第28話 『動物園2』

 次に訪れたのは、この動物園の目玉。

 少しだけ気を落とした夢花を元気づけるきっかけにと、煌大はしれっとルートを変えてここまで来た。


 お目当ての動物とは、


「パンダだー!」


 夢花は、周りに大勢の観光客がいることも気にせず、煌大に向かって叫んだ。

 この動物園といえば、ジャイアントパンダ。目玉であるパンダは、本当は最後に見て帰る予定だったのだが、あまりに気を落とした夢花に何とか元気になってもらいたくて、先にここに来た。


 夢花はしっかりと、元気になってくれたようだ。


 二人で、パンダが山を歩いているのを見ていると、パンダは一番近くまでやってきた。

 そして、後ろ足で口元をかゆそうに掻いた。


「ママー。なんかオッサンみたいだね、パンダ」


「こーら!」


「「ぷっ……!」」


 無邪気な子供の発言に、二人は同時に互いの顔を見た。

 いいタイミングで目が合ったことと、子供の発言が面白くて、必死に笑いをこらえる。


「い、行きましょうか……!」


「そっ、そうだねっ……ぷっ……!」


 プルプルと震えながら、二人はパンダコーナーを後にした。


「でも、わたしもあの子の言ってることと同じこと思っちゃった……!」


「俺もですっ……!」


 歩きながら、二人はそんな会話をする。

 歯茎を出しながらかゆそうにしていたパンダは、あの子供の言う通り、中年男性のような仕草のようにも見えた。

 煌大はこれまでに何度か訪れた際にパンダを見ているが、これまでにそんなこと思ってもいなかったし、初めてその目で見た夢花も同じである。


 子供とは無邪気で恐ろしいと実感した二人は、歩き回って疲れた体が、さっきの子供のおかげで少しだけ癒されたように感じた。


 夢花も、すっかり元気を取り戻した。


「次は、何を見に行くの?」


「次はペンギンですよ」


「わー!絶対写真撮ろ!」


 夢花はぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを全開にしてはしゃぐ。

 夢花は『動物といえば何が好きか』と聞かれたら、「ペンギン」と即答するほど、大のペンギン好きである。

 福岡に住んでいた頃に経験したペンギンへの餌やり体験が忘れられず、それ以来ずっとペンギンを愛してやまない。


 夢花は、ペンギンを早く見たいがあまり早足になってしまっている。

 ゆっくりと時間をかけて動物園を回りたかった煌大だったが、今日は夢花に楽しんでもらうのが最優先であることを思い出して、夢花についていく。


 否、ついて行くだけではいけない。

 ペンギンがどこにいるかも分からない夢花よりも先を歩いて、夢花をペンギンへ導かなければーーー、


「ーーー居たぁ!」


「何で?!」


 夢花は、地図等の情報を全く見ていないのにも関わらず、一発でペンギンの場所を突き止めた。


「先輩、もしかしてペンギンの場所だけ事前に調べてました?」


「全く?」


「どうしてペンギンの場所が分かったんですか?!」


「きっと、わたしたちは引き合う運命にあるんだよ〜。愛し愛される二人は、神様が自然と互いを引き合わせるってよく言うでしょ?ペンギンとわたしはそういうことだねっ!

 ねっ、ペンタロウ!」


 (勝手に名前付けてる……)


 煌大は、夢花を見て、そしてペンギンを見る。

 夢花はペンギンを、ペンギンは夢花をじっと見ている。


 煌大もペンギンが好きであるため、ペンギンと見つめ合うのが羨ましい。

 だが、夢花とこんなに長い時間見つめ合えるペンギンも羨ましい。


 さらに言えば、夢花と引き合う運命にあるペンギンを、人生で初めて憎みそうになる。


 ペンギンに見蕩れる夢花を見つめながら、煌大はふと、あることを思い出した。


 自分のカバンから、夢花にバレないようにスマホを取り出す。

 左にスワイプして、カメラアプリを開く。


 夢花にピントを合わせて、シャッターを押した。


「ん?煌大くん、何か撮った?」


「ペンギン……を見ている先輩を撮りました」


「あー!勝手に!」


「さっき同じことされたので、仕返しです」

 

「やられた!やり返されないように油断しないようにしてたけど、ペンギンが可愛すぎてそれどころじゃなかった……」


 まさに『してやったり』の煌大は、もちろんペンギンもしっかり撮影する。

 ペタペタと足音がしそうな可愛らしい歩き方に、夢花と煌大はメロメロである。

 ちょうど飼育員がやってきて、ペンギンに餌をやり始めた。


 可愛い動物を見る時特有の『何でこんなに可愛いんだろう』という感情に、二人は埋め尽くされる。


「なんていうか……

 ーーー握り潰したくなる可愛さだよね」


「キュートアグレッシブ反応、ってやつですね。すごく分かります」


 言っていることはかなり怖いが、煌大は激しく首を縦に振り、夢花に同意の意を示す。

 

 夢花は「写真撮るの忘れてた」と言いながらスマホを取りだし、パシャパシャというシャッター音を鳴らしながら写真を撮る。


 (めっちゃ撮ってる……)


 百枚近く撮ったのではないかと疑うレベルの数、シャッター音を鳴らした夢花は、満足げに「行こっか!」と言って、スキップ気味でペンギンコーナーを出て行った。


「疲れた……」


「ちょっと休もうか」


「そうですね」


「休憩所みたいなところある?」


「一応、ありますけど」


 夢花は「じゃ、そこに行こ」と言って、煌大に先導を頼む。


 園内に休憩所は何ヶ所かあるが、煌大はその中から不忍池の休憩スポットを選んで、その方向へ歩き出した。


 夢花は煌大について行きながら、にっこりと笑った。

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