創った」
神様本人が元も子もない事を言うものだ。確かにいじめっ子たちが僕をいじめて団結力を高めるように、昔の人たちも信仰対象を作る事で、救われてきたのだろう。
なんとなく話が見えてきたような気がする。
天照大御神は元々男神だったけど、女神に改変された。と言う説も見たことがあるような気もする。
神は人によって創られたのなら、性別だって、服装だって、内面だって、人それぞれなのかも知れない。
誰も会ったことがないのだから。
「そう言うこと」
天照大御神はニヤリと笑って言った。
「まぁ、俺は在るように在るだけだ。なんせ神だからな」
そう言って豪快に笑って見せた。
神様とはいえ、意外と親しみやすいのかもしれない。誰かと話そうとすると、いつもビクビクして変な汗が出てくる僕だけど、なんとなく一緒にいて心地よい。
それは僕の前世だから?
僕は一番の疑問をぶつけてみることにした。
「天照大御神…さん?」
神様と会話をするのは、たださえ少ない人と話す機会よりも、さらに少ない。0だ。
なんとお呼びしたら良いものか。言葉が詰まる。
「アマテラスでいい。それと、タメ語でいいぞ。堅苦しいのは嫌いだからな」
アマテラスでいいと言うのはありがたい。毎回天照大御神と呼ぶのは少し疲れると思っていた所だ。
「僕の前世ってどう言うこと?神は死んだの?」
気を取り直して、僕は疑問をぶつけた。タメ語で。
「そうだな…。時間がないから端的に話すぞ」
時間がないというのは、この空間にいられる時間が少ないということなのだろうか。
僕は集中して話を聞く体勢に入る。
俺たち神が暮らす世界。人間に福をもたらす神が住む天界、そして人間に災いをともたらす神が住む冥界は、戦争で滅んだ。詳しい話は後々するとして、とにかく、そこで暮らしていた神々や生き物は全員漏れなく死んだ。そして転生した。
輪廻転生と言って、死んだ生き物は新しく生まれ変わるという循環をくりかえしている。通常、新しく生まれ変われば、ほとんどの場合、前世の記憶というものは残らない。しかし、俺たち神の記憶は残る。記憶だけじゃなく、力までも引き継げるんだ。
しかし、それに気づかないうちに人生が終わる奴がほとんどだった。
そこで、冥界の神々。俺たちの敵は来世の人間に干渉し、人間の姿で悪行始めた。最近起きている事件の一部も、そいつらの仕業だったりする。
それに対抗し、天界の神々も人間に干渉を始めた。
「ふぅ…。こんなところか」
ひとしきり語り終えると、アマテラスはほっと息をついた。
神々の戦争。スケールがあまりにも大きすぎる。
「さっきお前が襲われたのは、"フェンリル"と言う獣の霊体に、何者かが実体を与えたのだろう。俺の転生先であるお前を喰い殺すために、"聖域せいいき"へと誘い込んだんだ。あいつを倒せば元の世界へ帰れる。そして、俺もお前を助けるために誘い込んだんだってわけだ」
フェンリル。神話の本だ読んだことがある。神様を食べちゃったと言われてるくらい大きな獣だ。僕を食べようとしていたと考えると、恐ろしい。
少し小さいのは、仮の姿だからなのだろう。
「疫病神と言われる人間の前世がこの天照大御神だとは、驚きだな」
アマテラスは豪快に笑う。正直僕にはあまり笑えない。
そんな様子を察したのか、アマテラスは軌道修正するかのように言った。
「そろそろ時間だ」
僕は光に包まれ、さっきまでいた世界に帰って来ていた。
「おーい。聞こえるか?」
アマテラスの声がする。
僕は辺りを見回すが、アマテラスの姿は見当たらない。
「お前の頭に直接語りかけてるんだ」
流石に神と言った所だろうか。
「実はこれはお前の能力なんだ」
僕の能力?
「前世の記憶を引き出す能力。みんなは"権能けんのう"って呼んでるな。お前の権能は、"前世と対話をすること"なんだ」
前世と対話をする。つまりアマテラスと対話をするということか。中々心強い能力だ。
「奴だ」
「ガルルルルルルル…」
獣は喉を打ち鳴らしながら、様子を伺うように円を描くように僕の周りを歩く。
僕もそれに合わせて動き、間合いを管理する。
辺りに緊迫した空気がたちこめ、僕は鼓動が高まっているのを感じる。
「お前は戦闘経験が皆無だからな。まずは手本を見せてやる」
アマテラスは自慢気に言う。
僕は格闘技どころか、スポーツでさえ体育以外で経験がない上に、その体育でさえおぼつかない。自分で言ってて悲しくなるが、運動音痴というやつだ。
お手本を見せてくれるのはありがたいことだが、アマテラスは僕の頭の中にいるはずだ。一体どうするというのだろう。
「お前の身体を借りさせてもらう。お前の安全を考慮すると…2秒ってところだな」
身体を借りる?僕の安全?不穏な単語が聞こえてきた。
「細かい説明は後だ」
僕の思考を遮るように言った。
「来るぞ!!」
けたたましく、よく通る声だ。頭の中によく響き渡る。思わず僕の体が引き締まる。
獣は大地を蹴って一気に距離を詰めてきた。
アマテラスはただ黙って相手を見ている。
鋭く目を輝かせ、牙を剥き、一気に距離が近くなる。
体が鉛のように重い。恐怖で動かなくなったのだ。冷や汗が頬を伝うのを感じる。
「ガルルルルルルル!!」
口を大きく開き、噛みつきの準備に入ると、ギラギラと輝く無数の大きな歯が露わになる。
お手本ってどうやって…。このままでは死んでしまう。
僕はそっと目を閉じた。
「俺を信じろ」
そんな声が聞こえた時、急に体が軽くなるのを感じた。
恐る恐る目を開くと、監視カメラのように自分の姿を見ることができる。
困惑している僕をよそに、僕は、僕とは思えないほどの身のこなしでふわりと宙を舞い、体操選手のように身体を捻って獣の攻撃を回避して見せた。
そして獣の背後に着地し、回し蹴りを繰り出した。
獣は数十メートルほど吹っ飛び、ビルにぶつかる。建物はボロボロと崩れ落ち、粉が舞っている。
わずか2秒足らずの出来事だ。
「返すぞ」
アマテラスの声だ。何も起こらなかったように平然とした声である。すると、吸い込まれるような感覚に陥った。
「ハッ!?」
僕は慌てて自分の手を視認し、顔、腰、太ももなど、体の隅々をベタベタと触って確認する。当然自分の姿を視認することはできない。いつもの視点に戻った。
僕は安心したようにほっと息をつく。
「予想していた事だが、お前の身体だと力が入らんな」
アマテラスは少し不満気な様子だ。
「本来の姿なら、あんなやつ小指で十分なのに」
僕は思わず固唾を飲んだ。アマテラスは獣をあれだけ吹っ飛ばしておいて、万全じゃないと言うのだ。本来の力はどれほど強いのだろうと考えると、恐ろしくなった。
「まだ倒したわけじゃねぇ。油断するなよ」
僕は獣の方を見ると、ビルに埋まった体を抜き出そうともがいている。
「ど、どうしよう…。さっきのもう一回やる?」
「残念だがそれは無理な話だ。これ以上はお前がお前でなくなる。せいぜい数時間は空けなきゃダメだ」
アマテラスは冷淡に言う。じゃあ一体どうすればいいと言うのか。
「そう慌てるな。俺にはいくらでも勝算がある」
アマテラスはニヤリと笑って見せた。できればその勝算とやらを勿体ぶらずに聞かせて欲しいものだ。
「お前、何か気づくことはないか?」
何か気づくこと。特に何も変わらないような気がするけど。
「ちょっと跳ねてみろ」
言われるがままに僕はジャンプをした。
するとどうだろう。あまり力を入れてないのにも関わらず、僕1人分くらい跳ねた。
自分の身体とは思えないくらい軽い。
「そう。お前の体は格段に軽くなっている」
一体なぜ。僕の権能は「前世であるアマテラスと対話をすること」そしてさっきそうしたように、「アマテラスに僕の身体を2秒間を貸せる」というものだ。
身体能力を底上げすると言うものではないはず。
「記憶は大きく3つに分けられる。と言うことを知ってるか?」
神様の本以外も読んだことがあるから、少しくらいは見たことがある。メジャーなところで言えば、「短期記憶」「長期記憶」そして「感覚記憶」だろうか。
「流石物知りだな」
アマテラスは大袈裟に褒める。
まるで自画自賛するように。事実、自分だからなのだろう。
「今回の場合、一番重要なのが長期記憶だ。この長期記憶は、さらに分類することが出来るんだ」
どんどん枝分かれしていくような感じだろうか。流石にそこまでは見たことがない。
「数が多すぎるから全部の説明はしないが、その中に"手続き記憶"と言う物があるんだ。いわゆる、体が覚えている。と言うやつだ」
体が覚えている。つまり歩き方とか、箸の持ち方とかの、無意識に出来る動作という感じのことだろうか。
「そういうこと。2秒間お前の体を借りて動作を行った。脳は別だから記憶の共有はしてないが、身体は共有しているからな。お前の体が覚えた。というわけだ」
つまり僕も、体操選手顔負けの捻り技を繰り出せるというわけか。なんだかうれしくなった。
「スタミナは増えないからな。気をつけろよ」
流石にそんなに甘くはないか。僕は落胆したような気持ちになる。それと同時に、いくらバック転やらが出来るようになったところで、僕はすぐに疲れてしまうままなら、ちゃんと戦えるのだろうかと不安も感じた。
「俺がアシストしてやるからそこは安心しろ」
アマテラスは前世で幾つもの修羅場を潜り抜けて来たのだろう。きっと信頼できる。
これで戦える。僕は高まる気分を抑えるのに必死だ。
「しかしだ」
アマテラスは今までにないくらい厳しい表情で言った。
「お前は元々死にたいと思ってここに来たはずだ。俺は半端な覚悟の奴には手を貸さねえ。いまならまだ選べる。あいつに喰われて死ぬ事も、あいつを殺して生きる事も」
僕はハッとした。
生きる事も、死ぬ事も、僕の自由…。
僕は死ぬほんの直前、アスファルトに頭が衝突するその瞬間、「生きたい」って思えた。
そしたら、この世界に連れてかれて。あの獣と遭遇して。僕は獣から死に物狂いで逃げて、抵抗した。
それも死にたくないって思えたから。
―でもそれは都合が良すぎるのだろうか。第一、生きてどうすると言うのだろうか。アマテラスの力で生きながらえて、幸せになるなんて許されるのだろうか。
両親が亡くなって。身寄りのない僕を引き取ってくれた叔母さんは、僕のせいで不幸になった。叔母さんだけじゃない。従姉妹だって、僕のせいで誘拐事件に巻き込まれてしまった。そもそも両親が交通事故に遭ったのだって僕のせいだろう。
いるだけで人を不幸にしてしまう僕は、生きてはいけないんじゃないだろうか。
叔母さんは僕のせいで何もかも失った。僕が生きてれば、もっと不幸になる。僕が死ねば…。
「お前は俺の来世のくせに"いつも他人のことばかり"だな。まぁお前が望むなら止めないけど」
いつと他人のことばかり…?
その言葉がズキンと胸に突き刺さった。
何かを思い出そうとしてる。
「自分の心に従うんだよ」
アマテラスの声じゃない。
優しい女性の声。
―お母さんの声だ。
ずっと昔の事だけど、はっきり覚えてる。
お母さんとお父さんが交通事故に遭う少し前。僕が幼稚園年少の時の事だ。
「か、返してよ」
園庭の、あまり人が来ないところだ。
女の子は涙目になりながら、奪われたクマのぬいぐるみを取り返そうとするが、大柄の男子は大きく手を挙げて遠ざける。
「返して欲しけりゃ取り返してみろよ」
女の子の手の届く高さに持って来てかと思えば、釣りのようにヒョイっと届かない高さに戻す。そして、取り巻きの方へ投げる。
取り巻きは見事キャッチして女の子を挑発している。
そして同様にした後、別の取り巻きに投げ、その取り巻きは大柄な男へと返す。
僕はそんな様子を遠くから見ていた。
助けに行きたい。でも足が動かない。
「キャッ…!!…うぅっ…」
女の子は転んでしまった。
その場に蹲って静かに涙を流す。
その様子をいじめっ子たちは笑って見ている。
そして、クマのぬいぐるみを地面に叩きつけ、踏みつけようと足を上げる。
「いやっ…やめて…!!」
少女は立ち上がろうとするが、足を擦りむいている。
このまま見て見ぬふりをするのかと、僕は自分の心に問いかける。自分の心臓が耳元にあると錯覚するほど、鼓動が高鳴るのを感じる。
気がついたら、僕は走り出していた。
「だ、だめだよ…!この子泣いてるじゃん…!!」
声が震えている。声だけじゃない。全身生まれたての子鹿みたいに震えている。
「なんだお前」
大柄な男子は踏みつけようとするのをやめて、僕を睨む。僕は蛇に睨まれたカエルのように固まる。
「お前には関係ないだろ」
僕は突き飛ばされ、尻もちをつく。
「―ッ…!!」
手を擦りむいた。
でもこの子の痛みに比べれば、全然―。そう言い聞かせて、僕は今にも泣き出しそうな声を抑える。
「せんせーが来た!!」
見張りをしていた取り巻きの1人が来た。
「やべ!!」
「逃げろ!!」
いじめっ子たちは、蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げて言った。
「…」
その場に沈黙が広がる。
僕は女の子に手を差し出した。
「ありがと…」
女の子は震えた声でそう呟いて僕に身を任せて立ち上がった。
女の子は僕に目を合わせようとしない。
「先生に言いに行こ?」
「私…もっと意地悪されちゃう…」
脅されているのだと分かった。
そして、この子はずっと耐えて来たんだって。
勝手に先生に言うのは、この子のためにならない。
「じゃあ、先生に手当てしてもらお?転んじゃった事にしてさ?」
2人で怪我を見せに行ったら、怪しまれるかも知れない。でも僕が転んだ君を先生に見せに来た。そうすれば怪しまれない。
僕はできるだけ笑顔でそう説明した。
「…」
女の子は中々首を縦に振らない。
きっと優しい子なんだ。僕が手当てしてもらえない事を心配してくれてる。
「僕は大丈夫」
何度もそう言って、やっと納得してもらえた。
手を繋いで、2人で先生の所に行った。
女の子を先生に差し出して、僕は一人で行くべき所に向かった。
「あの子を…虐めるのはやめて…!!」
やっぱり声が震えている。
「あぁ?」
大柄な男子は僕を睨んだ。
取り巻きはくすくすと笑っている。
「お前はさっきの」
大柄な男子は僕をジロジロと見る。
そしてニヤリと笑って言った。
「分かった」
僕は嬉しかった。
しかしすぐにどん底に突き落とされる事になる。
「お前が代わりになれよ」
その日から、地獄のような日々が始まった。
毎日あの場所に連れて行かれて、殴る蹴るの暴行を受けた。
そんな日常が続いた。
ある日の家での事だ。
「その怪我、どうしたの?」
お母さんに怪我を見られた。
前見られた時は、転んだって言った。今回も。
「転んじゃったんだ」
できるだけ笑顔で言ったつもりだった。
「また、転んだの?」
お母さんは不安そうに言う。
「…」
黙っちゃダメでしょう。ここで黙ったら、「嘘をついてます」って言ってるようなものじゃん。
だけど言葉が出なかった。
その代わり、涙が出てきた。
そしたら、急に締められてる感覚になった。
だけどすごく暖かくて、心地よかった。
お母さんが抱きしめてくれた。
「私を信じて。本当の事を教えて。お母さんは颯人の味方だよ」
僕は全部話した。
お母さんは全部聞いてくれた。
「気づかなくてごめんね。言ってくれてありがとう」
お母さんも泣いていた。
お母さんを悲しませてしまった。僕は間違った事をしちゃったのだろうか…。
「颯人は正しい事をしたよ。お母さんの自慢だよ」
頭を撫でてくれた。
報われた気がして、すごく心地よかった。
「颯人。迷った時は自分の心に従って。きっと颯人の本当の気持ちを知ってるから」
ありがとう。お母さん。
当時の僕には難しくてはっきりとは分からなかったけど、今ならよくわかる。
僕は自分のために死にたいんじゃないんだ。
誰かに不幸になって欲しくないから死にたいんだ。
だけど僕の心は生きたがってる。
生きてどうしたいとか、全然分からないけど。
ここで終わりたくない。周りを不幸にしてしまうかも知れない。それでも、自分の力じゃなくたって、前世の力だって。手を差し伸べてくれる存在がいるなら、我儘を受け入れてくれる存在がいるなら。
「アマテラス…!!僕は生きたい…!!力を貸して!!」
「流石俺の来世。お前ならそう言ってくれると信じてた。」
アマテラスはニヤリと笑って言った。
アマテラスの一言一言には余裕があって、安心感がある。今だってアマテラスに助けてもらったからこそ、生きている。
―信用出来る。
「よろしく。アマテラス」
僕も笑って言った。
「よし、その意気だ。いくぞ!!颯人!!」
獣はビルから体を抜き出し、こちらは近づいて来ている。車よりも速いくらいだ。
ジリジリと距離が近づいて来る。
「ガルルルルルルル!!」
獣は咆哮を上げる。僕は怯みそうになる。
僕は深呼吸をして恐怖を振り払う。
信じるんだ。アマテラスを信じる、自分の心を!!
「あいつは近接攻撃しかしてこない。だからあいつから目を離すな」
僕はじっと獣を観察する。
集中するんだ。そう自分に言い聞かせる。
獣は直線的に走って来る。
そして後数メートルになった時、斜めなど、不規則な動きで距離を詰めて来た。
数回ほどステップを踏むと、大地を蹴って飛びかかって来た。
「ギリギリまで引きつけて避けろ。そして後隙を狩るんだ。」
獣は爪での斬撃を繰り出してくる。
空気を断ち切るような音が響いて、ゾクゾクとする。
一回、二回。僕は後ろに下がって回避をする。
「今だ!!」
そして三回目。僕は大地を蹴って高く飛び、身体を捻りながら獣を飛び越える。
そして獣の背後に着地し、回し蹴りを繰り出す。
アマテラスが手本を見せてくれたように。
僕はルーティーンかのように一連の流れこなすことができた。
獣は数十メートルほど吹っ飛んだ。
しかし、今度は体勢を立て直す。
着地をする。足が擦れ、土煙が立つ。
「追撃を入れるぞ」
僕は一気に距離を詰めて、回し蹴りをした。
足の裏が獣の顔に当たり、足にずっしりと重みが伝わるのを感じる。
獣はビルに衝突し、動かなくなった。
「馬鹿の一つ覚え、いやこの場合は天才の一つ覚えだな。上出来だ」
アマテラスは得意気に言う。
僕はその場に座り込んでしまった。
すっかり安心して、どっと疲れが押し寄せてきた。 1500メートルを走り終わったみたいに息が上がっている。
「お疲れさん」
アマテラスの声が聞こえた。
そこで僕の意識はそこで途絶えた。
目が覚めると、元の世界に戻っていた。
僕はむくりと身体を起こす。
長い夢を見ていたような気分だ。
夢…?さっきのは夢だったのだろうか。
「夢じゃねぇよ」
アマテラスの声がした。
だけど頭の中でじゃない。
僕の手元からだ。僕は手に持っていた鏡を見ると、そこにはアマテラスの姿があった。
「戦いの時以外はここにいるから、いつでも話しかけてくれ」
常に頭から声がするのは、流石に迷惑だからありがたい。
僕は鏡をポケットにしまった。
これからどうしよう。
取り敢えず家に帰ろうか。
辺りを見回す。ひたすらに走ったから、ここがどこなのかは分からない。来た道を戻る事にした。
そういえば、どうして僕はこの場所を自殺に選んだのだろうか。
まるで誘い込まれたみたいだ。
僕は思い出そうとしたが、頭が回らなかった。
今日は疲れたのだろう。詳しいことは明日考えよう。
僕は家に向かって歩みを進めた。
颯人が飛び降りようとしたビルに人影がある。
「あーあ…。後ちょっとだったのに。残念」
少年は家に向かって歩く颯人を眺める。
「生きちゃったか…。まぁいいや。別な手で殺そう」
そう呟いて闇の中に消えて行った。
数十分歩いて、家に着いた。
もうすっかり深夜で、警察に見つかっていたら、やばかっただろう。
僕は鍵を差し、捻る。
しかしガチャリと音を鳴らさない。
―鍵が開いている。
僕は嫌な予感がして、慌てて家の中に入った。
靴を脱ぎ捨てて慌ててリビングに向かう。
すると、腹部に包丁が刺さり、血を流して倒れている叔母さんの姿があった。
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