第14話 『花村俊介』
煌大も、湧き上がってくる悲しい感情を抑えようと、頬を引きつらせて笑う。
「相手のトラックの運転手の人も、運転中に脳卒中を引き起こしたみたいで」
「ごめんっ……わたし、そんなつもりっ……」
夢花は、辛い話を引き出してしまったことに責任を感じ、泣き出しそうになる。
煌大は慌てて、
「大丈夫ですよ、先輩。流石にもう、立ち直ってますから」
「でも……ごめんね、本当に。考え無しの発言だった」
「まさか死んでるなんて思わなかったでしょうし、気にしないでください」
なおもひどく責任を感じ、煌大に心からの謝罪をした。
ここからは、その過去について話そう。
ーーー
煌大の父、
自らと同じピッチャーの道を歩ませようと、時に厳しく、時に優しくをモットーに、指導を続けた。
最速百四十八キロの直球と鋭く落ちるフォークを武器に打者を手玉に取っていた俊介は、プロ注目の選手として成長を遂げていたが、プロの道へは進まず、就職の道を選んだ。
職場で出会った雅子と結婚し、その後生まれた煌大が六歳の頃から、俊介は煌大に野球をさせてきた。
自分のような、自分をも凌駕するようなピッチャーに育てあげるため、『隙あらば野球』というくらい、煌大と練習を共にしてきた
それでも、野球以外の時はたった一人の愛息子を可愛がり、色んな場所へ旅行に連れて行ったりもしてくれた。
誰よりも煌大を愛した俊介は、煌大が中学一年生の時、気を失っていた運転手の運転するトラックにはねられて、死亡した。
アクセルを踏みっぱなしで突っ込んできたトラックの速度は、公道にも関わらず百キロを越えていたため、即死であった。
当時の煌大は、その事実を受け入れることが出来なかった。
父がいたから、野球ができた。
父がいたから、きつい練習でも、頑張れた。
煌大の俊介に対する思いは、俊介が煌大に向けた愛情と同じくらいには強かった。
煌大は、数ヶ月間、部活にも、学校にも行かなくなった。
毎日泣いて、泣いて、泣いた。
涙が涸れるまで、声が出なくなるまで、枕に頭を押し付けて、泣いた。
母から何を言われても、煌大は家を出ることは無かった。一種の不登校状態であった。
その期間、何度も萌から連絡が来たものの、その全てを無視した。
煌大の心に空いた穴は、もはや誰にも塞ぐことは出来なくなっていた。
そんなある日、一人の人間が、煌大の家を訪ねた。
それは、煌大の幼馴染であり、親友である人間の一人、花園優だった。
連絡は何度か来ていたし、他の友人からも何件も来ていたが、直接誰かが家に来たのは、その数ヶ月で初めてのことだった。
煌大は、本当はあげたくなかったが、優を部屋に入れた。
優は、煌大を慰めも、怒りもしなかった。
ただ一言、
『一緒に、野球しよう』
とだけ、煌大に伝えた。
当然、煌大は優に怒った。
『俺の気も知らないで、勝手なこと言うんじゃない』と、煌大は感情を露わにした。
この時の煌大は、感情がコントロール出来ないくらいに、心が荒んでいた。
優はそんな煌大を見て、
『死んだお父さんが今のお前を見たら、どう思うだろうな』
と、今と変わらない涼しい顔と口調で、言い放った。
煌大はその言葉を聞いて、頭に俊介の顔が浮かんだ。
『少なくとも、今のお前を見たいなんて思わないだろうな』
『……どうすれば、いいんだよ……!』
『言っただろ。ーーー僕と、野球をしよう』
そう言い続ける優を見て、更に煌大の感情は昂る。
置いてあった枕を優に投げつけようとするが、優の表情を見て煌大は固まった。
優の目には、涙が浮かんでいたのだ。
小さな頃から煌大と仲の良かった優は、俊介とも何度も練習をしたことがあった。
我が子のように可愛がってくれた俊介の死は、優にとってもかなり辛いことであった。
それに対する悲しみと、煌大が無事に生きてくれていたことに対する安堵で、思わず込み上げてしまったのだ。
そんな優を見て、煌大は感情がぐちゃぐちゃになった。
『僕は、いつまでも待ってる』
優はそれだけ言い残して、部屋を出ていった。
煌大は、こんな状態に陥った自分を気にかけ、自分と一緒に泣いてくれる優の優しさを知り、また泣いた。
その翌日、煌大は数ヶ月ぶりに制服に袖を通し、学校へ登校した。
教室に入ると、全員が歓迎してくれた。
野球部の友達やクラスメイトは笑顔で出迎えてくれたし、萌は泣きながら抱きついて、煌大の帰りを喜んだ。
優は、元気そうな煌大を見て、
『おかえり』
そう一言、煌大にかけた。
煌大は我慢が出来なくなって、優に飛びついた。
『ごめんなっ……!ごめんなっ……!』
情けない自分を見せた優に、そして、そんな自分を天国から見ていた自らの父親に、何度も何度も謝った。
煌大はその時、強く誓った。
「ーーー絶対に、こいつと甲子園で優勝しようって」
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