EP.10 卒業式

喫茶レモネードでの作戦会議から数週間、俺とふみは順調に特訓を重ねた。ふみは体育館の音響機器の扱いを覚え、俺は毎日の発声練習とアナウンスの練習を経てかなりスムーズに喋れるようになった。卒業式のリハーサルは初めて人前でアナウンスすると言うこともありとても緊張したが、回数を重ねる毎に緊張は和らぎ、少しずつ自信が持てるようになった。ふみもきっと同じだろう、機械を操作するふみの表情にも心做しか自信があふれているように見える。

そうして迎えた卒業式前日。最終リハーサルを終えた俺たちは、長井パイセンを誘って喫茶レモネードに集まることにした。


「いよいよ明日だな!」


「…緊張してヘマするんじゃねえぞ?」


長井パイセンとターバンがそれぞれ声をかけてくれる。俺は先輩の言葉に力強く頷いた。


「…わ、私は正直すごく緊張してる」


「俺も、リハーサルでは上手く出来たけど本番ってなると自信がないかも…」


やはり本番前日となるとどうしてもマイナス思考に陥ってしまう。自信のなさから暗い顔をしている俺とふみに、長井パイセンが言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「なぁ、別に明日大失敗したとしてもよ、それでお前らが死ぬ訳でも、この世が終わる訳でもねーんだぜ?」


「大事なのはやりきる事だ、結果がどうであれやりきったって事実はお前らの自信に変わるから心配すんな」


長井パイセンに続いてターバンも励ましの言葉を投げかけてくれた。先輩2人の言葉はとても暖かく、すんなりと心の中に入ってきた。


「2人ともありがとう、精一杯頑張ってみます」


「私も、全力でやってみます!」


「おう、その意気だ!」


「明日、卒業式が終わったらここで祝ってやるよ」


心の中はまだ不安でいっぱいだったが、それでも少しは気持ちが楽になった気がした。

先輩2人に別れを告げ店を出ると、辺りはもう真っ暗で3月の冷たい風が俺とふみの髪を揺らした。


「ねぇけいすけ」


「ん?」


「明日、頑張ろうね」


「うん、放送部初日の失敗を取り返してやろう」


「あはは、そうだね。今度こそ胸を張って放送部だって言えるように明日は絶対に成功させようね」


俺たちはそうお互いを励まし合うと、冷たい手でしっかりと握手をしてからそれぞれの家へと帰った。家に帰ってからもなかなか気持ちが落ち着かなかった俺は、結局夜中の2時過ぎまで原稿を手に最後の練習を続け、電池が切れたようにぐっすりと眠りに落ちていった。

そうして迎えた卒業式当日。遅い時間に寝たのにも関わらず、俺はいつもより30分も早く目覚めた。あまり食欲はなかったが気合いで朝ごはんを流し込み、支度を整えて学校へと向かう。いつもよりかなり早めの登校だったが、部室の前にはふみが待ちくたびれたように立っていた。


「おはよう」


「おはよ、早いな」


「そっちこそ」


そんな会話を交わしつつ部室の鍵を開け、中へと入る。パイプ椅子を2つ石油ストーブの近くに置いて2人きりの最終リハーサルをしていると、ドアが開く音がして担任の山下が部室に入ってきた。


「なんだお前ら、ずいぶん早いな」


「あ、山下先生おはようございます」


「おはようございます」


「おう、おはよう」


「なんだか落ち着かなくて早めに来てしまいました」


「ははは、そりゃそうだろうな。まああんまり気張りすぎずにリラックスしていけよ」


「「はい、ありがとうございます!」」


山下はそれだけ言うと部室を出ていった。俺たちはリハーサルを再開し、時計の針はいつもより少し早く進んで行った。

そしていよいよ本番の時間になり、俺たちは体育館へと向かった。最後に2人でもう一度がっしりと握手をしてから、それぞれの持ち場へとつく。全校生徒と教員に加えて、保護者や来賓客が体育館を埋めつくしており、俺の緊張は限界突破しつつあった。放送の原稿をやや震える手でめくってゆくと、1番最後の原稿に小さな文字で「ふぁいと!」と書かれていることに気が付いた。おそらくはふみの仕業だろう、俺はなぜだかその文字を読むと張り詰めていた緊張の糸がするすると解けていくような気がした。

それから先の事は正直あまり覚えていない。俺はただただ必死に原稿を読み上げ、それに合わせて卒業式は順調に進んで行った。緊張は徐々に薄まっていって、卒業式が半分進行した頃には謎の楽しさを感じるようになっていた。ふみの音響も問題なく機能していて、俺たちはついに卒業式の進行を完遂する事に成功した。


「お前らよくやったな」


式が終わり力が抜けた俺とふみに山下が労いの言葉をかけてくれた。他の先生や生徒会のメンバーも「お疲れ様」や「すごかったよ」と色々な言葉を投げかけてくれた。気が付くと俺は感情が溢れ出して涙を流していた。ふみの方を見ると、彼女も俺と同じように涙を流している。中学生になってからずっと落ちこぼれとして過ごしてきた俺たちにとって初めての成功体験は、苦しかった1年間をすべて帳消しにするくらいの喜びを与えてくれた。


「…さてと、それじゃ早く片付けして先輩に報告に行かなきゃね」


「だな、さっさと片付けよう」


そうして片付けを終えた俺たちは、先輩の待つ喫茶レモネードへと向かった。

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