第19話 『叶わぬ恋』

「それで、上手く行ったのか?デートのお誘いは」


「あっさりオッケーもらえたから拍子抜けだったよ」


「良かったな」


 ふっと澄ました顔をして笑う優、実は今日は煌大に無理やり連れてこられた。

 星華の男子生徒が、たった一人で学校のアイドルである華山夢花の応援をしに来ただなんて他の生徒に知られたら、何を言われるか分からない。


「今日僕を連れて来なくたって、どうせ二人で出かけるんだから意味ないだろ」


「二人で出かけるのと、先輩の応援に行くのじゃ、違うだろ?」


「二人で出かける方がまずいだろ」


「……それはそうかも。いや、その通りだ!どうしよう!」


「夜道に気を付けるんだな」


 煌大はそこまで考えが及ばなかった。

 普通ならばそこまで考えられるはずだが。


 デートに誘うという難易度が鬼レベルのイベントを意識しすぎるがあまり、頭が回らなかった。


「でも、いいよ。俺は、この時間が楽しいんだから」


「どういうこと?」


「なんて言えばいいかな……先輩の一挙一動にドキッとするし、先輩と話してると心がふわふわするし、俺は先輩が好きだよ。

 でも、先輩と付き合いたいっていうよりも、この時間が好きなんだよな。

 先輩は、俺の事をなんとも思ってないだろうし、俺が先輩が好きだってこともまだ知らない。もし先輩が俺の気持ちに気付いたら、今みたいな関係じゃなくなるかもしれない。

 こうしてデートに誘ったりしてたらいずれは勘づかれるって分かってるからこそ、純粋に今の時間を楽しみたいんだ」


「……ほう。じゃあ、先輩とは付き合いたくないってこと?」


「付き合いたいです」


「どっちなんだよ」


 煌大のこれは、本心だ。

 今は、『夢花と付き合いたい』という気持ちよりも、『今はまだ夢花への片想いがしたい』という気持ちの方が強い。

 もちろん、付き合いたいといえば付き合いたいが、夢花は煌大のことを何とも思っていないし、煌大の好意にも気付いていない。


 煌大自身、夢花との噂が流れるのは嬉しい。

 夢花にとって迷惑ではないとわかった以上、噂を耳にしたら心から嬉しくなれる。


 付き合ったらもっと楽しいのは分かっている。それでも、この時間が楽しくてたまらないのだ。


「先輩が走るのは……三十分後か。先に上がって、他の試合も見ておこうか」


「分かった。先に席とっといて。トイレ行ってくる」


 煌大は優に「はいよ」と返事をして、席へ向かう。

 優は煌大とは逆方向に歩きだす。


 優は、トイレには向かわない。


「……だってさ」


「……」


「どうするんだ?

 ーーー萌」


「……月曜日に、煌大に話に行くわ」


 優は萌と電話をつなげていた。

 煌大のこれまでの優との会話は、萌に筒抜けになっていた。


 優は萌との電話を切り、スマホをズボンのポケットにしまう。

 そして、席をとって、トラックを見下ろす煌大を見つめ、


「……お前は、罪深い男だよ、煌大」


 そう、ボソッと呟いた。


 ーーー


 萌は自分の部屋のベッドに寝転がり、天井の一点を見つめる。

 これは、萌が複雑な気持ちになっている時や、虚無感に浸っている時にとる行動である。


 腕を目の上に乗せ、目を閉じる。


 頭に流れるのは、これまでの煌大との思い出。


 (……一生のお別れってわけじゃないんだから、こんなのはやめよう)


 そう分かっていても、煌大との記憶は止まらない。

 目を閉じていたら止まりそうにないので、再び目を開けて天井を見つめる。


 スマホ越しに聞こえた、煌大の言葉を思い返す。


「今の時間が楽しい、か」


 煌大は、夢花のことが好きである。

 このことは、萌も知っている。


 そして、萌はまだ煌大が好きであり、まだ諦めていない。

 しかし、最近の煌大を見ているうちに、もうどうでもよくなってきつつある。


 必死にアピールし、アタックし続ける自分には見向きもせず、夢花ばかりを見ている煌大に、心が折れそうになっているのだ。


 入学した日の初めての会話に比べれば、また以前のように互いをいじりあったりする『親友』らしい関係に戻ってきてはいるものの、所詮は『親友』どまり。

 煌大にとって萌はただの親友であり、恋愛対象ではない。

 萌は、煌大と会話をしたり、煌大を見たりするだけでも、そういうことを考えてしまう。


「何がっ……!今の時間が楽しいよっ……!」


 萌は、唇をかみしめて、枕を握りしめて、身体を震わせる。

 萌は煌大の先程の発言に対して、耐え難い怒りを感じている。


「私は、こんなに煌大にを振り向いて欲しいのに……!何が、『今は付き合いたいとは思わない』よっ……!」


 萌の苦悩も知らずに、煌大は夢花とどんどん距離を詰める。

 それなのに、煌大はまだ夢花とは付き合いたいとは思わない、と言うのだ。

 萌が煌大で、夢花が煌大ならば、萌は迷わずにどんどんアタックしている。もし今の二人の状況に萌が置かれたら、今すぐにでも告白して、付き合いたいと思う。


 煌大は、夢花への片想いを楽しんでいる。

 萌は、煌大への片想いが辛い。


 同じなのに、全く違う二人。

 辛くて苦しくてたまらない、絶対に叶うことのない恋をする自分と、嬉しくて楽しくてたまらない、叶う可能性のある恋をする煌大の、全く違う現実に、萌は深く傷ついている。


 それと、萌の想いを蹴ってまで他の人を好きになっておいて、まだ付き合いたくないなどと言い出した煌大に、やり場のない怒りを覚えている。


「私はっ……!こんなに想ってるのにっ……!どうしてなのよっ……!」


 萌は涙をこらえる。

 もう、煌大への片想いで泣くのはやめようと、そう決めたからだ。


 だが、こんな時にまで頭に浮かんでくる、煌大の顔。

 まだ想いを伝える前の、煌大の笑顔。

 夢花と一緒にいるのを偶然見かけた時の、煌大の笑顔。


 同じ笑顔なのに、全く違う顔。

 萌は、自分で勝手に現実を突きつけておいて、我慢が出来なくなった。


「私っ……!どうしたらいいのっ……?!」


 枕に顔を埋めて、声を押し殺して、泣いた。

 涙が滲む枕を抱いて、丸くなって泣いた。


 思い返せば、萌が煌大に告白する前、煌大へのアタックが楽しいと感じたこともあった。

 軽く体を触った時、声を上げて驚く煌大や、からかった時に怒る煌大の様子を楽しんでいた時期もあった。


 でも、そんな時でも、一秒たりとも、一瞬たりとも、『煌大とまだ付き合いたくない』だなんて思ったことは無かった。


「よしっ!」


 萌は、一度泣いたら一時的に吹っ切れるタイプの人間。

 枕に北海道のような形が残るくらいの涙とともに、色々な負の感情を出した。


 萌は服を着替え、外へ出る。

 着ているのは、ジャージ。


 ーーー萌はダンス部を辞めて、陸上部へ入るのだ。

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