第12話 『格の違い』

 煌大は肩慣らしのキャッチボールを終え、プレートに足をかける。


「花村くん、持ち球は?」


「真っ直ぐ、スライダー、カットボール、スローカーブ、フォーク」


「いつもどんな感じで投げてる?

 何を何球ずつとか決めてる?」


「いつもは適当に優にサイン出してもらいながら投げてるよ」


「じゃ、ボクが指示するね」


 太陽はマスクを被り、その場にしゃがむ。

 足場を整えて、ミットを構える。


「ストレート」


 太陽はミットを微動だにさせず、じっと構える。

 煌大は足を上げて、前に出して、思い切り腕を振る。


 ボールは空を切りながら、ミットへ吸い込まれていった。


「やっぱり、いい球投げるね。ノビもあるし、球速も出てる」


「東雲くんに言われても説得力ないよ」


「ボクが上なのは前提として、本当にいい球投げてるよ」

 

「最初の一言いるかなぁ?」


 太陽は立ち上がり、煌大にボールを投げ返す。

 煌大はそれをやや強引にパシッと取り、すぐ次の球を投げる体勢に入る。


 病み上がりだった初部活の日と比べれば体の調子は俄然良く、球も走っている感覚がある。

 あの時が百三十九キロなら、百四十二キロくらいは出ていてるような気がする。


 そう考えると太陽とはそこまで差がないとも捉えられるが、三キロの差というのもかなり大きい。

 今の煌大が投げた球は、正真正銘、全力投球。つまり、これが煌大の今の限界だ。


「東雲くん。この前俺の隣で投げた時、全力で投げてた?」


「あの時は七、八割くらいかな」


「やっぱりか……」


 顔にまで力を入れて投げた煌大とは反対に、この間の太陽は涼しい顔をして投げていた。

 東雲太陽は、まだ本気を出していない。


 全力で投げていない太陽が本気で投げれば、もしかすると百五十近く出るかもしれない。


 少し埋まったと思った差は、広がる一方であった。


「次、ここに真っ直ぐ」


 太陽は右打席から見てアウトコースギリギリにミットを構える。


「ぬんっ!」


「次、インコース」


「ぐっ!」


「真ん中」


「っ!」


 煌大は太陽に指示されるままに、十球ほどストレートのみを投げ込んだ。

 最初の球は全力だったが、常に十割全開で投げていてはスタミナがもたないため、このくらいがいいとされている七割の力で投げた。


 小学生の頃、ピッチャーをやり始めた煌大は何も考えずに全力投球を続けていたところ、案の定肩を壊して何週間か投げることが出来なくなったこともあった。


「花村くん。球は走ってるし、真ん中に投げる制球力はあるけど、コースに投げ分けるコントロールとか、ボール一個分の出し入れが甘いよ」


「やっぱそうだよなぁ」


 今の煌大の球は真ん中に集まるか、はっきりとボール球になるかの二択のようなもの。

 基本的に、真ん中にボールが集まるピッチャーは打たれやすい。

 真ん中よりも左や右にボールがズレるだけで、バットの芯で捉えることが難しくなる。真ん中に球が集まるということは、その分バッターの芯で捉えられてしまう可能性が高まるのだ。


 中学までは、煌大の速球で押しまくることは出来たが、高校に上がってレベルが上がるとそうはいかない。

 今どき、百四十キロを越えるストレートを投げられる高校生はあまりいないが、どの高校でも、その程度の速球に対応する練習はするもの。

 まずはコースに投げ分けられる制球力を身につけなければ、エースになるのは厳しくなる。

 変化球を駆使しながら戦うとしても、真ん中のストレートを待たれて打たれてしまう。


 結局は、ボールをコースに投げ分ける力が必要なのだ。


「じゃ、変化球交ぜるよ」


「分かった」


 その後も、煌大は変化球を織り交ぜながら、五十球ほど投げた。


 ーーー


 ピッチングの後は、走り込みをして、トスバッティング(トスを投げてもらい、ボールをネットに向かって打つ練習)を行った。

 今日もヘトヘトになるまで練習した後、今は太陽と二人で練習着から制服に着替えている。


「花村くん」


「ん?」


「変化球のキレは良かったし、曲がりも落ちも良かった。君は、コースに投げ分ける力がつけば、もっといいピッチャーになれると思う」


「ありがとう。頑張るよ」


 煌大はやや上から目線でアドバイスをくれる太陽。煌大は服を脱ぎ、パンツ一丁になってからそう返した。


「あと、花村くんのあのスローカーブ、どうやって投げるの?

 ボクのカーブはどちらかというとパワーカーブで、ストレートと組み合わせるにはあんまり緩急がつかないんだよね。チェンジアップはあるけど、もう一つくらい緩急用の球を増やしたくて」


「今度一緒にピッチングする時に教えてやるよ。

 でもいいのか?ライバルなのに」


「ライバルだから何も教えあったりしちゃいけないなんてことはないし、何なら教え合うべきだよ。

 ボクたちは、『ライバル』であって『敵』じゃない。敵なら容赦なく蹴落とすけど、ライバルは、お互いに高め合いながら競うものでしょ」


「なるほど……深いな」


 『ライバル』であって、『敵』ではない。まさに言葉通りである。

 同じポジション、同じ目標を掲げて競い合う二人は、チームメイトだ。仲間同士で蹴落とし合うなんてことは、煌大だってしたくない。


 煌大は、今の太陽の言葉を胸に刻み込んだ。


「じゃ、先上がるね。お疲れ様」


「おう。また明日」


 先に着替え終わったのは太陽。手を挙げて、煌大に別れを告げる。


「東雲の球……レベルが違った……」


 煌大が投げ終えたあと、太陽もブルペンで投げ込んだ。

 新しく見つかった煌大の課題であるコースの投げ分けを、太陽は難なくこなしてみせた。

 それでいて変化球のキレは凄まじく、制球もできていた。


 煌大は、悔しいが、東雲太陽こそが、煌大のなりたい投手の理想形なのだ。


「練習あるのみだよな……よし!帰ったら色々調べて、制球力上げよう!」


 煌大は独り言をボソボソと呟きながら荷物をまとめ、部室を後にした。

 鍵を職員室まで返しに行き、最終下校時刻ギリギリで校門を出る。


 (ギリギリセーフ!)


 煌大は、振り返って時計台を見る。

 最終下校時刻は十九時。もう十九時を回りそうなところだった。

 十九時を過ぎてもまだ校内に入れば、最悪閉じ込められる危険性もあるため、なんとしても時間内に脱出しなければならない。

 煌大が校門を出る三分前くらいまでが、帰宅ラッシュの激戦が繰り広げられるタイミングだ。


 煌大は「はぁ……」と安堵と疲れが混ざったため息をつく。


「ーーー煌大くん」


 そんな煌大の右から、一番会いたくて、一番会いたくない人物が声をかけてきた。

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