第5話 華山先輩

「優。これ、どういう風に練習すればいいんだ?」


「この高校の練習は、『課題克服練習』って呼ばれる練習が主流らしくて、それぞれの課題を克服するために、個々で練習するんだ。

 全体で練習する時間よりも、課題練の方が圧倒的に多い」


「全体でノック、とか、フリーバッティング、とかないの?」


「休日は全体練習の方が多いかな。平日は基本こんな感じ。

 普段野手してる人がブルペンでピッチングしても何も言われないレベルで自由だぞ」


「自由だなぁ……」


 煌大と優が所属していた星華中学の野球部は、全体で揃って走り込みや、紅白戦、シートノック(それぞれポジションについて受けるノック)やケースノック(試合中に有り得るケースで受けるシートノック)をすることが多かった。

 中学までがそうだった分、高校野球部がこんな感じであることに驚きを隠しきれない。が、煌大にとってはかなり新鮮だ。


「どうする?ペア組んでなんかやるか?」


「久々に投げたいな」

 

「じゃ、ブルペン行こう。場所、分かる?」


「陸上部の方だよな?」


 こくりと頷いてボールを取りに行く優と反対側に走り出し、ブルペンへ向かった。

 グラウンドが広いため、端から端まで移動するとなるとかなり体力を持っていかれる。

 ブルペンは、何故か陸上部のトラックの近くにある。

 どうして野球部の方に設置しないのか甚だ疑問ではあるが、そんなことは言ってられない。

 この広いグラウンド内を走って移動するのもいいリハビリだと捉えて、煌大は走る。


「ここがブルペンか……結構綺麗だな」


 土は黒く、雨風を凌げる屋根もついているため、雨の中でもブルペンで投げ込むことが出来る。

 中学の時のブルペンは屋根がなかったから、ピッチング練習をする時は最悪雨ざらしになりながらということもあったが、その心配は無さそうだ。


 ふと、陸上部の方を見る。

 足の速かった煌大は、中学の時、リレーでアンカーを務め、陸上部と一騎打ちになったことがあった。

 なんと、そこで陸上部を負かした経験がある。武勇伝にも何にもならないが。


「ーーー」


 何も考えず、無心で陸上部を見つめていると、一人の部員に目が止まった。

 スラッと背が高くて、栗色の短いボブヘアーの女子部員。

 ポカーンと口を開けて、だらしない顔をしていることに気が付かない煌大を、現実に引き戻しのは優だった。


「おーい。煌大。ボール」


「お、おい、そこから投げるのか?」


 優と煌大の距離は七十メートルほど。

 優はブルペンから少しでてきた煌大に向かって、そのボールを投げた。

 キャッチャーである優は、もちろん強肩であり、それでいてコントロールも申し分ない。


「あ」


「おぉぉぉおい!すっぽ抜けてんじゃねぇか!」


 優が煌大に向けて投げたボールは案の定すっぽ抜け、煌大のはるか頭上を飛んで行った。

 その先には、陸上部。ノーバウンドで陸上部のところに到達することは無いだろうが、突然ボールが飛んできたら驚くだろう。

 煌大は急いで、陸上部の方へ走った。


「すいませーん!ボール入りまぁーす!」


 煌大は手を挙げて、大きな声で呼びかける。


「優のやつ……百七十キロぐらい投げてやる……!」

 

 この恥ずかしさは、後のピッチングの時に優で発散させてもらうことにした。

 転々と転がり続けるボールは、一人の部員の足にコツンと当たって、止まった。


「す……すみません……!」


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます……

 ーーーはっ」


 ボールを拾ってくれた人物は、煌大が目を奪われた、女子部員であった。


 (近くで見るとやばい……!どこをとっても完璧すぎる……!)


 煌大はボールを受け取り、「し、ししし失礼しまぁーす!」と言いながら慌ててブルペンへ駆け戻った。

 既に優は、ブルペン内のホームベースのところで待っていた。


「すまん。ありがとーーー」

 

「いいや、こちらこそありがとう!」


「?」


 首を傾げる優を見て、煌大は再度、陸上部の方を見た。

 さっきボールを拾ってくれた部員の人は、もう一瞬で見つけられるくらいになった。


「あー、華山先輩か。あの人、人気だよな」


「やっぱ人気なのかー」


「そりゃ、あんなに美人な転入生がいれば、男はみんな惚れるだろ。

 僕はそんなことないけど」


「転入生……先輩?」


「二年生だな」


 あの女子部員は、華山先輩。

 煌大は、忘れないように脳内で何回も復唱した。


「さ、立ち投げから始めよう」


「おう」


 煌大は優に背を向けて、華山先輩を目で追いかけながら、マウンドへ向かった。


「おわっ」


「ぶふっ」


 よそ見をしながら歩いていたため地面の出っ張りに気づかず、情けない声と共に転げた。

 優は我慢できずに吹き出した。


「笑うな!」


「いや、今のは笑うだろ。

 全学年のアイドル、華山先輩に目を奪われるがあまり……」


「俺の全力の真っ直ぐでお前のその顔を割ってやる」


「全身防具つけるから痛くないな」


「きーっ!」


 優はこうして、たまに煌大とおちょくり合うことがある。

 これは、優なりの親しみの表現である。


 煌大も悪い気はしないし、お互いに笑い合える。

 世界で一番、仲のいいバッテリーであろう。

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