EP.4 活動開始!

退屈な授業は淡々と進み、合間の短い休憩には部室へと向かう。今までの俺なら寝てるふりでやり過ごしてた時間だ、こうやって休憩時間に慌ただしく移動する事になるだなんて思いもしなかった。周囲のクラスメイトも異変に気が付いたようで、こちらをチラチラと見ながらなにやらヒソヒソ話をしている。そりゃそうだ、クラスで一番の陰キャが嬉しそうな顔で教室を飛び出して行くなんて周りからすれば異質でしかないだろう。


「やっぱり5分じゃ何にも進まないね」


「んだなー、とりあえず今日はCDかけるだけだし昼休憩までは適当にその辺掃除しよっか」


そんな会話を交わしつつ、それぞれ目に付いた場所を掃除していく。そして遂に昼休憩が始まった。互いに弁当を持ち寄ってパイプ椅子に座り、俺は緊張しつつテーブルと一体になっている謎の機材のスイッチをオンにしていく。ふみも同様に緊張した面持ちで今日かけるCDをセットし、俺に向かって指でOKのサインを送ってきた。何故だか分からないが喋ったり音を出してはいけないような気がして自然と全ての行動がぎこちなくなる。いよいよ放送部としての初仕事だ、音量についてはよく分からなかったのでなんとなく真ん中くらいの目盛りで行くことにした。こうやって改めて見ると、この部屋にある全てのものが何がなにやらさっぱり分からない代物である。いや、まあ長机とパイプ椅子くらいは分かるけど。

そうして遂に初日の放送が始まった。とは言えただ単にCDを流しているだけなのだが、それでも今まで部活をして来なかった俺には重すぎるくらいのプレッシャーがかかっている。上手く放送されているか不安だったが、どちらか1人が教室に確認しに行くと言うのもそれはそれで不安なので、今朝渡されたくしゃくしゃの紙を信じるしか無かった。

そうして放送開始から5分、10分と時間は過ぎていき、それに伴い緊張感も徐々に和らいでいった。どちらからとも無く弁当を取り出し食べ始める。思えばこうやって誰かと一緒に昼ご飯を食べるのも小学校の給食以来だ。


「なんか、変な感じだね」


「ホントにな」


そう小声で言い合うと、なんだか無性に可笑しくなってきて自然と笑みがこぼれた。家族以外の誰かと一緒にご飯を食べるのってこんなに楽しかったんだな、そう改めて思えと黙って黙々と食べるのが勿体ない様な気がしてきて、気が付くと自分でも驚くくらい色々な話をしていた。2人きりの部室に笑い声が響き渡り、青春の「せ」の字を味わっているところに突如として大きな音が鳴り響いた。


「…せ、先生?」


驚いて音がした方に顔を向けると、何故だか真っ青な顔をした山下が人差し指を口に当てたまま固まっている。そしてゆっくりと音を立てずに部室へ入ると、機材のスイッチを全てオフにした。


「やっちまったなぁ」


安堵とも落胆とも取れるため息をついて、山下はそう呟いた。


「…な、何か問題ですか?」


俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、消え入りそうな声で言葉を返す。すると山下は黙ったまま機材のボリュームを指さした。


「…マイクとCD、逆」


「へっ!?」


ふみが驚きの声をあげる。そして顔が一気に真っ赤に染まった。どうやら俺たちは放送部初日にしてとんでもない放送事故を起こしてしまったようだ。


「…せ、先生。つまり俺らの会話って…」


「全クラスの教室と職員室に筒抜けだ」


俺もようやく事態の深刻さに気付き、それと同時に自分の顔がかぁっと熱くなるのを感じた。正直何を話したかなんて細かい事は覚えていないが、それでも中学校で陰キャとして生きてきた自分と比べると随分色々な事を面白おかしく話していたはずだ。それが全校生徒に聞かれていたとは…。


「…とりあえず今日の事は素直にミスだったって説明しとくから、まぁ気を落とさずに明日からも頑張ってくれ」


「…はい」


山下の言葉は優しかったが、その優しさだけでは到底埋められない程のダメージを俺たちは食らっていた。大人から見れば大した事ないのかもしれないが、中学一年の俺たちにとって今回の事件は、それこそ命に関わる程に大きなものなのだ。だが、いくら後悔したところで時間は無常にも過ぎていくわけで、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響き俺たち2人は日常へと戻らなければならなくなった。


「おー、亀岡ー。お前放送部に入ったんか?」


教室に戻るとクラスの中で一番のお調子者がそう声をかけてきた。それと同時に至る所から笑い声が聞こえてくる。最悪だ。


「てかお前って声出るんだな、いつも黙ってっからてっきり声帯無いんだと思ってたよ」


嫌味っぽいその言葉に再び笑いの波が押し寄せる。俺は何も言い返せず、下を向いたまま教室のドアの近くで立ち尽くす事しか出来ない。


「おい、亀岡。席につけ、授業始めるぞ」


そう後ろから数学の教師に声をかけられ、俺はようやく自分の席へと戻ることが出来た。今度こそ本当に辞めよう、そんな事を考えているうちに午後の授業はゆっくりと進行していった。



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