第4話 『エース』に
時は流れ、放課後。
「やっと!部活に行けるっ!」
「良かったな」
煌大は、拳を握って喜びを露わにする。
約一ヶ月ぶりの部活に、煌大はワクワクが止まらない。
煌大や優のような内部進学者はそもそも進学先が決まっているため、受験勉強をする必要が無い。
そのため、最後の夏の大会が終わった後も、練習に参加することが出来たのだ。
「ちゃんと道具は持ってきたのか」という優の問いかけに、親指を立てる煌大は、優と共に部室へと向かった。
「こんにちは」
「おっ、花園。右の奴は?」
「ちわっす!花村煌大です!野球部入部志望です!これからよろしくお願いします!」
「あー!お前が花園の片割れか!」
「なんすかそれ……」
多分、最優秀バッテリーのピッチャーの方だといいたいのだろう。
そんな、『じゃない方芸人』みたいな言い方しなくても、と煌大は苦笑いする。
それと同時に、部員の多さに驚いた。
優に聞いたところ、三年生三十人、二年生三十六人、そして新入部員は四十二人。
煌大を除く総勢百七人の野球部員が、煌大のライバルになるというわけだ。
「花村。言っておくが、中学までとはわけが違うぞ」
「はい」
「ちょっとチヤホヤされたからって、あまり図に乗るなよぉ?」
「はい」
先輩からの挑発に、煌大は乗りも、屈しもしない。
ただ真っ直ぐな目で、挑発する上級生を見つめる。
「よぉーし!気に入ったァ!
今日からよろしく頼むぜ、煌大!」
「……はい!よろしくお願いします!」
部室は、一気に歓迎ムードに包まれて行った。
ーーー
星華高校のグラウンドは、それはもうとんでもなく広い。
全国常連レベルの強豪であるサッカー部は別のグラウンドを持っているが、野球部、陸上部が使ってもまだ余るくらいの広さを誇る。
野球部も、弱小というわけではない。中堅程度、と言ったあたりか。
甲子園出場経験はなく、県大会準優勝が最高成績である星華高校は、直近の大会ではあまり成績がふるわない。
そのため下馬評ではかなり評価が低く、結果的に下馬評通りの結果になることが多い。
そんな中で、煌大と優の存在は星華高校野球部からは注目されており、密かに期待を寄せる者も少なくない。
中学では県内指折りの好投手であった煌大と、同じく好捕手であった優。この二人に期待するのは自然であろう。
「……おい、監督が来たぞ。挨拶だ」
上はジャージに下は野球ズボンの格好をした大人の男性が、ゆっくりと歩いてきた。
「正対!礼!」
「「「ちは!」」」
野球部独特の、『こんに』の部分を発音しない挨拶が、広いグラウンドに響き渡る。
内部進学者たちはその動きについていけるが、外部進学の部員たちはまだ慣れていないため、ワンテンポ遅れての挨拶となった。
もちろん、煌大は後者の方だ。
「一年生。集合」
監督の一声で、一年生たちがゾロゾロと監督の元へと駆けて行く。
煌大と優もそれに続いた。
「まず、この高校の野球部に入部しようと思ってくれたこと、感謝する。
オレは顧問の
音無秀人と名乗った監督は帽子をとって律儀にお辞儀をした。
煌大たち一年生も軽くお辞儀をした後、音無は続ける。
「まだこの高校の野球部は、残念ながら甲子園に出場したことがない。
オレは、オレの在任期間中に、甲子園へ出場することを目標としている。そして、きっと君たちも、甲子園に出ること、そして優勝することを志して、この野球部に入部してくれたと思っている」
音無はベンチに腰かけ、腕を組んで一年生の円をぐるっと見回した。
煌大は厳かな雰囲気の音無を見て、一層気が引き締まった。
「君たちはまだ一年生というわけだが……君たちには、先輩からレギュラーを奪うつもりで頑張ってもらいたい。
そのくらいの気持ちでやってもらわないと、こちらとしても面白くないし、甲子園なんて遠い夢だ」
先輩から、レギュラーを奪う。
この並み居る部員達の中から、たった九つしかないレギュラーの座を奪うというのは、かなり狭き門だ。
特に三年生は、煌大たちのような一年生とは技量も、経験も違う。
そんな相手を押し退けてまで、レギュラーまで登り詰める。
それくらいの意気込みでやれということだろう。
煌大は決して、そんなことが簡単であるとは思っていない。
煌大が目指しているのは、このチームの『エース』だ。何人ピッチャーが居るのかは分からないが、その中のトップに立たなければならない。
『エース』として、甲子園へ行くのだ。
「特に、花村、花園、東雲。お前たちバッテリー三人には、期待している。
花村と花園については、この県の中学野球出身なら大抵の人間が知っているだろう。
東雲は、去年の全中の優勝校のエースだ」
そう音無が告げた途端、一年生がざわつき始める。
煌大の心の中も、ザワザワとしてきた。
全中優勝校の、エース。せいぜい県内トップのピッチャーである煌大とはレベルが違う。
それから、音無はこの部の大体の掟やルール、挨拶の仕方などを簡単にオリエンテーションした。
「君たちにも、夏大メンバーに入る可能性は十分ある。
存分にアピールしろ」
「「「はい!」」」
煌大は、さっきよりも気合いが入った。
優とともに、全力でアピールして、メンバー入りを果たす。
そして一年生エースとして試合を勝ち進み、甲子園へ出場、優勝!
ここまでのシナリオ(妄想)は出来上がっているのだから。
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