家族とコンビニの木村くん

 父の病室には、母と姉がいた。


「間に合ったわね。

これから、担当医の先生からお話があるから、移動するところだったの」


そう言われて、早々病室から連れ出された。

二階の手術室の手前にある小さな部屋で、しばらく待たされる。


術衣を着た初老の医師が現れ、手術の成功を告げられた。

今後の治療や注意点などの説明を受け、10分足らずで終了した。

そこで、またしばらく待たされる。

看護師に呼ばれて病室に戻ると、すでに父はベッドに横たわっていた。


鼻や口から管が伸び、腕や胸にも点滴や管がいくつも付いている。

久しぶりに会う父はかなり痩せていた。

まだ麻酔で朦朧としているが、母や姉の言葉に反応はしている。


「よかったね!お父さん。

手術は無事成功よ」


「ほら!颯太が久しぶりに来てくれたわよ」


俺が父の手にそっと手を伸ばすと、父はその手を握ってきた。

父とは仲は悪くはないが、手を握るなんてそんな行為に思いもよらなかった俺は、少しうるっとしてしまった。


 父が眠りについたのを見届け、俺達は病院近くのカフェに行き、ランチをした。


「お父さん、とりあえず見通しは良いみたいで安心だね」


しばらく父の病気の話をした後で、母が気まずそうにこう言った。


「颯太、元気でやってるの?」


「この通り、元気だよ」


「でも、病室に入って来た時お酒臭かったわよ」


「お酒に走ってるんじゃないでしょうねー」


姉がそう言うと、母が姉を軽く睨みつけた。

でも、姉は話し続ける。


「まだ落ち込んでるんじゃないでしょうねー?

もう次に進んじゃいなさいよ。

こういうのは、無理にでも先に進んでみれば、良い人に出会えるかもしれないじゃない」


そういって、マッチングアプリを俺に見せてきた。

未だ独身でバリバリ働いている姉も利用しているらしい。


「俺はそういうのいいよ。

自然に任せて、それで出会いがなければ、一生独身でも全然問題ないし」


顔を見合わせる母と姉。


元カノとの婚約破棄の後の、かなりの落ち込みようの俺を知っている母と姉。

心配してくれているのはわかるが、もう少し時間が必要だ。

そう思う反面、いつまでウジウジしているんだと、自己嫌悪にも陥る。



ランチの後また父の病室に行くと、父は眠っていた。

母は病室に残った。


「今年のお正月はちゃんと帰って来なさいよ」



病院を後にして、姉との別れ際、


「もう、あんな娘忘れちゃいなさいよ!」


と、姉に言われた。

姉にあんな娘呼ばわりされると、まだちょっとカチンとくる。

たぶん、姉が言う通りあんな娘と割り切って恨む事ができれば、気持ちは楽なのだろう。




 帰り道、俺のアパートから3分程の所にあるコンビニに立ち寄る。

ほぼ毎日のように行っているので、すっかり顔を覚えられている。



理由はそれだけではない。


元カノと出会ったのがここだった。

アルバイトの大学生で、いつも溢れんばかりの笑顔で気さくで可愛い女の子だった。

毎日通ううち、会話をするようになり、名前を覚えられ、そして一緒に出かけるようになった。


元カノが保育園に就職が決まり、コンビニのバイトを辞めるタイミングで、俺は付き合ってくれと言った。

元カノは、ちょっとはにかみながら頷いた。

それからというもの、俺の部屋によく泊まりに来ていた。




 俺は、今日は禁酒だとか言いながら、ノンアルコールビールとつまみを買ってレジに行った。

レジにいたのは木村くんという同じ年頃の男性だ。

木村くんは古株だ。

なので、元カノとの事はほぼ知られている。


「仁科さん、猫飼い始めたんですか?」


不意に木村くんが尋ねてきた。





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