EP.5 傷心
放課後、昼の放送事故の影響で気分はどんよりと落ち込んだままだったが、流石に何も言わずに帰宅する訳にもいかないのでなるべく他の生徒に見られぬようこそこそと部室へと向かった。
「…あっ、ちゃんと来たんだ」
「…そっちこそ」
部室のドアの前には、罰の悪そうな顔をしたふみが膝を抱えて座っていた。俺はその姿を見て少しだけ安心してしまった、きっとふみも今日の出来事で辞めるつもりなんだろうと。卑怯で臆病な俺の悪いところだ。
「とりあえず入って話そうか」
「うん」
部室に入ると昼の嫌な思い出が浮かんできて余計に気分は落ち込んだが、窓を開けて外の空気を吸い込むと幾分か楽になった気がした。そうしてしばらく俺は窓際に、ふみはパイプ椅子に座ってお互いに黙り込んでいたのだが、意を決したようにふみが話しかけてきた。
「…正直に言うとね、もう恥ずかしいし辞めようかなって思った」
俺もだと同調しようとした俺に、ふみは続けて言う。
「だけど私、辞めない」
「へ?」
ふみの言葉に俺は鳩が豆なんとか状態になる。俺の脳内では勝手に2人揃って職員室に退部を伝えに行くイメージが浮かんでいたからだ。
「私は、中学に入ってから9ヶ月間毎日ずっと逃げてた」
「…」
俺もそうだ。そしてこれから先卒業するまでの間ずっとそうやって逃げ続けるつもりだ。それは辛く寂しいかもしれないけれど、無駄に傷を増やすくらいならその方がマシだ。
「けどね、ここでまた逃げたらこの先の人生ずっと逃げっぱなしになると思う」
「…別にそれでも良いじゃん」
「良くない!」
バンと机を叩いてふみが大きな声でそう言った。俺はびっくりして本日2羽目の鳩になる。
「…良くないよ。逃げてた毎日は辛かった、毎日自分を変えたくて、でもきっかけがなくて、そんな自分が私は大嫌いだった」
「…その気持ちは痛いくらい分かるよ、でも」
でも俺らはドラマや映画の中の主人公じゃない、ハッピーエンドなんて待ってないし都合よく上手くいくなんて俺には思えない。
「私は放送部を続けたい、これから先もっと恥をかいたり嫌な事だっていっぱい起こるかもしれないけど、でもこのチャンスを手放したくないの」
「…でも俺は」
そう言いかけた俺に、ふみは立ち上がり頭を下げた。突然の出来事に狼狽する俺に、少し涙声でふみは言葉を続けた。
「…でも一人じゃ勇気が足りないから、だからお願い。一緒に放送部を続けて欲しい」
最初は俺から誘ったのに、今じゃ立場が逆転している。放送部の部長になった日、家で一人色んな想像をしてワクワクしてた時、そしてふみを誘った時、たった数日前の事なのに俺は忘れてた。自分を変えるチャンスを貰って、喜びと不安が半々で、だからこそ誰かの助けが欲しくて、誰かに背中を押して欲しかった自分と今目の前で頭を下げているふみの姿が重なって俺はとても心が苦しくなった。
「…分かった、分かったから頭を上げてよ」
「ほんとに?それじゃあこれからも放送部を続けてくれる?」
「うん、正直言うともう辞めようと思ってたけど、でも元はと言えば俺から誘ったんだし」
「それなら良かった、えへへ、ありがとう」
ふみはそう言って少し赤くなった目をこするとぎこちない笑みを浮かべた。俺も釣られて少し笑った。
「さてと、それじゃ作戦会議しなきゃね」
ふみはそう言うと再びパイプ椅子に腰掛けた。俺も窓際から離れて席に着くことにする。
「初日から大失敗しちゃった放送部、ここからどうやって逆転しようか?」
「うーん、難しいな」
「あはは、絶体絶命だよね。でもこうやって2人いるんだから出来ることは沢山あるはずだよ」
「それもそうだな」
そうして放課後の放送室で2人きりの作戦会議が始まった。ああでもない、こうでもないと色々な意見が飛び交ったが、最終的にそれぞれが分担する事で問題を1つずつ解決する事に決まった。機械にめっぽう弱い俺の代わりに放送機器の扱いについて先生に教えてもらう係をふみが担当し、毎日の放送の内容や企画を考える担当を俺が担うことで話はついた。
「とりあえず1週間は昼休憩に音楽を流すだけにしよう」
「うんうん、その間にお互い色々と勉強して来週から本格的に活動しよう」
こうしてふみは設備担当、俺は企画担当として活動して行くことに決まった。今日は水曜日なので、本格的に活動するのは来週の水曜日からだ。ついさっきまでは退部の事で頭がいっぱいだったのに、こうして2人で話していると何故だか少し前向きになれる気がした。
そうこうしてるうちに放課後のチャイムが鳴り響き、窓から差し込んでいた夕日もすっかり影を潜め夜が忍び足で近ずいていた。もうそろそろ帰らなくてはならない、だけど俺はこのまま帰るのは少し勿体なく感じていて、今日のこの日を締めくくる言葉を探していた。
「そろそろ帰んなきゃだね」
「だね、けどちょっとだけ待って」
俺はそう言い席を立つと、何も書かれていない真っ白なホワイトボードにマーカーで文字を書いた。それはとても褒められるようなものでは無い簡素な組織図だったが、俺とふみにとっては大きな一歩だった。
『放送部部長兼企画担当亀岡啓介、放送部副部長兼機械担当下山芙実』
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