EP.8 喫茶レモネード
外観もレトロだったが、店内はもっとレトロな雰囲気だった。テーブルや椅子、カウンターはどれも年季の入った落ち着いた色合いで、壁には古いレコードや外国のお札が所狭しと貼り付けてある。いったいどんな人物が経営しているのだろうと、緊張しつつ立っていると店の奥からヒョロっとした男が姿を現した。
「いらっしゃい…って、なんだ長井か。店に来る時はタトゥー隠せって何度も言っただろ」
男はやや不機嫌そうにそう言うと、ようやく俺とふみに視線を向けた。
「…誘拐か?」
「ははは!なわけねーだろ!」
一連の会話が冗談なのか本気なのかは分からないが、俺は店主に「ユニークな男」と言う印象を持った。たがその印象は直ぐに打ち砕かれる事になる。
「で?ガキ2人連れてきて何の用だよ?」
どうやらこの男は少々口が悪いらしい。なんとなく気まずい雰囲気が店内を満たし、俺とふみは固まったまま声も出せずにいた。
「こいつら放送部なんだってよ」
長井パイセンの言葉に、男は眉をぴくりと動かした。俺はこのタイミングしかないと思い、自己紹介をする事にした。
「…か、亀山啓介です!放送部の部長です」
「し、下山芙実です、放送部の副部長です!」
俺たちのぎこちない自己紹介を受けても男は黙ったままで特に反応を示さない。男はしばし沈黙した後、親指でソファーを指した。とりあえず座れという事だろうか。
「ま、とりあえず座るか。俺アイスコーヒーな」
長井パイセンは慣れた様子で注文すると、俺とふみにメニュー表を見せてくれた。
「あ、自分お金なくて…」
「…私もお金ないです」
中学一年生の小遣いなんて微々たるものだ。喫茶店で飲み物を頼むお金など持ち合わせていない。
「ははは、大丈夫だよ!ここは俺がおごってやっから好きなの頼めよ」
「じゃあ自分カフェオレで!」
「私はアイスココアでお願いします!」
「はいよ」
男はそっけなく答えてカウンターへと入った。俺は気になっていた事を長井パイセンに聞いてみる事にする。
「…ここ、喫茶レモネードなのにレモネード置いて無いんですね」
「そうなんだよ、あいつ変わってるからな」
「…なんとなく話しかけるなオーラみたいなの出てますよね」
ふみがそうヒソヒソと言う。そんな会話をしていると男が飲み物を持ってきて、それぞれの前に置いた。
「それで?」
「俺がこいつらに教えてやれるのは企画くらいだからな、機械の事教えてやってくれねぇか?」
どうやらこの男は機械に強いらしい。
「あの、もし迷惑じゃないのなら私に色々教えてくれませんか?」
ふみの声は緊張で少し震えていたが、それでも真っ直ぐで誠実だった。
「…俺は人に教えるのは苦手なんだよ」
男はやや申し訳なさそうにそう言った。
「まあまあ、そう言わずに教えてやってくれよ。こいつらは俺たちの後輩なんだからよ」
そう長井パイセンが助け舟を出してくれる。だが男は依然難しい顔をしたままだ。このままでは断られてしまうと思った俺は、放送部部長として勇気を振り絞って言葉を紡いだ。
「…このままだと放送部は廃部になるんです。だから、なんとか力を貸して貰えませんか?」
「私は負けたまま終わりたくないんです!だから、ここから逆転する力を貸してください!」
ふみの言葉に、昼休憩の失敗が脳裏をよぎった。俺だってそうだ、このままダメなままで終わるなんて嫌だ。
「なぁ、こいつらもこうやって頭を下げて頼んでんだからよ、どーにかしてやってくれや」
長井パイセンも俺たちと一緒に頭を下げてくれた。見た目はアレだけど案外悪い人ではないようだ。
「…分かった分かった、分かったから頭あげろよ」
男は観念したように両手を上げ、やれやれと言った感じで大きなため息をついた。
「ただし…」
男はそう続けた。何か条件があるのかと、俺は少し不安になる。そんな俺の事など眼中に無い様子で、男はふみを見つめたまま言葉を続ける。
「俺は一度説明した事は二度とは説明しねぇ、アドバイスはしてやるが一回で覚えろ。それでも良いんなら教えてやるよ」
「わ、分かりました!よろしくお願いします!」
男の言葉に、ふみは再び頭を深々と下げて答えた。長井パイセンは嬉しそうな顔でふみを見ている。俺はなんだか一人だけ除け者にされているような感覚を覚え、喜ぶべきタイミングにも関わらず素直に喜べないでいた。
「…それじゃあ今日はもう遅いし、また明日ここに来い」
「はい!」
訳もなく勝手に落ち込んでいる俺を他所に、ふみはとても嬉しそうに返事をした。窓の外はすっかり暗くなっており、壁にかけられた時計を見ると時刻は午後七時に差しかかろうとしている。そろそろ帰らないとまた両親から大目玉を食らうだろう。
「そ、それじゃあ今日はありがとうございました」
俺がそう言って立ち上がると、ふみも立ち上がり頭を下げた。
「ああ、そういえば今更だけどよ、俺は田端健だ。まあ呼び方はそっちに任せるよ」
「俺らの間じゃターバンってあだ名で通ってるけどな」
「ターバン!?」
なんともヘンテコなあだ名に思わず吹き出してしまった。ふみも笑いを堪えてはいるが、今にも吹き出しそうだ。
「そのあだ名やめろっつってるだろ!ほら、とっとと帰れ」
ターバンはあからさまに不機嫌な表情を浮かべると、右手で「帰れ」のジェスチャーをしてみせた。こうして俺とふみは放送部OBとの接触に成功した。
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