第11話 『噂』

 約八時間の憂鬱な時間が終わり、楽しい楽しい部活の時間がやってきた。

 今日は、ピッチング練習をするつもりだったが、夢花と一緒に登校している時に優から連絡が来ていた。


 彼は、風邪をひいてしまったらしい。


 緊張のしすぎでスマホどころではなかった煌大は、優からの連絡に気が付かなかったため、優に謝罪のメッセージを送った。

 夢花と一緒に学校に行ったことを優に話したところ、『明日学校行くから詳しく聞かせろ』とのメッセージが届いた。


 煌大は、夢花と登校したことは誰にも話していない。

 もちろん、萌にもだ。

 むやみに言いふらして変な噂でも立てられては、夢花が困ってしまうと考えたからだ。


「ーーーおい、煌大ァ!どういうことだ貴様ァァァ!」


「えっ、えっ」


 煌大を問い詰めるのは、一年生の部員たちだ。


「抜け駆けとはけしからん奴だなァ!華山先輩と二人で登校してたって?あァ!?」


「ちょっと……」


「もう学校中に広まってんだわァ!

 ーーー二人が付き合ってるっていう噂!」


「え?」


 煌大の顔が青ざめていく。

 一番恐れていた事態が起こってしまった。


 当然、好意を寄せる煌大にとっては嬉しい噂だ。

 だが、夢花にとってはそうではない。


 煌大の脳裏に、夢花の顔が浮かぶ。

 夢花は恋愛なんかに興味はなくて、陸上に集中したいと言っていた。

 煌大と登校したことでそんな噂が立ったのだとしたら、夢花は煌大と距離を置いてもおかしくはない。


 陸上に力を入れる上で、煌大の存在が邪魔になってしまうかもしれないのだ。


「で、どうなんだよ、花村?」


「その……たまたま夢花先輩が引っ越してきたのが俺の家の向かいの家で。

 それで、たまたま家を出るタイミングが被ったので、一緒に登校しただけだよ」


「……」


 一年生のみが入っている部室に、しばしの沈黙が流れる。

 煌大はあちらこちらをチラチラと見て、皆の反応をうかがう。


「ーーーなんだ、そんなことだったのか!」


「じゃあいいや!」


 わーっはっはっは、と、部室に笑いが広がる。


「じゃねえよ!そもそも一緒に行くこと自体羨ましいんだよぉ」


「いて!いててててて!」


「おいお前ら!この不届き者をやっちまえ!」

 

 うおおおおお、と煌大の方に部員が集まり、もみくちゃでよく分からないことになっている。

 「あいたたたたたた!」と痛がる煌大に構わず、くすぐり続ける一年生部員たち。


 そこにーーー、


「ーーー何やってんの……」


「「「あ」」」


 キャプテン西山が、やって来た。

 

 


「「「すみませんでした……」」」


「今回だけは、音無監督には言わないでおいてやる」


 (俺何もしてないのに……)


 暴れ回った一年生たちはまだしも、煌大は少し不憫である。

 変な噂を流されて、それに過剰に反応した一年生部員たちに煌大はもみくちゃにされただけ。


「あと、煌大。お前は後で別メニューだ」


「何でぇぇぇぇぇぇ(泣)」


 西山は、ふっと笑った。


 ーーー


「花村くん。一緒にピッチングしない?」


「いいけど……いいの?本職キャッチャーとやらなくて」


「ボクは相手を選ばないから」


「なんかムカつくな」


 太陽に誘われ、煌大はブルペンへと向かった。

 陸上部のいる、ブルペンの方へ。


 煌大は、今はあまり夢花と顔を合わせたくない。

 あんな噂を流されたあとだ。気まずくて顔を合わせづらい。


 なるべく陸上部の方を見ずに、見たいけど見ずに、ブルペンへ一直線に走る。


「どうする?先に投げる?」


「ボクは後でいいよ。花村くんが先に投げて」


 煌大にボールを渡し、ホームベースへと歩いていく東雲と反対側に歩きだし、プレートへ向かう。


 振り向く時に、一瞬だけ陸上部の方に目をやった。


 運の悪いことに、夢花と目が合ってしまった。


 (ごめん、先輩……)


 手を振る夢花を、煌大は無視してしまった。

 無視をされて、「えっ」と声を漏らす夢花。他の陸上部の部員に心配されるも、なんでもないで済ませた。


 煌大の心が痛む。

 好きな人からの挨拶を無視するなんて、普通なら絶対にしない。

 野球部の人たちには、付き合っているという噂は否定しておいたが、他の生徒たちはまだ知らない。


 煌大が距離を置くことで、噂が噂止まりであったことを証明しなければならないのだ。


 (煌大くんに無視された……何で?)


 夢花の頭に、そんな言葉が浮かぶ。

 夢花も、煌大との噂は耳にしている。

 しかし、煌大の推測とは裏腹に、夢花は全く気にしていない。

 中学の頃からかなりモテていた夢花は、そんな噂を立てられることなんて日常茶飯事であり、もうすっかり慣れてしまったのだ。


 つまり、煌大のやっていることは、『余計なお世話』というやつである。


 (帰る時、とことん問い詰めてやる!)


 夢花は心の中でそう決心して、トラックを走り出した。

 煌大に無視されたことに、なんともいえない複雑な感情を覚えながら。

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