EP.7 長井楽器店

男はくしゃくしゃの地図が面白かったのか、はたまた突然現れた後輩に喜んでいるのか、とても楽しそうにニコニコと笑っている。第一印象は強そうだったが、こうやって笑ってる姿を見ると見た目ほど悪そうな人では無い気がしてきた。


「俺は長井瞬、2人は?」


「自分は亀岡啓介です」


「私は下山芙実です」


「けいすけとふみな、よろしく。さてと、自己紹介も終わった事だしなんでここに来たのか話してみろよ」


それから俺とふみは放送部の現状を長井に話した。部員がいなくて廃部寸前だった事、いきなり放送部の部長に任命された事、そして初めての放送で大失敗をした事。長井はそれを笑うでもなく真剣に聞いてくれた。俺たちが一通り話終わると、長井は新しい煙草に火を付けて頭をかいた。


「うーん、なるほどなぁ。いきなり部長にするなんて、山下先生も相変わらず無茶するなぁ」


「…正直これからどうしたらいいのか分からなくて」


「…いきなり大失敗して恥ずかしいけど、今ここで辞めるのもなんだか悔しいんです」


「まぁそうなるわな、俺が放送部にいた頃は企画担当って言ったらちょっと大袈裟だけど、まぁそんな感じの事はしてたから少しはアドバイス出来るかもな」


長井の言葉は今の俺たちにとってはとても有難い言葉だった。特に部長兼企画担当の俺としては色々な事を教えて貰える大きなチャンスだ。


「ありがとうございます長井先輩!」


「ははは、先輩って懐かしい響きだな」


「…あの、それでもう1つ聞きたいことが」


「ん?」


既に脳内お花畑状態の俺を尻目に、ふみが冷静に次の質問を始めた。


「…あの地図に書いてあったもう1つの」


「ああ、喫茶レモネードか?」


「はい!そのお店にも放送部のOBがいらっしゃるんですか?」


「おう、俺らの代の放送部部長だった奴がやってる店だからな」


「「マジっすか!?」」


長井パイセンの言葉に思わずハモってしまった。それなら先に喫茶レモネードに行けば良かった等と失礼な考えが頭に浮かんだが、流石にぶん殴られそうなのでぐっと飲み込む。


「ただなぁ…」


何故だか長井パイセンは少し遠い目をしながらそう呟いた。俺とふみは何がなにやらよく分からず、パイセンの次の言葉を待つことしか出来なかった。


「アイツはな、ちと面倒な性格と言うか、なんつーか取っ付きづらい奴なんだよ。いや、良い奴なんだけどよ」


アンタの見た目も十分取っ付きづらいよとツッコミたくなったが、それこそぶん殴られそうなので我慢した。とはいえこの人が「取っ付きづらい」と表現する人物とは一体どんな化け物なのだろうと不安になる。


「まぁ、ここでウダウダ言っててもしゃーねーし、今から一緒に行くか」


「え?お店は良いんですか?」


「いいよいいよ、どーせ客こねーし」


いやいや、それで良いのか長井パイセン。しかし一緒に来てくれるのは正直かなり心強い。そうして俺とふみは頭を下げ、喫茶レモネードへと同行してもらうことにした。

店を出て商店街を3人で歩く。タトゥーまみれの男と中学生2人の組み合わせはやはり異質で目立つ。周囲の人間の視線は少し恥ずかしくて、だけど少しだけ誇らしいような気がした。虎の威を借る狐状態と言えば伝わるだろうか、とにかく長井パイセンの存在は頼もしいものだったんだ。


「…こうして歩いてるとなんか俺たちまでワルって感じがしない?」


そう小さな声でふみに問いかける。ふみはどうやら恥ずかしさの方が勝っているようで、何故だか俺は肩にパンチを食らう結果になった。


「何をお前らいちゃついてんだ?」


パンチの音で振り向いた長井パイセンが意地悪そうな笑みを浮かべながらからかってきた。


「…い、いちゃついてないです!」


「ただ一方的に暴力を振るわれてるだけっす!」


俺の言葉に再びふみのパンチが肩を打ち抜いた。なんだこいつ地味メガネの癖に結構パンチ力強いぞ。と言うかからかわれたせいで俺まで恥ずかしくなってきた。


「ははは、ふみちゃん見かけによらずバイオレンスだなー」


「わ、私は普通のそこらに転がってるような量産系の女の子です!!」


ふみは顔を真っ赤にして抗議をしているが、長井パイセンは相変わらずニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべたままだ。俺はパンチの届かない距離まで避難しつつまだ痛みの残る右肩を左手でさすった。


「若いっていいねぇ」


長井パイセンはそんな無責任な言葉で1連の騒動を無理矢理まとめると、再び前を向いて歩き出した。なんともマイペースな男だ。俺とふみは一定の距離を保ったまま互いに非難の目を向けていたが、どんどん離れていく長井パイセンの背中を見て、慌てて追いかける事になった。


「さてと、着いたぞ」


そう言って長井パイセンが立ち止まったのはレトロな雰囲気のする喫茶店の前だった。普通に歩いていると見落としてしまいそうな程質素な看板に「喫茶レモネード」と書いてある。


「そんじゃ、入るか」


長井パイセンがドアを引くと、カランコロンと鈴のような音が小さく鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る