第29話 『動物園3』

 休憩所に辿り着き、水鳥や亀などのいる不忍池を眺めながら、体を休める。

 この後の予定は決めていないが、まだまだ動物は沢山いるため、全て制覇するくらいの意気で歩くつもりだ。


「さて、煌大くん。お腹すいたね」


「言われてみれば。時間も時間ですし、カフェにでも……」


「待った!」


 煌大の前に、夢花の手のひらが現れた。

 夢花はバッグの中から、何やら箱のようなものを取り出した。


 包みを開けると、大きめの弁当箱が出てきた。


 (もしや……!)


 期待を膨らませる煌大の顔を見て微笑んだ夢花は、蓋を開ける。


 そこには、サンドイッチが綺麗に並んでいた。


「じゃーん!実はわたし、サンドイッチ作ってきたんだ〜」


「わぁ……!美味しそうです……!」


「煌大くんもどうぞ。お手ふきもあるから、ちゃんと先に手は拭いておくんだよ」


 夢花は手拭きを煌大に渡し、自分も手を拭く。

 特に動物と触れ合ったわけではないが、サンドイッチ等の素手を使う食べ物を食べる前は、手は清潔にしておくべきである。

 夢花は小さな頃から、親にそう習ってきたのだ。


 手を拭きながら、煌大は遅れて実感した。


 (先輩の……手作りサンドイッチっ……!う○ことして排泄するのがもったいない!一生胃に残していたい!)


 などと、かなり汚い想像をする煌大は、首をブンブンと振り回してその考えを振り払う。


 もらった手拭きで手を拭い、清潔にしてからサンドイッチを手に取る。

 煌大は「いただきます」と言って手を合わせ、口に運ぶ。


 具は、ツナマヨとキュウリだ。


「〜!美味しいです!」


「良かった。どんどん食べてね」


 夢花は今朝、待ち合わせの約三時間も前に起床し、このサンドイッチを準備した。

 もちろん、サンドイッチの準備だけで三時間もかかってはいない。自分の身支度等も含めてだ。


 全て夢花の手作りであり、中に入っている具の組み合わせも全部夢花考案のものである。

 煌大はそう思うと止まらなくなり、あっという間に一つを平らげてしまった。


 夢花も一つ手に取り、口にする。


「うん。我ながら美味しくできた」


「胃袋が許す限り何個でも食べられます」


「何それっ」

 

 煌大の冗談に、夢花が笑みをこぼす。

 サンドイッチは四個。一人二個ずつの計算で、夢花は作ってきた。

 煌大が食べたツナマヨとキュウリのサンドイッチは二つ。夢花もツナマヨが好物であるため、自分用にもう一つ作っておいた。

 それに加えて、ハムとチーズの入ったもの、照り焼きチキンとレタスの入ったものを作った。


 夢花が「どっち食べたい?」と聞くと、煌大は少し考えて、「こっちで!」と、照り焼きチキンとレタスのサンドイッチを指さした。


 このサンドイッチに入っている照り焼きチキンは、夢花が朝から焼いたものである。


「うまっ!」


「おいひい?」


「ほっぺたちぎれそうです」


「ふふっ」


 煌大は先程からかなりしょうもない冗談を続けているが、夢花は笑ってくれている。

 しかしこれは愛想笑いではなく、ちょっとだけ面白いと思っているのだ。


「なんか、煌大くんって弟みたい」


「お、弟、ですか?」


「うん。もちろん、いい意味でね。

 なんというか、こう、弟ができたみたいで、可愛いというか」


「……っ」


 煌大は、少し言葉に詰まってしまった。

 「可愛い」と褒められているのは分かっているのだが、素直に喜べない。


 ーーー好きな相手に、「弟みたい」だなんて言われてしまったのだから。


「煌大くん?どうしたの?」


「……あ、いや、何でもないですよ」


「そっか。食べたら行こうか」


「……そうですね」


 煌大は、先程までがっついていたサンドイッチを、ゆっくりと頬張り始めた。


 (そりゃ、そうだよな。先輩は恋愛に興味は無いし、仮に興味があったとしても、俺のことはただの後輩、よくて仲のいい友達としか思われてない。

 今日俺と出かけてくれたのだって、『デート』なんかじゃない。そう思ってるのは、俺だけだよな)


 煌大はかなり複雑な気持ちになりながら、美味しいサンドイッチを頬張る。


 夢花は煌大の顔を見て、何か悩んでいるのかと尋ねたが、煌大は首を横に振り、否定した。


 恋愛になんて興味はなくて、部活に集中したいと言っていた夢花に、煌大は何気なくアタックを仕掛け続けている。

 夢花はそれを何とも思っていないように振舞っているが、実はそれを気にしていたら。

 今日だって、一緒に遊びには来てくれたが、家に帰ったら「面倒だった」だなんて思っていたら。


 そんなことを考える煌大を、心臓を握られるような痛みが襲う。


 目の前には、好きな人がいる。

 少し目が合うと、夢花は「ん?」と言って首を傾げる。


 (あぁ……俺)


 隣にいる人の笑顔を、ずっと隣で見ていたい。

 でも、それはきっと、叶わない。


 陸上でインターハイに出て、優勝する。

 そんな大きな夢がある夢花は、恋愛なんかしていられない。


 夢花に対して恋愛的な感情を抱いてしまっている煌大は、やはりーーー、


 (ーーー俺、邪魔なのかな)


 煌大は、最後の一口を飲み込んだ。

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