第33話 『羽生先輩』

「ほら、早打ち十五球、行くぞ」


「はいっ!」


 煌大は、トスバッティングをおこなっている。

 打撃が課題である煌大は、二年生の羽生はにゅうという先輩にバッティング練習に付き合ってもらうように頼み込んだ。


 何といっても彼は、チーム随一の強打者。二年生にして四番バッターである。


 もちろん、煌大ほどのピッチングのレベルならば投手一筋でもいけるが、煌大は「行けるところまで上に行きたい」という向上心の塊。

 バッティングもピッチングも、全てを鍛えたいのだ。


「ラスト!」


「っ!はぁ……はぁ……」


「お疲れさん。まだまだ終わりじゃねえけどな」


「はひ……」


 早打ちとは、ドッシリと構えてから、間髪入れずに何球か連続でバットの芯で捉える練習だ。

 これは、スイングスピードを上げて打球の飛距離を伸ばす目的や、ミート力(ボールをしっかりと捉える力)を上げる目的がある。


「そういえば、お前、最近夢花と仲良いらしいじゃん」


「ま、まあ……」


 (呼び捨てにしてる……羨ましい……!)


 二年生であり、夢花のクラスメイトである羽生は、夢花から煌大の話をよく聞いている。

 始業式の日、夢花が初めて星華高校に来た時に、最初に隣の席だったこともあり、かなり仲はいい。


「ぶっちゃけ、夢花のこと好きだろ」


「……はい」


「ま、そうだよな。あんだけ可愛くて、人気な奴と一番距離が近いお前が、夢花に惚れないわけないもんなぁ」


「……」


「おっと、安心してくれ。俺は夢花と仲はいいが、全く夢花に興味はないから」


「そ、そうですか」


 煌大は心の底から安心した。いくら、周りから見て煌大がいちばん距離が近いとはいっても、恋敵は少なければ少ないほどいい。


 加えて、羽生は顔がいい。そして、女子からも中々の人気がある。

 煌大から見ても、羽生と夢花がお似合いと言われれば否定はできない。否定したいが。


「ちなみに言っとくけど、夢花のことが好きな男なんて、この学園に大勢いる。この野球部の中にも、もしかしたらいるかもしれんな」


「ま、そりゃそうでしょうね」


「だが、一番有利なのは間違いなくお前だろう。

 夢花は恋愛に興味が無いとは言ってたが、振り向く可能性が一番高いのはお前だ、煌大」


「羽生先輩……」


「大抵の人間って、スポーツの試合とか見る時は自然と負けてる方を応援しがちだが、俺は逆だ。

 何が言いたいか、分かるか?」


「分かりません!!」


「……俺は、お前を応援するよ」


「……っ」


 ボールの入ったカゴに座り、ボールを上に投げたり取ったりして手遊びをする羽生は、煌大を見て、そう言った。


 煌大と羽生は、ちゃんと関わるのは今日が初めてだ。

 それなのに、羽生は煌大にかなりフレンドリーに接している。


 羽生は一年生の間で、「なんか分からないけど怖そうな人」という位置付けになっていた。

 かなり体は大きく、背も高い。そのため威圧感のあるイメージされていたが、関わってみたところ、全く想像と違った。


 こんなに近くで顔を見ることはなかったが、いざ近くで見てみると優しそうな顔をしていたし、実際本当に優しかった。


 今の煌大は、「一生ついて行きやす、アニキ」状態である。


「野球以外は知らないけど、少なくとも野球をしている時は、どんだけきつくても頑張れる根性がある奴だって俺は知ってる。お前みたいなやつ見てると、応援したくなるんだよな」

 

「先輩、褒めても彼女なんて出来ませんよ」


「何言ってんだ?俺彼女いるぞ」


「……えっ」


 煌大は、高校生活最大(暫定)の失態を犯してしまった。


 彼女持ちに、彼女できないぞなんて言うセリフは、絶対に言ってはいけない。

 相手に申し訳ないのもそうだが、何より勝手に決めつけておいてそれが見当違いであり、加えて自分に彼女がいないと改めて思い知らされることによって感じる虚しさに襲われるこの感覚。


 煌大の体は現在、魂が抜けたただの抜け殻になっている。


「ん?どした?煌大」


「ぁぁぁぁぁぁぁ〜……」


「何も気にしてないから大丈夫だって。

 ほら、一秒でも長く練習しとかないと、メンバー入りできねーぞ」


「はっ!そうだった!」


 花村煌大は息を吹き返した。

 羽生の一言で、あることを思い出した。


「県大のメンバーに入れたら、夢花先輩が試合見に来てくれるって言ってくれたのを思い出しました」


「なら、尚更頑張んないとな。

 それと、まずは一回戦、二回戦を突破しないと見に来れないぞ」


「え、どうしてですか」


「どうしてって、お前……日程表見てないのか?

 一回戦も二回戦も平日開催だ。三回戦からは、休日開催になってるはず」


「そ、そんな……」


 なんと、二回戦までは平日開催だった。

 野球部以外の生徒は、普通に学校で授業である。


 夢花は自分の部活よりも先に煌大の試合を優先すると言ってくれていたが、流石に学校の授業を蹴ってまでは見に来れないだろう。

 というか、仮に夢花がそうしようとしたとしても、学校側にバレたらかなりまずいことになる。


「何弱気になってんだ。突破すりゃいいだろ」

 

「そうですよね!全部勝てば問題ないです!」


「その意気だ。じゃ、ここからが本番だ」

 

「本番?」


「早打ち十五球×五セット。それからはトスバッティング二十球×コースごと。真ん中、真ん中低め、真ん中高め。

 それからインコース真ん中、インハイ、インロー。

 アウトコース真ん中にアウトハイ、アウトロー。

 つまり二十球×九セットで百八十球だ」


「……」


「俺、恋愛は応援するけど、野球では容赦しないからな」


「……お願いしますっ!」


 これだけのしんどいメニューを提示されてもなお弱音を吐かない煌大。


 その姿に、羽生はふっと笑った。

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