EP.9 特訓
OBと出会ってから約1ヶ月、三学期も半分が過ぎ2月の半ばに差し掛かっていた。俺とふみは昼休憩の放送をCDで乗り切りつつ、放課後にはそれぞれが長井楽器店と喫茶レモネードに通いつめ勉強を続けていた。本来放課後に町をうろつくのは禁止なのだが、そこは担任の山下が上手く誤魔化してくれたので問題は無かった。ふみは日に日に放送機器への理解を深めていたが、俺は正直あまり成長していないような気がして妙な焦燥感に駆られていた。とは言え何もしていなかった訳ではなく、基本的な発声練習はしていたし、様々なジャンルの音楽について知る事も出来た。企画については「まだ早い」との事で教えて貰えないままだったが。
そんなある日の放課後、靴を履き替えて学校を出ようとしている所に山下がやってきた。
「おい、亀山ちょっといいか?」
「あ、山下先生。どうかしましたか?」
「まあな、少し先の話しになるんだがな、卒業式の進行を放送部でやって欲しいんだ」
卒業式の進行なんて大仕事が俺に務まるとは思えず、俺はすぐには返事が出来なかった。だが山下は俺の肩をポンと叩くと、1冊のファイルを手渡してくる。
「まあ時間はまだまだたっぷりあるしな、何とかやってくれ。て言うか放送部が進行をやるのはもう決定事項だからな、逃げ道はねえぞ」
山下は無責任極まりない言葉を残してそそくさと職員室へ戻ってしまった。大変な事になってしまった。俺はどんよりと沈んだ気持ちのまま、長井楽器店へと向かうことにした。
「なるほどな、まあ卒業式とか入学式、それに体育祭や文化祭の進行は放送部の大事な仕事だからな」
「…でも自分に出来るか不安で」
「ははは!そんなの誰だって最初は不安で当たり前なんだよ。けいすけ、お前はなんで放送部の部長になったんだ?」
長井パイセンの質問に俺は口篭ってしまう。モテたくて、人気者になりたくて、今の自分を変えたくて、そんな理由で部長になっただなんて恥ずかしくて言えなかった。
「どーせモテたいとか目立ちたいとかそんな理由だろ?じゃあ今回の大舞台は絶好のチャンスじゃねーか」
何も言わなくても長井パイセンには全てバレているようだ。「逃げ道はない」山下の言葉が頭の中を埋め尽くす。俺は諦めて覚悟を決めることにした。
「…どうしたら良いか教えてください」
「おう、先ずは作戦会議だな!行くぞ」
そう言うと長井パイセンは店を閉めて外へ出た。俺も慌てて後に続く。行先はおそらく喫茶レモネードだろう。
「…いらっしゃい…ってお前らか」
予想通り喫茶レモネードに着いた俺たちを、相変わらずそっけない態度でターバンが迎え入れてくれた。
「あれ?どうしたのけいすけ」
「ああ、ちょっと色々あって」
「まあまあ、とりあえず座って何か飲もうぜ」
長井パイセンに促されてソファーに座る。それぞれが注文した飲み物が目の前に置かれ、少し離れた所に椅子を置いてターバンも座った。
「実は卒業式の進行を任されたんだ」
俺はそう切り出すと、山下から手渡されたファイルをテーブルに置いた。ふみとターバンは特に驚いた様子はなかった。
「あれ?驚かないのか?」
「うん、卒業式の進行は放送部の仕事だって教えて貰ってたから」
ふみがそう言うと、ターバンは腕組みをしてそっぽを向いた。
「…って言ってもまだ準備は何も出来てないけど」
「とりあえずファイルを見てみようぜ、多分式の進行に関わる内容だからな」
長井パイセンはそう言ってファイルを開いた。1枚目には卒業生や来賓の名前がずらりと並んでいる。2枚目をめくると、式の流れが大まかに書いてあった。
「まあ本来なら女の子がアナウンスする方がいいんだろうけど、今の放送部はけいすけとふみの2人しかいねーしな。今から放送機器の扱いを一から覚えてたんじゃ間に合わねーと思うぜ」
「…てことは俺がアナウンスするしかないって事ですか?」
俺の言葉に一同が頷く。
「けいすけ、ここ1ヶ月毎日発声練習してただろ?正直まだまだな部分が多いけど、それでも初日に比べりゃずいぶん成長してんだ」
「…ふみもかなり放送機器に詳しくなったからな。体育館の設備についてはまだ教えてないけど、今から覚えれば十分間に合うと思うよ」
長井パイセンとターバンがそれぞれ優しい言葉を投げかけてくれる。俺の心中は未だ不安で埋め尽くされていたが、こうなったらもう長井パイセンを信じるしかないと思った。
「分かりました、頑張ってみます」
「わ、私も頑張ります!」
「おう、その意気だ。そしたらよ、平日は今まで通り各自特訓するとして、日曜日は実際に体育館でリハーサルするぞ。山下先生に許可取ってこいよ」
「了解っす」
話がまとまり俺と長井パイセンが席を立とうとしていると、ターバンが口を開いた。
「…それじゃ、成功を祈って」
そう言ってコーヒーカップを差し出す。どうやら乾杯で閉めたいようだ。皆がそれぞれのグラスを手にすると、長井パイセンの掛け声でグラスをぶつけ合った。
「放送部最初の大仕事の成功を祈って!」
「「「「乾杯!」」」」
こうして大きな目標に向かって俺たちは1歩踏み出した。
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