第34話 『中間テスト』
これまでに経験したことの無いほどきついメニューを何とか乗り越え、今日の部活が終わった。
今日は陸上部が終わるのが早いと夢花から聞いていたため、優と帰ることにした。
「煌大、羽生先輩にかなりしごかれてたな」
「あんなのを、週三でこなしてるんだってさ。タフすぎるよな」
「今日だけで、随分手の豆が増えてるな」
「そりゃあんだけバット振ればな」
煌大の今日の練習は、部活が始まってから終わるまで、ずっと羽生とのバッティング練習だった。
ちなみに、明日の放課後の部活も羽生との打撃練習である。
「そういえば、華山先輩とのデートはどうだったんだ?」
「めちゃくちゃ楽しかったよ。楽しかったけど、色々考えさせられたな」
「どういうこと?」
「お揃いのカチューシャ着けて歩いたり、ツーショット撮ったり、まるでカップルみたいなことばかりしたんだ。でも、先輩はその度に、『わたしたちはただの友達だから大丈夫』って強調気味に言っててさ」
「……ほう」
煌大を見つめていた優は、前へ視線を移した。
「ま、そりゃ好きでもない男に勘違いされるのは嫌だろうな」
「うぐっ……そんなにストレートに言わなくたっていいだろ?」
「相手からのそういう一言でへこむのは結構だけど、それをいつまでも引きずってるようじゃ、華山先輩レベルの女の人となんて付き合えないぞ」
「それは、そうだけど……やっぱ、あんなに頻繁に言われるのはちょっとしんどいよ」
「……でも、少なくとも、華山先輩は煌大のこと、嫌いではないと思うけど」
優は手を後頭部で組み、空を見上げる。
煌大は「まあ……」と少なからずの同意の意を示し、下を向いた。
「朝は一緒に登校、日中目が合えば手を振り合う、部活後は一緒に下校。おまけに二人でのお出かけの誘いを断りもしない。普通の人なら、本当に心を開いた人にしかこんなことはしない」
「でも、先輩に恋愛的な常識は通じないぞ」
「というと?」
「多分、これまでに恋愛とかしてこなさすぎて、どこまでが友達の距離感なのかがわかってないんだよ。普通に手とか握ってくるし、昨日だって、電車で二人で座ってたら、肩にもたれかかってきたんだぞ」
煌大は、昨日の帰りのことを思い出す。
ふと外の景色を見ようとした瞬間、夢花は寝息を立てて肩にもたれかかってきた。
天に召されるところでギリギリ持ちこたえた煌大は、夢花の距離感覚がどれだけ並外れているのかを知った。
優はその煌大の話を聞いて、「うーむ……」と考え込んだ。
「ま、まだ先輩がお前をどんな風に思ってるのかは分からない。でも、少なくとも、嫌いではないと思う」
「そうだといいけど」
煌大も、夕焼けに染まる空を見上げて、後頭部で手を組んだ。
「話は変わるけど、今日から試験週間だって覚えてる?」
「……え?」
「まあ、今週いっぱいまでは部活があるけど、勉強も疎かにしてたらやばいぞ。この高校、というかこの学園自体、結構学業については厳しいだろ?」
「あ、赤点って何点からだっけ?」
「二十四点以下。最初のテストで赤点なんて取ってたら、素行不良でメンバー入れないかもな」
「それだけは!優さん!俺に勉強教えてくだざいぃぃぃ」
煌大は優にすがりついて懇願する。
星華学園は、『文武両道』をモットーに、部活にも勉学にも同じくらいの力を注ぐという教育方針を固めている。
いつも平均以上の位置にいる優とは対照に、煌大は昔から勉強が苦手である。
煌大はいわゆる『野球バカ』であるため、勉強なんてほとんどしたことがない。
中高一貫校であるため、高校受験をする必要がなかった煌大は、中学の時は全くと言っていいほど勉強をしておらず、五教科の合計点はいつも三桁にすら届かなかった。
中学まではそれでもなんとかなったが、高校からは話が変わってくる。
煌大はまだ具体的な進路は決めていないが、就職の道を選ぶにしろ、大学進学の道を選ぶにしろ、勉強をすることは必要不可欠になってくる。
これまでほとんど何もしてこなかった煌大は、かなりピンチである。
「ま、何とかなるだろ」
「ならないからお願いしてるんだって!頼む!」
「……分かったよ。何が苦手なの?」
「全部!」
「はぁ……」
煌大が食い気味にそう答えると、優は大きなため息をついた。
煌大は基本的に、体育以外の教科が嫌いだ。強いて言うなら、地理や歴史、国語などの文系科目はマシな方。理系科目は、本当に赤点のピンチだ。
「優に勉強教えてもらえるなんて……二週間後が楽しみだな」
「たった一週間追い込んだだけで高得点取れると思うなよ」
「えっ!そうなのか?!」
「当たり前だろ」
その後、煌大は優を家まで送り、その帰りにコンビニに寄っておにぎりを買ってから、自分の家へと帰った。
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