第6話 東雲太陽

「座っていいぞ」


 煌大は肩慣らしが終わり、優はマスクをつけて屈んだ。

 煌大は基本的に肩が温まるのが早いため、せいぜい二十球くらい軽く投げれば問題ない。


「監督いないし、今チャンスだぞ」


「見に行こうぜ」


 そんな声が、ブルペンの外から聞こえる。

 違和感を感じた煌大は、ブルペンから顔を覗かせる。


 すると、ブルペンの周りには、野球部たちの観衆が出来上がっていた。

 県内最優秀バッテリーの実力は如何に、と言わんばかりに、次々に集まってくる。


「そ、そんな見せ物じゃないんですけど」


「マネージャー!スピードガン持ってきたか?」


「持ってきたよ!」


「どうなってんだこれ……」


 流石に百人を越える観衆に見守られながらのピッチング練習は、体験したことがない。

 が、この程度で緊張していては、甲子園の舞台に立つなんて無理だ。


 平常心を保とうと、深く深呼吸をする。


 マウンドプレートに足をかけ、優の股の部分に出されるサインを見つめる。


 一本指が下に向かっているのを視認した煌大は、ストレートの握りでセット。


 軸足に体重を乗せ、軸足で思い切りプレートを蹴って、力強く踏み込み、ボールをリリース。

 ボールは、ミットに吸い込まれて行った。


「球速は?」


「百三十九キロ!」


 マネージャーから球速が告げられた瞬間、どよめきが起こった。

 普通、高校一年生の球速というものは、速いものでも百三十キロと少しくらい。

 百四十キロ近く投げる投手は、そうそう居ない。


「ーーーボク、投げていいですか」


 煌大が気持ちよくなっているところに、一人の部員が名乗りを上げた。

 藍色の髪をした、足の長い部員。

 白い練習着の胸の部分には、『東雲』と書かれていた。


 (この人が、東雲……)


 音無がさきほど期待を寄せていると言っていた人間の一人である東雲太陽しののめたいようが、煌大の隣のマウンドへ入った。


「誰か受けてやれ」


「あ、僕受けますよ」


 煌大の対角にいる優が手を挙げ、隣のホームベースへ移動した。


「花村くん。打席、入れる?」


「う、うん」


 太陽から打席に入るように言われ、煌大は右打席に入る。


 (身をもって体感しろってことかよ……!)


 煌大はそう思いながらも、バットを持っているかのように構えて、東雲が投げるのを待つ。

 どうやら、肩慣らしは済んでいるらしい。


 静まり返ったブルペン。太陽は足を高く上げた。


 (二段モーション……)


 今どきの高校生では珍しい二段モーションから、太陽は腕を力強く振り抜いた。

 ボールが空を切って進む、スーッという音が、これまで経験してきたストレートの中で一番はっきりと聞こえた。

 そして、太陽が投げたボールは、煌大のインコースを抉った。

 ホームベースのラインを、ビタビタに突いてきたその球に、煌大は度肝を抜かれた。


 (これが……全国レベル……!)


 煌大が目を見開いて驚いているところを追撃するように、マネージャーが球速を告げた。


「ーーー百四十五キロ」


「百四十五!?」


「おいおい、本当に一年生かよ、こいつ!」


「西山の何倍?」


「俺そんな遅くねえし!」


 煌大のストレートが百三十九キロであるのに対し、太陽のストレートは百四十五キロ。

 この六キロの球速差というのは、かなり大きい。


「花村くん。今、ボクがインコースを抉ったのは、宣戦布告って意味だよ」


「宣戦布告?」


「ーーー君に、エースは渡さない」


「ーーー」


 東雲太陽は、煌大に指をさしてそう言った。


「……お前」


「ん?」


「……人に指さすのはどうかと思うぞ」


「……ごめん」


 太陽は指をしまい、脱帽して謝った。

 

 ーーー


 その後も打席に入ってピッチングを体感したが、変化球のどれもにキレがあり、簡単には打てそうになかった。

 彼の持ち球は、ストレート、スライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップ。高校生にしては、かなり多彩な変化球を操る。

 煌大の持ち球は、ストレート、スライダー、カットボール、スローカーブ、フォーク。煌大も、持ち球としては悪くない。


「煌大との決定的な違い、なんだと思う?」


「球速差かな」


 煌大が即答するも、優は首を横に振った。


「ズバリ、キレだ」


「キレ……」


「病み上がりだから本調子じゃないのは、今までずっとお前の球を受けてきた僕には分かる。

 それにしても、東雲の球はよくキレる。

 なんて言えばいいのかな……こう、煌大の真っ直ぐ《ストレート》はノビがあるけど、東雲の真っ直ぐはノビに加えて、打者の手前でもう一回グイッと伸びてくるんだ。

 間違いなく、今まで受けてきた中で頭一つ抜けてるよ、あいつは」


 煌大は、長年のパートナーである優にそう言われ、ほんの少しショックを受ける。

 だが、優の言いたいことは分かる。打席に入って太陽の球を見た時、優が今言った通りのことを感じた。

 打者の手前で鋭く曲がる。曲がる幅なんかはあまりそこまで大きくないものの、緩急とキレがあるのだ。


 まさに、煌大の憧れるピッチャーそのものである。


「まあ、そんなに気を落とさずに頑張ろう」


「……おう」


「じゃ、僕は先に帰るよ」


「お疲れ。また明日な」


 優は驚くべきスピードで着替えを済ませ、「失礼します」と言って、部室を後にした。


 煌大は、早くもライバル視する相手ができた。

 東雲太陽。全中優勝校のエースピッチャー。

 煌大も、全く太刀打ちできないほど、というわけではない。

 これから練習を積み重ね、人一倍、二倍の努力を重ねていけば、きっと太陽に追いつき、追い越せると煌大は信じている。


「花村くん」


「……ぬぁにぃ?」


「その……野球部ではライバルでいいから、それ以外では仲良くしてね……」


「………………うん」


 東雲太陽は、案外良い奴なのかもしれない。


 煌大はそう頭で呟きながら、せっせと着替えを進めた。

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