第16話 同じチーム

 入学して、一ヶ月。

 あれから、ほぼ毎日、煌大と夢花は登下校を共にしている。

 そのことは、もちろん萌も知っている。


 だが、萌はそのことを知ってから、更に煌大に対するアタックが強くなった。


 後ろから突っ込んできたり、角に隠れて驚かせてきたり、突然「好き」と言ってきたり。もうやりたい放題である。


 部活の方はというと。


 夢花はあれから、一日たりとも休むことなく、走り続けている。

 短距離選手である夢花は、部内で一二を争う速さである。


 夢花は転校生であり、普通ならば、転校したその日から六ヶ月以内は主要な大会に出場できないのだが、家庭の事情だということを説明したところ、正当な理由だとして認められた。


 一方、煌大は。


「ぐっ!」


 パシンという、ボールがミットに吸い込まれる音がブルペンに響く。

 キャッチャーはもちろん、優である。


 優の後ろには、スピードガンを持ったピッチングコーチがいる。


「百四十キロ」


「二ヶ月間やって、やっと一キロ伸びた……」


「でも、球質というか、コントロールは前より良くなってると思うよ」


「この前見た時よりも、コースごとの投げ分けが出来るようになっているな。この調子だ」


「ありがとうございます!」


 煌大は、帽子をとってコーチに頭を下げる。

 定期的な太陽からのアドバイスや、共同練習により、煌大の課題は大幅に改善された。


 真ん中にばかり集まっていた球は、アウトコースやインコース、高めから低めまで、段々と制球率が上がってきている。

 太陽にスローカーブを教えた代わりに、太陽からはパワーカーブを教わった。

 鋭く縦に曲がるパワーカーブと、ゆっくりと斜めに曲がるスローカーブが使えるようになった煌大と太陽は、互いにお礼を言いあった。


 東雲太陽の最速は、百四十八キロ。そして、煌大の教えたスローカーブは百五キロ。約四十キロもの球速差というのは、打者からすればかなり厄介になる。


 煌大の最速は、今日記録した百四十キロ。スローカーブは百キロを切る九十七キロだ。

 こちらも四十キロ以上の緩急があるため、打とうとしてもなかなか打つことは出来ない。


 一年生の他の投手のストレートは、最速でも百二十九キロ。それに加えて、投げられるのはせいぜい曲がる球一つと緩急用の球くらい。

 こう見ると、いかにこの二人が突出しているのかが分かる。


 三年生と二年生を含めて見ても、投手の中ではこの二人が頭一つ抜けている。


「花村くんのスローカーブ、もうすっかり使えるようになった」


「俺も、パワーカーブにだいぶ慣れてきたよ」


 隣でピッチング練習をする太陽は、そう言いながら百四十五キロ越えのストレートを投げ込む。捕るキャッチャーが可哀想である。

 ちなみに、キャッチャーは三年生の片山だ。

 彼は一応、このチームの正捕手であるが、キャッチングやフレーミング、スローイングなど、キャッチャーに必要な全ての能力において平凡だ。


 星華高校の野球部は、人数こそ多いものの、個々の能力がイマイチであり、下の上程度の選手を上手くやりくりして起用する、といったものが多かった。


 そんな中、今年の一年生は豊作だと言われている。


 県内最優秀バッテリーの花村煌大と花園優、全中優勝校のエースピッチャーである東雲太陽など、有力な中学校の主力選手が集まった。

 これは、去年から監督に就任した音無秀人の功績である。


 実は、彼は監督として、二つの高校を甲子園へ導いたことのあるほどの手腕の持ち主であり、最高成績はベストエイトだ。

 そんな彼は、県内の数多の中学の試合の観戦に行き、有力選手を絞った。

 煌大と優は星華中学で最優秀バッテリーに輝いているため、音無からも注目されていた。

 音無は、勝利のために必要なことは何でもする。

 たとえ今年で引退する三年生であっても、実力が下級生よりも下回っている者は容赦なく切り捨てる覚悟で、『監督』という役割を担っているのだ。


「煌大、優、太陽。それから片山先輩。監督から集合がかかってるから、集まって」


「「「はい」」」


「おう」


 二年生の佐山が、走ってブルペンへやって来て、四人を手招きした。

 四人は急いでブルペンを出て、監督のいる場所へと向かう。

 両翼九十五メートルという地方球場さながらの広いグラウンドを、ダッシュで走り抜ける。


 もう既に、約百人の部員が監督を取り囲んで円になっていた。


「これで全員だな」


「はい!」


「脱帽!礼!」


 キャプテンの西山が、声を張って指示する。

 部員は揃って帽子をとり、「お願いします!」と声を出して頭を下げた。


「夏の県大会まで、残り二ヶ月を切った。今から約一ヶ月後にあるメンバー発表にあたって、お前達百七人を、A、B、C、Dチーの四つのチームに分ける。

 安心しろ。これは一軍、二軍とかいう話じゃなく、チームに分けて、チーム同士で紅白戦を行うんだ。

 ここ一ヶ月でお前達を見てきたオレと外部コーチが話し合って、上手く実力差が無い程度に分けておいた。

 LINEのグループに送っておいた画像を確認しておけ。これからは二ヶ月、そのチームごとに分かれて練習をしてもらう。

 陸上部にも協力してもらって、グラウンドを広く使わせていただくから、もし陸上部の知り合いがいる奴は、礼を言っておくように」


 部員たちがザワつきだす。それを静めて、西山が挨拶の号令をかけ、解散した。

 部員たちは我先にと部室へ戻り、自分たちのスマホを確認した。


 どうやら、こういった練習は今までになかったらしい。


 煌大も自分のバッグの中にしまってあるスマホを取り出して、自分のチームを確認する。


『Aチーム

 竹中

 田中

 岩田……』


 下にスクロールしていき、煌大は自分の名前を探す。


 AチームにもBチームにも、煌大の名前はない。


 小一分探し続けて、煌大はようやく自分の名前を見つけた。


 そこには、


『花村

 花園』


「優!同じチームだ!」


「ようやく僕たちの時代が来たな」


「……それは言い過ぎだろ」


「そこは乗れよ。ノリ悪いなお前」


 煌大と優は、バッテリー揃って同じチームに振り分けられた。

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