EP.16 俺に出来ること

空が暗くなり公園の街灯に明かりが灯る頃、俺とメルは公園のベンチに並んで腰かけ、ふみとハヤトの問題について話し合っていた。


「俺は可能ならハヤトの虐め問題を解決してまた学校に来て欲しいし、ふみにも元気を出して欲しい」


「先輩はやっぱり優しいですね、でもそれだと今度は先輩が追い詰められると私は思います」


「それは、やってみないと分からないだろ?それに、放送部が上手く回るんなら、少しくらい辛い思いをしても良いと思ってる」


「部長だからですか?」


「ああ、俺はこれでも放送部の部長だから」


俺の言葉にメルが小さくため息をついたような気がした。そしてゆっくりと立ち上がると、スカートについた砂をパタパタとはたいてからこちらを振り返った。街灯の逆光のせいでメルの表情を読み取ることは出来ない。ただ風になびくメルのツインテールだけが俺の目に映っていた。


「じゃあ明日、ハヤトくんの家に先輩1人で行ってみたらどうですか?」


「…俺1人でか」


「きっとハヤトくんは、私やふみ先輩には弱い部分を見られたくないと思います、先輩なら男同士だから、少しは話ができるかもですよ」


それは確かにそうかもなと思った。俺だってハヤトの立場なら異性には相談なんてしたくない。俺は腹を括ることにした。


「…分かった。上手く出来る自信はないけど、とりあえず明日ハヤトの家に行ってみるよ」


「はい。私はまたここで待ってるので、終わったら顔だして下さいね」


そう言うとメルは振り返り、公園の出口へと歩き出した。俺もベンチから立ち上がりズボンの汚れを手で払ってから、家に向かって歩き出した。

翌日、久しぶりに朝早く学校に行くと、部室の前にふみがいた。


「あ、おはよう」


「…おはよう、早いねけいすけ」


「そっちこそ、なんかあった?」


「ううん、ただ何となく家にいても落ち着かなくて」


とりあえず部室の鍵を開け中に入る。そして俺は昨日メルと交わした会話と、今日自分がハヤトの家に行ってみる事をふみに伝えた。


「…そっか、確かに異性に弱い所を見せるのって少し抵抗があるもんね」


「うん、だから俺がなんとかしてみるよ」


「やっぱり私がした事って間違ってたのかな?」


「…俺はそうは思わないよ。なんて言ったら良いか分からないけど、まだ何も終わってないじゃん?」


「と言うと?」


「ハヤトの事、この先どうなるかまだ分からないじゃん。間違ってたか、正しかったかなんて、全部解決した後にゆっくり考えればいいんじゃないかなって」


なんだか自分で言っておいて恥ずかしくなる。だけど、それが今の俺に言える精一杯の言葉だった。


「あはは、なんだか部長らしくなって来たね」


「なんだよそれ、最初っからずっと部長らしいっつーの!」


「はいはい、せっかく褒めてるんだから素直に喜びなさい」


「わーい」


俺の適当な返事に久しぶりにふみのパンチか火を吹いた。なんだかふみも少しだけ元気になった気がして、俺は肩の痛みすら少し嬉しく感じた。


「…えっと、何2人でイチャついてるんですか」


「!」


声のする方へ視線をうつすと、まだ眠そうな顔をしたメルがジト目でこちらを見つめていた。


「め、メルちゃんいつからそこに!?」


「…何の音も気配も感じなかったぞ」


「ふふふ、内緒です」


そうこうしているうちにチャイムが鳴り、俺たちはそれぞれの教室へと戻って行った。授業中は正直全く集中出来ず、何度か先生から注意を受けて大恥をかいた。俺の頭の中では「どうやってハヤトを説得するか」という問題のみがぐるぐると回っていて、4時間目になっても、6時間目になっても、その答えは出ないままだった。

放課後、先ずは部室へと向かった俺は、ドアの前で待っていたふみに部室の鍵を預けた。


「けいすけ、ハヤトくんのこと、よろしくね」


「おう、どうしたらいいか全然分かんねーけど、なんとかやってみるよ」


そんな会話をしているとメルがやってきた。


「先輩、これ」


そう言いつつ何やら小さなメモを手渡してくる。もしかしてメルなりにハヤトとの会話方法を考えてくれたのかと、期待に少し胸を膨らませつつメモを開いてみる。


『だめでもともとです』


俺の期待とは裏腹に、メルのメモはなんとも無責任なものだった。ふみもメモを覗き込み、思わず吹き出している。俺もつられて少し笑顔になった。メルのメモは役に立たない内容だったけれど、結果的に俺の緊張を和らげる事に成功したようだ。相変わらずよく分からないやつだ。


「それじゃあ、けいすけ」


「ん?」


「あらためて、ハヤトくんのこと、よろしくお願いします」


ふみがそう言って深くお辞儀をした。その横でメルはやる気のない敬礼をしつつ、俺に励ましの言葉をなげかけてくれた。


「先輩、ふぁいとっす」


「おう、2人ともありがとな。じゃあ、行ってきます」


自分でもなぜだか分からないが俺も敬礼を返し、2人に背を向けて歩き出した。俺にはふみとメルという力強い仲間がいる、そう思うと少しだけ自分に自信が持てる気がした。

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カモミール 凛5雨 @spookyxxk

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