EP.6 OB

翌日、相も変わらずクラスメイトからの視線は冷ややかだったがなんとか午前中の授業を乗り切ることが出来た。俺とふみは朝一で担任の山下を捕まえて、昼休憩の放送に立ち会ってもらう約束を取り付けた。その甲斐もあって昼休憩の放送は問題なく行うことが出来た。


「先生、ありがとうございました」


「おう、まあ明日からはもう手伝わねーからな」


「そんなぁ、明日もお願いします!」


ふみがそう頼むが山下は大きく首を横に振った。


「先生も色々忙しいんだよ、その代わりにほら、これやるよ」


そう言って山下はジャージのポケットからお決まりのくしゃくしゃな紙を取り出すと長机に置いた。


「なんすかこれ?」


「それはな、放送部OBがやってる店の地図だ」


「えっと、後はその人達の所に行って教われってことですか?」


「そそ、そんじゃ後は任せた」


そう言うと山下はジャージのポケットから煙草の箱を出しながらそそくさと部室を出ていった。なるほど、山下にとって昼休憩は大事な一服タイムということらしい。とりあえずメモを開いてみるが、地図と呼ぶには絶望的に情報量が足りない。


「…うわぁ、こりゃ見つけるのに苦労しそうだね」


ふみはドン引きした顔でそう呟く。今日の放課後は大変な事になりそうだなと思っているとチャイムが鳴り、俺たちはそれぞれのクラスへと戻って行った。

放課後、一旦部室に集まった俺たちは集合場所を決めてから別々に部室を出た。なぜそんな面倒な事をしたかというと、クラスで変な噂を流されることを嫌ったからだ。そうして学校から少し離れた小さな公園で落ち合った俺とふみは、地図もどきを手に町へと繰り出した。地図もどきには2箇所の目印があり、それぞれ楽器店と喫茶店の名前が記されていた。


「距離的に楽器店の方が近いし、先にそっち行こっか」


「賛成、問題はこの地図で本当にたどり着けるかどうかだけど…」


そうして町をうろつく事三十分、既に空は赤くなってきているが一向に目的地には辿り着けないでいた。そんな時、バス停におばあさんを発見したふみは、一目散にそちらへ向かって行った。俺も慌てて後を追いかける。


「あっ…あの、すみません」


「あら、こんばんは」


ふみはくしゃくしゃのメモをちらりと見てから、にこやかに微笑むおばあさんに質問した。


「長井楽器店って何処にあるか分かりますか?」


「長井楽器店ねぇ」


おばあさんは少し考え込むような顔をしている。確かに手元にある不格好な地図もどきを頼るよりかはこの作戦の方が手っ取り早そうだ。


「ああ、思い出したわ。確か商店街にあったはずよ」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


ふみの作戦は見事成功し、俺たちは情報をくれたおばあさんにお礼をしてから町の中心部にある寂れた商店街に向かうことにした。

シャッターが目立つ商店街の、裏路地に目的のお店があった。


「長井楽器店…これ営業してんのかな?」


「…確かに、パッと見じゃ閉まってるよね」


「…うーん、でも確かに長井楽器店って看板に書いてあるしな」


「だね、ここで間違いはなさそうだけど…」


古ぼけたドアのガラス越しに店内を覗いてみるが、客はおろか店員の姿すらない。けれど店内に電気がついているので営業はしているはずだ。


「と、とりあえず入ってみよっか」


「だね、先頭は任せた」


そうふみに背中を押され、俺は恐る恐るドアを開いた。店内に入ってみるも、相変わらず人影はない。これじゃあ万引きし放題だな等と思いながら所狭しと並べられている楽器を眺めていると、レジの奥のドアが開いて茶髪の少しヤンチャそうな男が姿を現した。


「いらっしゃい」


「あっ、ごめんなさい」


何故だか謝ってしまう俺、そして俺の後ろに隠れるように立つふみ。店員らしき男の両腕にはびっしりとタトゥーが入っており、それは俺たち2人をビビらせるのには十分すぎた。


「お前らみたいな若い奴が来るなんて珍しいな」


どうやら店はあまり繁盛していないようだ。男は退屈そうに首の骨を鳴らし、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。


「で?何買いに来たんだ?」


「…い、いえ、その」


「なんだ、冷やかしか?」


男はそう言うと意地の悪い笑みを浮かべた。後ろを見るとふみは完全にフリーズしている。この状況、俺がどうにかするしかないのか。


「あ、あの…実は」


そう言いながらポケットの中からくしゃくしゃの地図もどきを取り出し、男に手渡した。


「ん?なんだこの汚ねー落書きは」


「…ええと、山下先生がここに放送部のOBがいるって」


何とか頑張って状況を説明する。俺の背中には嫌な汗が流れ始め、ふみの意識は完全に宇宙に飛んでいるようだ。気まずい沈黙が店内を支配し、今にも逃げ出したい衝動に襲われる。


「あっはっはっ!相変わらず字が汚ぇな山下先生は」


男はそう言って大きな声で笑った。途端に張り詰めていた空気が和らいでいく。


「お前ら、放送部なんか?」


男の問に、俺とふみはぶんぶんと頭を上下に振って肯定の意を示した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る