第27話 『動物園1』
乗り換えも挟みながら、小一時間ほどかけて移動して辿り着いたのは、上野だった。
「ここまで来たら、もう分かった?」
「……ほっ」
「なんのため息?」
煌大は本能的に安堵のため息を漏らす。
とんでもない所に連れていかれることを恐れていた煌大だったが、上野に来たことで、全てを悟った。
「……動物園、ですか?」
「ピンポーン!」
煌大と夢花は、上野動物園を目指して歩き出した。
ーーー
「煌大くんは、上野動物園来たことある?」
「子供の頃から、家族で何回も来てますよ」
「じゃ、おすすめのルートとか知ってる?」
「……全然知らないです」
「良かった。わたし、決められたルート回るの苦手でさ。適当に二人でゆっくり回ろっか!」
「はいっ!」
煌大は今日、何度安心すれば気に済むのだろうか。
おすすめルートを知らなかったことが逆に功を奏し、結局適当にブラブラすることになった。
「ゾウがいる!でも思ってたより小さいね。まだ子供なのかな?」
「あれは、アジアゾウといって、ちょっと小さめの個体なんですよ。
多分、先輩……夢花先輩が想像してるゾウは、アフリカゾウですね」
「へえ……詳しいね、煌大くん」
「小さい頃から動物が大好きなもので」
煌大は、物心ついた時から動物が好きだった。
動物の動画や写真はもちろん、家にある図鑑はどれも動物のものばかりだったほどだ。
こういう知識も、図鑑から得たもの。この日のための布石だったのかもしれない。
ゆっくり歩かないとあっという間に終わってしまうような気がした煌大は、目に止まった動物全てを見に行く。
「あっ、先輩見てください。アザラシですよ、アザラシ!」
「ほんとだ!可愛い〜!」
(どの口がっ……!)
煌大は、水の中を泳ぐアザラシを見て満面の笑みを咲かせた夢花を見て、英気を養った。
夢花の笑顔からでしか得られない栄養があるのだ。
自由自在に泳ぎ回るアザラシに、今度は煌大の方が見入ってしまった。
来たことは何度かあるが、かなり久しぶりである煌大は、懐かしさを感じながら見ている。
思わずアザラシに見惚れていると、背後からシャッター音が聞こえた。
「ん?夢花先輩、何撮ったんですか?」
「アザラシ」
「……」
「……を見てる煌大くん」
「やっぱそうですよね!」
「だって、あまりにもじっと見つめてるものだから」
「恥ずかしいんで消してくださいっ!」
「やーだねっ」
アザラシに見惚れる煌大を撮影した夢花は、写真を見てにっこりと笑う。
煌大は恥ずかしさのあまり消すように頼んだが、夢花は消すつもりがないようだ。
「これは、思い出に残しておくんだよ」
「うぅ……」
(思い出……!いい響き……!)
煌大は「やっぱ消さなくて大丈夫です」と夢花に手のひらを向けて断る。夢花は端から消すつもりがなかったが。
アザラシに手を振る煌大の横で、「ばいばーい」と別れを告げながら手を振る夢花。
その姿が可愛くて、煌大は鼓動が速くなった。
その視線に気が付いた夢花は、振り返って煌大の顔を見て、
「ーーー楽しいねっ!」
と、心から楽しそうに煌大に笑いかけた。
煌大も笑い返し、「まだまだこれからですよっ」と、夢花の期待を膨らませた。
歩いているうちに、ある動物を見つけた。
「あれ、なんだろ」
「バク、ですって」
「待ってね、聞いたことあるぞ……!
確か、悪い夢を食べてくれるっていわれてる動物だよね」
「大正解です」
「わーい!」
健気にはしゃぐ夢花だが、バクはそっぽを向いたまま寝ている。
大きな尻をこちらに向けて、呼吸で体が一定のリズムで動いている。
「寝ちゃってるね」
「ですね」
バクの寝ている写真をスマホのカメラに収めてから、再び歩き出した。
「先輩、爬虫類とか、両生類とかって大丈夫ですか?」
「……」
「やめときましょうか」
「ごめんね、興醒めだよね」
「苦手なものは仕方ないですよ。可愛い動物はまだまだ居るので、そっち、見に行きましょう」
「……うん」
夢花は、昔から虫やカエルなどの小さな生き物だけは苦手だ。
ほんの小さなハエトリグモでも、華山家は大騒ぎになる。
煌大に申し訳なさそうに謝る夢花を、煌大は優しくカバー。爬虫類ゾーンを避けて、別の場所へ向かった。
「……煌大くん」
「何ですか?」
「煌大くんって、何でそんなにわたしに優しいの?」
「む、難しい質問ですね……」
歩きながら、夢花は煌大に問いかける。
煌大は、基本的に誰にでも優しく接するように心掛けてはいるが、夢花に対しては特に気を付けて接している。理由は明白である。
夢花は、少しだけ気になってしまったのだ。
煌大は、自分だけにこんなに優しくしているのかが。
「俺は、先輩だけに優しく接してるわけじゃないですよ。優にだって、萌にだって、クラスメイトや野球部員たちにも、先輩と同じように接してるつもりです。
それに、『爬虫類や両生類が苦手』だって言ってる先輩を無理やり連れて行く人間なんて居ますかね」
「そう、だよね。うん。ありがとう」
「……?」
煌大も、その人が苦手な場所に無理やり連れて行くという鬼畜の所業はしない。優しさというより、常識的に考えればそんなことはしないはずだ。
ただ、煌大は少し発言を悔やんだ。
(……先輩だけにしかこんな優しさ見せないって言えばよかったー!ひよったー!)
その一方で、夢花も発言を悔やんだ。
(……わたし、いきなり何を聞いてるの……?)
まるで、煌大のことを意識しているような発言をしてしまった夢花。
全く異性としての意識はないと自覚している夢花だが、気付いた時には口が勝手に動いていた。
お互い気まずい空気のまま、次の場所へと向かった。
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