第7話 まさか

 着替えを済ませ、部室を出た煌大は、重い足取りで家へ帰る。

 自分では敵わない相手では無い。

 そう分かっていても、やはり優のあの発言はへこむ。


『間違いなく、今まで受けてきた中で頭一つ抜けてるよ、あいつは』


 まだ入部初日であり(煌大のみの話だが)、これから引退までかなりの時間が残されているとはいえ、こんなことまで言われたら悔しい。

 もちろん、努力次第で結果は変わる。

 でも、太陽だってこれから努力をするだろうから、煌大よりももっと上へ進んでいってしまい、置いていかれるかもしれない。


 レベルの違う相手を目の当たりにしたのは、初めての経験だった。

 煌大が県大会で優勝できなかったのは、自らのエラーのせいだった。

 そういう大事な場面で致命的なミスをしてしまうそのメンタルも、煌大の課題の一つである。


 最優秀バッテリーに選ばれたのは自分としても誇らしいが、満足はしていない。

 常に、上へ。行けるところまで上を目指すのが、花村煌大なのだから。


「……にしても」


 と呟く煌大の脳内には、華山先輩の姿が浮かぶ。

 遠目から見ても分かる、一際目立つあの美貌。

 近づいてみるとなお際立つ、アイドル性の高さ。


 ボールを受け取った時、ふわっと香ったあのいい香りが、煌大の鼻腔の中に……ちょっとこれ以上は気持ち悪いからやめておこう。


 だが、煌大の脳内にあの姿が焼き付いたのは事実だ。

 そう、これは、このように言えるーーー。


「……俺、一目惚れしたかもしれないな」


 煌大は、目を閉じて手で顔を覆った。


 思えば、二日目にしてみんな言っていた。


『二年生の華山先輩、めっちゃ可愛かったわー』


『あんな人と付き合えたら人生薔薇色なんだろうな』


『友達になれるだけでも奇跡だろ、あんな人』


 という感じで、既にほとんどの一年生からも人気を醸していた。

 そんな人と、あれだけでも言葉を交わせただけで、煌大は幸せ者だと自負している。

 これから一生関わることの無いような先輩だが、煌大は残念なことに一目惚れしてしまった。


 (でも、接点がないことにはなぁ……)


 いきなり話しかけて、『お友達になりたいです』なんて言ったらキモがられるに決まっているし、でも何もアクションを起こさなければ何も起こらない。

 野球部の先輩に、仲良くなりたい旨を伝えて貰うというのも悪くない案だが……それはそれで他力本願な感じがある。


「うーん……」


「ーーー何してるの?」


 立ち止まって考え込む煌大の背後から、声が聞こえた。


「深ーい考え事を……へっ!?」


 煌大が後ろを振り向いた瞬間だった。

 目の前に立っていたのは、今の今まで脳内に存在していた人物。

 煌大が一目惚れを決めてしまった華山先輩が、そこにいた。


「考え事かー。わたしもよく悩むことあるからわかるなー」


「こ、こんなところで何を!?」


「立ち止まって唸り声あげてた君に言われるのは心外だな。

 何してるのって、わたしも家に帰ってるんだよ」


 それはそうか、と煌大は我に返る。

 「そうですか……」と一言零し、振り返って走り出した。


「えっ、なんで逃げるのっ」


「さようならー!」


 煌大はバッグを抱え直して、全力で走る。

 徐々に落ちていく日の中、ツインターボがついているのかというぐらいのスピードで家へと走る。


「ーーー待ちなさーい!」


「何で追ってくるんですかー!?」


「そりゃ目の前で逃げられたらいい気はしないでしょー!」


「はっ。確かに」


 何の言葉もなしに逃げ出すことは失礼だと考えを改めた煌大は、その場で急ブレーキ。

 華山先輩はすぐ背後に居たため、急ブレーキをかけた煌大に反応できず追突した。


 煌大は持ち前の体幹を生かし、何とか倒れずに済んだ。


「せっかく帰り道おんなじなんだし、一緒に帰ろうよ」


「そ、そんな……悪いですって」


「いいじゃん」


「……」


 煌大は渋々、華山先輩の隣を歩くことにした。

 実際のところは、『渋々』なんて表現は間違っている。

 嬉々として、隣を歩くことにした、が正しい。


「わたし、華山夢花と申します。以後、お見知しりおひっ」


「……舌かみました?」


「噛んら」


 煌大は「ふはは」と笑うと同時に、華山先輩の下の名前が夢花であるという機密情報を手に入れた。

 「なんで笑うの」と可愛く怒る夢花に、「自己紹介で噛まれたらそりゃ笑いますよ」と返す煌大。


 (うわ、なんか友達っぽい会話……!)


 会話すらできない他の生徒たちに対して優越感すら覚える今の状況。ずっと家に着かなければいいのにとさえ思う。


「君は?なんて言うの?」


「花村煌大です。野球部です」


「わたし部活言ってなかったね。陸上部です」


 煌大の後に続いて、夢花は所属している部活の名前を口にした。

 そんなこと知ってますよ、と言いたいところを我慢して、煌大は必死に次の話題を探そうとする。


 だが、恋愛ほぼ未経験である煌大は、異性と二人きりで会話をする時のデッキがあまりにも少なすぎる。

 手札はもうゼロ枚である。


「わたし、今年から星華高校に転入してきたんだ。

 だから、学年的には上だけど、星華高校生徒としては、煌大くんと同じ一年生だね」


「そうですね。

 でも、何で俺が一年生って?」


「見た目がそうっぽいから!」


「三年生だったらどうしますか?」

 

「……どうしよう!ごめんなさい!!」


「一年生ですけどね」


「……なーんだ」


 煌大は夢花の一挙一動を見ている。

 全てにおいて可愛らしい、と煌大は心の中で叫ぶ。

 心臓の鼓動は速く、多分体も熱い。


 惚れた相手と一緒に下校するなんて、高校生活二日目にして何たる青春を送っているのだ。


「あれ?煌大くんもこっち?」


「はい。先輩も?」


「うん。割と近所だったりするのかもね」


 にこっと笑う夢花に、脳の中で叫び散らかす煌大。可愛いが止まらない。


「ここ、どっち?」


「こっちです」


「わっ、同じだ」


 (嘘だろ!?)


 曲がり道が来る度に、同じ方へ曲がる煌大と夢花。

 その間、煌大の会話デッキは相変わらずゼロである。


 夢花の方から話題を提示してくれて、『いつから野球をしているのか』や、『好きな食べ物は何か』について話したりと、小学生のような会話はしているが。


「あの……まさか、こっちだったりしますか?」


「その……まさかです」


 煌大の家までの、最後の曲がり道まで一緒になってしまった。

 流石に偶然がすぎると感じたのか、夢花も一言も発さなくなってしまった。


 煌大の心臓の音が、どんどん大きく、速くなっていく。心拍数は百二十くらいだろう。


「……着きました」


 煌大は足を止めて家の方へ体を向ける。

 すると、夢花は「えっ」と声を漏らす。


 煌大はその漏れた声を聞き取り、夢花の方を見る。


 夢花は驚いた表情のままーーー、


「ーーーわたし、ここ」

 

 煌大の向かい側の家を指差して、そう言った。

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